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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第四章 隣国・ミリステッド国 保護編
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第三十五話 最悪の憶測


 


「じゃあ、そろそろ疲れてきたし今日はここまでにしようか」

「うん!!!」


 疲れた。


 魔術を練習でこれだけ使ったのは初めてだ。


 それにしてもアネモス……彼女の総魔力量はどれだけのものか。これだけ動いたのにまだ平然とした笑顔を向けている。


「というか、もう気づいたら夕方だね。そろそろ夕食かな……」


 え……?

 私達、そんなに長い時間ここにいたんだ……


 宿題……なんか無かったっけ?無いか。


「みんなも一緒についてきて!夕食、出すから」

「ありがとう、アネモス」


 本当に、どこからどこまで。優しい。

 

「あ、そうだ、ちょっと待って」

 

 大事な存在を忘れるところだった。

 

「ん?どうしたの?リトル」

「ソルフィアも、連れて行かなきゃ」


 私がそういうとアネモスは忘れていたものを思い出したかような顔をした。


 いやいや、忘れないでよ……


「彼、今どこにいるか分かる?」

「うーん…………どうかな……多分二階より上にいるはず。今日は自室の廊下の周りの清掃と片付け頼んでるから」


 大雑把すぎるって。

 なんだよ、二階より上って……

「まあ、いいや。じゃあ私はソルフィア迎えに行ってから行くね」

「場所は分かるの?」

 私が前を歩いてゆっくりホールの外に出て行こうとすると、アネモスは私の背中に聞いた。

「あーうん、分かるよ」

 テラスの場所は知ってる。お昼に行ったからね。

「分かった、じゃあ先行ってるね」

「了解〜」




    

          ✳︎




 ホールの外に出ると、だいぶもうすでに外は暗くなっていた。

 

 ガラス張りの窓にもう一人の自分の姿が映る。

 ボサボサの長い茶髪と襟の乱れた白シャツに茶色いチェックスカート。

 髪のボサボサさと言ったら……元々癖っ毛だから仕方ないのだが、つむじに長いアホ毛が生えていて跳ねている。何度手で押してもぴょんぴょん跳ねるものだからしょうがない。


 さて、とりあえず二階行くか。


 ロビーに行き、吹き抜けとなっている二階へと続く階段を登る。


 と……

 上を見上げると、誰かが手すりにもたれかかって、その上顔を突っ伏している様子が見えた。

 あの角……

 間違いないな。


 階段を登り終えて、足音をあまり立てないようにそっと近寄る。

 

 …………寝てるな。

 疲れちゃったのかな。

 それにしてもこんなところでよく寝れるな。


 よく見ると手に清掃用具を持ったままである。


 そっと顔を覗き込むように声を掛けた。

 

「ソ、ル、フィ、ア!!」

「うわぁ……!!!!だ、誰だ!」


 その驚きように私も驚いて体を身震いさせた。


「あ、リトルか。ってあれ、アンナは?」

「知らないよ……てか私までびっくりしたじゃん、全く」

 そう言うとソルフィアは軽く笑みをこぼした。

「なんで俺だって分かったのか?」

 

 眠い目を擦りながらソルフィアは聞く。

 私は無言で頭に生えた、折れていない、左側の尖った角を触った。よく見ると漆黒ではなく、少し先が赤みがかった太い角だ。

 

「ああ、そうか」

 私の行動にソルフィアは随分と声に抑揚もなく返す。

 

 そうかって……君さぁ……

 角生えてるの忘れてたのか?


「まあいいや、もうすぐ夕飯だってさ。アネモス達待ってるから行こうか」

「あ、ああ……」

 軽く頭を掻きながら、ソルフィアは清掃用具を元に戻し私の後ろについた。


 不器用な彼がどのぐらいちゃんと仕事していたか分からないが、清掃用具を持っているだけまだマシだ。

 


 


「はい、どーぞ!」

 トレーに乗せて運ばれてきたのは、またも豪華な夕飯だ。


 肉の炒め物と葉野菜がサンドされたこれは……


「もしかして、サンドウィッチ?」

「うーん……ちょっと違うけど、まあそんなもんかな」

「やった!!」

 言っていなかったかもしれないが、私は大のサンドウィッチ好きなのだ。

 リアに買ってもらって食べた時のあの一口で広がる葉野菜とふわふわのパン生地の食感の違いがなんとも言えないほどに美味しくて、途端に好きになったのだ。


 今のこれは確かに私がラリージャ王朝の冒険者ギルドで食べたやつとはちょっと違うけれど、焼かれた肉に絡まれた調味料とガーリックの香ばしい香りが口一杯に広がり……それを包んでいる生地も主張が激しくない感じがとても良い。


