第三十三話 風魔術師・アネモス
楽しく施設ライフ!!
荒れた髪の毛を手櫛でとかし、頭を振り、痛む体を支えながらなんとか起き上がる。
身体中傷だらけになっちゃったよ……もう……
気づかれないぐらいの小さな光を輝かせながらそっと傷を癒す。このぐらいなら最弱の治癒力でも治せる。
辺りを見渡す。
あーあ、こりゃ酷い。
風力がホールの外にまで影響し、周りにあったありとあらゆる物が吹き飛んだ。花瓶も床に落ちた衝撃で割れて土が散乱している。
お片付けしなきゃ……
風魔法ってこういう大変さあるよねぇ。風なだけあって下手したら吹き飛ばしてしまう。
手を切らないように気をつけながらそっと割れた破片を集める。
「あ、リトル達……ごめんね……」
ホールの方から声がしたので顔を上げる。そこにはアネモスが平然と笑みをこぼしながら立っていた。
「ちょっと、アネモス!」
これにはルミナもちょっぴり怒り調子。
頬を膨らませ、仁王立ちでアネモスを見上げる。
それでもアネモスは笑顔だ。
「大丈夫だよ……それ!」
アネモスが手にしていた杖を輝かせながら天井に向ける――と、割れた花瓶の破片やら散乱したさまざまな物が宙に浮きパズルのピースをはめるかのように破片同士がヒビすら残さず綺麗にくっつき、全てが何事もなかったかのように元通りになった。
「えぇ……!!」
驚きすぎて変な声が出てしまった。
なんの技だよこれ。見るとリアもルティアも目を丸くしている。魔法に興味のなさそうだったスケールも例外ではない。
「リトル達は知らないの?これは基本だと思うけど……」
私達は首を素早く振る。
いやいや、知らない知らない。
というか……基本?
そもそも私達は人それぞれ違う特性を持つとされる属性攻撃魔法ぐらいしか習得していない。リアは例外かもしれないけれど。
「じゃあ、これは?」
と、アネモスの足が浮いた。そのまま悠々と泳ぐように動く。
「と、飛んでる……!?」
私もぴょんぴょんその場で飛び跳ねてみる。できない。
一体どうなっているのか……
「ここでは頭打っちゃうしあんまり高く飛べないから、ホールの中入ろうか。ホールの中は広いから」
「は、はーい……」
アネモスは飛んだまま、ルミナを含め、私達は歩いてホールのドアを潜った。
✳︎
ホールは思ったより大きく、広かった。
それに、ホールといっても対して薄暗いわけでもなく、室内運動場のような空間である。
よく見ると部屋を囲むように薄く光る幕のようなものが張り巡らされている。
なんだろうか。触っても何も起きはしない。
天井は高く、これならアネモスの言う通り高く飛んでもそうそう頭を打つことはないだろう。
「さあルミナ、あなたもここに来たのなら、私と一発やってみない?」
ホールに入るや否や、アネモスは地面の少し上……その場でホバリングしながら自身の持つ重そうな金属でできた長杖をルミナに突き出す。
空中に浮きながらそれを言うので……なんというか、生意気だ。相当自信があるらしい。
あの技……あらゆるものを吹き飛ばす威力……
もっと本気でやったらどうなるのだろう。
建物ごと壊れる……なんてことはないにしろ、私達は無事では済まないだろうな。
風の大魔術師という異名。
本当にその通りだとしたら………
「やだよ……だってまた負けるもん」
ルミナは戦う前から背中を向けて去ろうとする。アネモスは以前飛びながら追う。
「私に挑みに来たんじゃないの?」
顎に人差し指を当てて逃げようとするルミナを見つめるアネモスの、意地悪さの滲み出た顔……。
「違うよ!」
「じゃあ、なんでここに来たのかな……?」
さらにルミナに顔を近づけ、声を低く小さくしながら耳元で問いかけるアネモス。
「リトル達を案内してただけなの!本当だからっ」
手をブンブン振りながら抵抗するルミナ。
うーん……そんなに嫌がっているようには見えないな。
「じゃあ、尚更その魔術見せつけようよ!」
「えー……あーうーん……」
下がろうとしないアネモス。その瞳を輝かせて図々しく迫る。
「はぁ………………」
やがてルミナは大きく溜息をついてアネモスの方に向き直った。
「しょうがない……じゃあ、少しだけだよ……?」
「やった!」
ルミナの手には、アネモスと同じように金色に輝く大きな長杖が握られていた。
アネモスは大喜びでホールの中心へと移動をする。
ずっと飛んだまま。最早林や森にいるモンスターに見えてきた。
「『風凛花』!」
それはいきなり始まった。
私達が近くにいるのも関係なしというというようにアネモスが先制攻撃。
技名の通り、六方向……花が開くように風圧が押し寄せてくる。
「『シャイニーカッター』!」
次はルミナが……
って、あれ?