「ありがとう、アネモス」

 そう言わざるおえない。


 スケールもルティアもリアもソルフィアも……皆美味しそうにそれを頬張っている。

 何より、ソルフィア……

 彼が一番いい食いっぷりだ。

 そしてなんだか……とてもいい笑顔だ。


 一緒にスイーツを食べに行った時ですら、支配の影響からなのかずっと表情が曇っていた彼がこんなにいい笑顔なのだ。

 

 だけれど……きっとどこかで今も我慢しているものがあるはずなんだ。


 支配は、無くなった訳では、無いのだから。


「みんな美味しそうに食べてくれて嬉しいよ!おかわり一個ずつならあると思うから!」

「じゃあ俺食べる」

 

 まだ口の中に食べ物が入っているのにもうソルフィアはおかわりをねだり出した。

 それでもアネモスは可愛い子供を見るように、はいはい……と立ち上がり、おかわりを持ってきた。

 

 






            ✳︎



 


 

 

      ーーソルフィア視点ーー





 俺は夕食を食べ終えてすぐに自室へと戻った。その間今日もリトル達や他の子供達と言葉を交わすこともなく。



 いつものことだ。別に何か変わったわけではない。リトル達はアネモスや他の子と一緒に遊んでいるらしい。


 

 そういう時間は、彼らには必須だ。失われた時間を取り戻してほしい。そして、生きることの楽しさを知ってほしい。



 奪われた数年。それは帰ってはこない。一生懸命優しく接して返してあげようと思っても、返すことはできないし、彼らが俺たちのことを真に許すこともきっとないだろう。だが、ここはいい場所だ。俺は彼らに、今ここにいる時間で失われたものを埋めていってほしいと素直に思っている。





 薄暗い部屋に冷たい風が吹き抜ける。数センチ空いた窓の向こうから吹く風が純白のカーテンを揺らす。窓の外に広がる景色は、燃え上がる街並みでも、緊迫感の漂う空気感でもない。

 




 自室のベットの隣に置いてある小さな机の前に座り、近くに置いてあったロウソクに火を灯した。薄暗い机の影の上に、ぼんやりとした橙色の光が揺れる。



 壁に映し出された自分の影は未だ本来の自分の優しさを取り戻せてはいない。見た目の印象というものは、感情を大きく左右させるというものだ。俺は頭に生えた角を一本折り捨てた。それからやるべきこと、やらなければならないことをやる。




 国からお金を貰っているからというのはもちろんあるが、それ以前にリトル達の力を研究して発展に寄与することが俺の本来やることなのだ。





 コトリと研究に使っている器具を置く。支配される前は普通に見えていたそれも、今は見るたびに違和感を覚えるようになっている。その感情を自分の意思で押さえつけ、俺はそれを眺めた。




 彼らの持つ力は、魔力と似たような性質を持っている。ただ、魔力と違うところは、魔力は体外に結びついているという点だ。




 治癒力は体内の細胞から生成されている。だから治癒力は、出血毒と言われる強力な毒さえ使えば、物質として取り出すことが可能だが、魔力は物質としてでは取り出せないので、触ることができない。





 ただ、まだなぜ細胞から生成されるのかというところまでは明らかになっていない。それが分かれば量産に繋がるのだが、十年ほどが経った今でも解明できていない。





 彼らの持つその力は遺伝子の突然変異によって生まれつきあったものだ言われているが、もしかすればそうではないのかもしれない、というのが最近の結果でもある。





 傷ついた、通常の人間が持つ細胞と、リトル達の持つ治癒力の細胞を用意する。それを混ぜ合わせて、俺は自身の持つ闇の魔力を注ぎ入れた。



 

 いつも同じことをしているが、今日も変化は無さそうである。



 ――俺は知りたかった。十年以上も分からなかった、答えを。同時に、恐れもあるけれど。




 俺は再びそれに魔力干渉を加える。

 

 何の変化も起きない。





 俺は特殊な器具を用いて、細かいところまで観察した。



 その瞬間、違和感を覚えた。


 …………割れた?



 突如、治癒の細胞が割れて消えた。


 通常、治癒力を持つ細胞は自己修復を行う。破損しても、即座に形を戻す。それが、治癒力である。それを他のものに対して使うことで怪我や病気を治す。



 しかし……様子がおかしい。今日は何か、俺が知っている様子と違う気がする。



 俺の目にひび割れた細胞の残骸が次々と映り込む。

 やがてそれらは細かい粒子となって、黒い靄のように溶けて消えた。


 嫌な汗が背を伝う。

 まるで燃え尽きるように、消えたのだ。


 記録を取りながら、心の中で一つの仮説が形を取り始めていた。


 ――治癒力の源は、生命そのものを燃料としているのではないか。



 考えたくもない想像が、頭をよぎる。

 他の人の細胞の治癒と活性ののたびに、リトル達の持つ治癒力の細胞はひとつ、またひとつと壊れていく。癒しの行為が「生」の限界を削っている。


 


 俺は記録を中断し、机に両肘をついた。頭の奥で、過去の記憶が蘇る。あの長の声。深淵の底から響くような、低く冷たい声。


 「癒しには代償が必要だ」


 かつてのあの言葉が、今、形を持って迫ってくる。



 その瞬間、俺の中で何かが繋がった。一つの恐ろしい憶測が芽生える。


 治癒力の細胞は、極闇によって造られた器官だ。

 癒しの代償という名のもとに、闇が生命を分解する。だからこそ、彼らは他者を癒せる。



 だが同時に、それは自らの崩壊を意味する。



 治癒を繰り返すほど、細胞は燃え尽きる。

 そして、燃え尽きた先に残るのは――死。




 赤血球が全て失われれば人間は生きていけない。それと同じ理だ。治癒細胞が尽きれば、彼らは生を維持できなくなる。


 つまり――リトル達は、癒しのたびに自分の命を削っている。


 そして、その力を司るのが長の極闇。もし、長の魔力によってこの力が繋がっているのだとしたら、長を倒した瞬間、その魔力の循環が途絶える。


 治癒力は崩壊し、彼らは――死ぬ。


 その現実を思い至った瞬間、胸の奥が凍りついた。

 血の気が引く感覚。息をすることすら、苦しい。


 リトルの笑顔が浮かぶ。無邪気で、温かく、誰かを救おうとする真っ直ぐな目。体の奥に潜む“死”の運命を、本人たちはまだ知らない。


 彼らの目標は、世界を救うことだ。長を倒し、混沌の中に再び命の炎を灯すこと。そして、生きて、大切な人のそばにいること。



 大切な人が、大切だと思っている誰かを癒して、悲しみから解放してあげること。



 それが彼らの目標で、俺はここまで彼らと共に行動してきて、彼らが葛藤しながらも治癒力を振り絞る様を何度か見てきた。彼らにとって治癒力を使うことは、研究所から、支配化された俺たちや暴走している国民に見つかる可能性が非常に大きいという理由で封印しているところが大きい。現に俺もそう伝えてきた。


 もし、俺が今発見した憶測を伝えたら、彼らは何を思うだろうか。



 その願いが叶った瞬間、彼らは生きられない。世界を治癒力で救うことが、彼ら自身の終焉になる。



 その皮肉が、胸を締め付けた。

 救いとは、破滅なのか。

 癒しとは、死への道なのか。



 俺は椅子に背を預け、天井を仰いだ。

 蝋燭の光が揺れ、影が長く伸びる。

 手のひらの震えが止まらない。




 俺は、俺たち研究員は長に治癒力の発生について生まれながらに与えられた力だと教えられていた。

 そう思い込むことで、俺は彼らを普通の子供として見ようとしていた。彼らは普通の子供。だが、治癒力という特殊能力を生まれつき持っている、可哀想な子であると。


 

 だがそれは、違ったのかもしれない。


 彼らの命は、長そのものに依存している。



 俺は、立ち上がることもできず、ただ呆然と机を見つめた。


 ――彼らは、癒すことで死に近づく。

 そして、世界を救うと同時に、消える。


 俺は唇を噛み、息を押し殺した。

 叫び出したかった。

 けれど、声にならなかった。


 この真実を、今はまだ誰にも言えない。

 リトル達がそれを知ったとき、あの笑顔はきっと戻らない。だから、今は――俺一人で抱えるしかない。


 蝋燭の炎が揺らぎ、部屋の中に影が踊った。闇と光の狭間で、俺の心もまた、静かに崩れ落ちていく。


 「彼らの救いは、死に繋がっている」



 まだ憶測にすぎない。それに何か矛盾が生じているような気もしなくはない。まだ研究をしなければならない。




 今までに支配で殺された同胞の数は計り知れない。リトルを逃す時もそしてここに逃げるときも、多くの研究員が処分された。


 

 スケールが逃げ出した時も、ルティアが逃げ出した時も。連帯責任と言って当時研究担当だった研究員が殺された。



 だが、俺は今もまだ生きている。



 リトル達を、最後まで見届ける。もしこの運命が本当だと確定する瞬間がやってきたなら。見届けなければならない。


 それが俺の、今の仕事だ。



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