何か聞いたことがある技名だ。
「もしかして、ルミナは光属性なのか?」
リアが私の隣で身を乗り出しながら幼さじみた声で言う。もちろんやり合っている二人には聞こえてすらいない。
流石に危ないのでリアのことは私があまり近づきすぎないように腕を広げて守る。
ルミナが大量の光属性攻撃……『シャイニーカッター』で風の流れを変えてゆく。吹き抜ける風の強さで少し離れたところにいる私の髪までもが大きくはためいた。
「『ダズリング』!」
ルミナの杖の先から、鋭い光が放たれる。
杖の指す方向にその光が直接的に放たれる。白い輝きを放つ光線……ずっと当たっていたら周りが焦げて火でも出そうなぐらいの強い光。
その眩しさに私は目を閉じた。
普通に直視したら目が焼けそうだ。
その光の強さは彼女にとっては全く無意味。
遮ろうともしなければ冷静に宙を舞って避け……
詠唱を始めた。
「身に宿る風の結晶よ!取り巻く空気を巻き上げよ!降り頻る雨は暴れ、世の壁を裂く」
正面の影がアネモスの顔に落ちる。影の下から覗く、大きく見開かれた翡翠色の瞳が詠唱をするに連れて徐々に輝きを増していく。
「全てを薙ぎ倒し突き進む力となり!『風破刃雷』!」
天井に向けて真っ直ぐ突き上げられた杖の先がはっきりとエメラルド色の輝きに包まれる。
とんでもない量の魔力が込められた風の弾丸が放たれた。
うわっ!!!!
吹き飛ばされる!
体が軽々と持ち上がる感覚がした。次に瞬間には背中に硬い何かが当たり痺れ出した。
硬いホールの壁に背中を打ったらしい。
見るとリアもルティアもスケールも背中を摩っていた。
頭を軽く振ってもう一度二人のぶつかり合いを見つめる。
――直後、違和感を感じた。
体が冷たい。液体をかけられたような感覚……
濡れている。
服がびっしょりと濡れていた。
服に指先を触れて気付いた。
風属性攻撃なら、空気だから正直濡れるとかはないはずだ。風圧が皮膚に当たる勢いで傷が付く。そういう攻撃のはずだ。
「『ウォーターウェーブ』!」
立て続けに攻撃を乱射……………。
続いて辺りにうねる水が出現した。
答えが、分かった。
先の攻撃――『風破刃雷』は風属性攻撃と水属性攻撃を同時に使う、いわば欲張りな技だ。
そんなことが、できるのか……?
そもそも生まれつき属性の特性というものが存在するこの世界ではその属性以外の魔法を覚えることは難しいとされている。
炎、水は覚えられることもあるとは言うが容易ではないはずだ。
ましてや二つの属性を混ぜて使うなど……
これが、風の大魔術師……か。
「『シャイニーウェーブ』!」
光属性攻撃の中級……シャイニーウェーブ。
ルミナはそれすらも無詠唱で攻撃をした。
黄色を通り越して金色に輝く光の海と、光を反射し少し青みがかった透明な水の海が同時にぶつかり合う。
「『風龍斬』!」
アネモスは、二つの属性の海の間に風属性攻撃を放った。ぶつかり合っていた海が風圧で割れていく。
弾ける音と共に、シャイニーウェーブの方が押し負け、ルミナはそれを全身に浴びた。
「熱、熱、熱っ!!!」
シャイニーウェーブ……
それは光の熱を大量に取り込むことで発動できる技。一瞬でも触れば火傷する……。
「ルミナ……!!」
ルミナが、倒れていた。
「熱い……っ!」
「ルミナ……」
皮膚が真っ赤になっている。
全く大火傷じゃないか………
見ていてやりすぎじゃないかと思っていたが、やはりだ。
駆け寄ったはいいものの、治癒力を使って何かをするということはしない。したく……ない。
すると……
ルミナの傷が光出した。
私は何もしていない。何もしていないのにも関わらず、傷口が塞がっていく。
『リトル……!!』
それを遠くから見ていたルティアとスケールの心の声が響く。
『私はなんもしてないよ』
首を軽く左右に振りながら、同じように心の声で返す。
どうなっているんだ…?
「ああ、リトル……ごめんね。そのままで平気。このホールには結界が貼られていて、その効力で魔術による傷は癒やされる仕組みになっているから」
ルミナは何事もなかったかのようにゆっくり起き上がりながらそう説明を加えた。
なるほど。さっき触った膜にようなもの……あれは結界だったわけか。何かあるとは思っていたが、これは便利だ。
以前模擬戦をやった時のように傷だらけになることはまずないということらしい。だからここなら上級……超級を使っても平気なのか。
「ほら、ルミナ。立って」
ここにきてようやくアネモスの足が地面に付いた。かなり長い滑空を終えて、普通に両足を地について歩き始める。
アネモスは無傷だ。
それどころか一発も攻撃を浴びていないようにも見えた。あの鋭い光線ですら遮る必要もないという冷静さだった。
「もう、十分でしょ?私はこれ以上は勘弁だよ」
参りました……というようにルミナは体を丸めてうずくまる。
うん。私も十分見させてもらった。
それにしても見ごたえがあった。これだけ激しいぶつかり合いを今まで見たことがない。
やっぱり魔術を自由に操れるっていい、と思えた。
「じゃあ次はリトル!次は私と勝負だ!」
次は私に杖の先を向けられた。
私は意味が理解できず、何度か瞬きして首を傾げた。
沈黙。
アネモスの声の余韻がホール内に漂う。
しばらく間が空いて、理解した。
「えー!!!!!」
三秒ほど遅れて私の喉の奥からは驚きの混じった声が飛び出した。
最近文章を読みやすいよう工夫しています。文字数的には変わらないですが、少し長く感じる部分があるかもしれません。
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