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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第四章 隣国・ミリステッド国 保護編
42/68

第三十二話 学びと深み、そして協力

めちゃくちゃ平和ですね(^ ^)


 


「リトル、はい」

 

 部屋に戻り、自分の席に着くと同時にルミナからノートとペンを渡された。今更だが私達は今日ここに手ぶらで来てしまったのだ。

 

 一体何のためにここに来たのか……

 勉強するためだろう……?

 

 この国で過ごすため以外に、私達は本来受けなければならないと定められている義務教育すら受けてはいないのだから。

「ありがとう、ルミナ」

 それを受け取り、表紙を開ける。何も書かれていない新品のノート。真っ白なページから放たれる光沢がまだ誰にも使われていないということを伝えてくるようだ。

「言語の勉強は読書が主なんだけど、自分の考えを表現して発表することもあるんだ」

「自分の、意見……?」

 研究所に連れて行かれてから逃げ出すまでの三年間自己を見失っていた私には考えるという力が失われていった。

 仲間と出会ったことで自分を普通に表現できるようになったけれど、心の奥は暗闇に満ちたままで、誰かの感情を動かせるほどすごい言葉は出てこない、と思う。

「でもね、大丈夫だよ。そんな大したことはない。みんな自由でやっているから」

 前の席から一冊の冊子が渡された。

 

 そっと開いてみる。

 そんなに長い話でもない。だが、一ページに文字がぎっしりと並んでいる。セリフがある。物語か。こうやって長いストーリーをゆっくり読むのも久しぶりだ。

「さて、皆さん。この物語を一文ずつペアで音読しましょう」

 音読……?声に出して読むってことか。

「リトル、一緒にやろうか」

「あ、うん」

 普通に声に出して読む。台詞のところはできるだけ感情を乗せて。


 読み終わった後は新規の単語の学習をしたり、確認し合ったりとかなり協力して何かをすることが多いように感じた。

 座って大人しく指示を聞き、言ってしまえば言われた通りにことをこなす。

 でも、座学も悪くないな、と思った。

 紙にインクを付けたペンを置き、滑らす。長い文章を書くのもなかなか楽しい。

 

 あれ……楽しい?

 私、楽しんでるな。

 知らない国、知らない……空間、隣にいるのは知らない友達なのにも関わらず。

 いつのまにか知らない他人への警戒心が薄れてきている。アネモス、アンナの二人に助けられてから 今日、今この時まで気づかないうちに自然と打ち解けて会話できるようになっていた。

「リトル……?」

 ペンを持つ手が止まっていたことに言われて気付いた。ペン先にインクがたっぷり染み込んでいたせいか、ノートの紙の繊維の奥までインクが染み渡っていて、ノートの真ん中部分が黒い水たまりのようになっていた。

「……大丈夫?」

「うん」

 集中しなきゃ。どうしてこう余計なことばっかり考えてしまうのだろう……。

「リトルさん、では書いたこと発表して下さい」

 えっ……

 まずい、なんの話をしているのか頭が追いついていない。()()()()()で頭がいっぱいになっていたせいか、一時的に先生の言葉が届いていなかったのかもしれない。

 突然指されて反射的に肩が小さく動き、先生の顔をじっと見つめてしまった。手の隙間からペンが落ち、ノートの上を転がる。

「え、えーっと……」

 沈黙が流れる。誰一人として勝手に答えを喋ったりしない。それどころかここにいる全員の視線が私に向けられている気がした。頭の中が真っ白になっていく。脈拍が早くなり、体が小刻みに震え出す。

『なんとかして……』

 気づくと心の中でそう助けを求める自分がいた。

『何か言っとけば大丈夫だよ』

 スケールの落ち着いた声に一瞬、そうか、とは思ったものの……場違いな解答をしたら笑われようだし……

「先生!じゃあ私が代わりに」

 そうこうしているうちにルミナが代わりに発表してくれた。

 その発表を聞いて、その意見の的確さに勝手に納得した。

なるほど、素直に言って良かったのか。


「ありがとう、ルミナ」

 椅子を引いて再び座ると急激に緊張がほぐれてきた。

「こういう時こそ協力するべきかなって、ね。でも次からはちゃんと指示を聞いて答えられるように」

 人差し指を立ててちょっと苦笑気味に言うルミナの優しさに、先生もどこか少し笑みを溢したように見えた。



 それからも私達は、二時間ほどに渡って数字や地理的知識についてのお勉強をした。

 慣れない環境の中、はじめて友達になったルミナには色々と助けてもらってしまったけれど。

 日が高く登ってきて。この施設の構造上太陽の光がよく注がれるからか自然と暖かくなってきた気がした。



 


           ✳︎



 


「さて、今日の授業はこれでおしまい。この後は自由時間なんだ」

 パタンと使っていたノートを閉じる。付けたてのインクはまだ乾いていない……と思うけれど大丈夫だろうか。

「テラスでお昼でも食べようかな。一緒にどう?」

 テラス……というか昼食!?

 まさかここは本当にフルでなんでも出してくれるというのか……

「私達、実は今日初めて一階に足付けたっていうぐらいだから全然この施設のこと知らないんだ。だからさ、案内してくれるかな?」

 横からルティアが話に入り込んできた。それでも快くルミナは頷いた。

「えっと、君が確かルティアで、金髪の子がスケールで……あとリアとかって言ったよね」

「うん、そうだよ」

 正直まだここにいる子全員に対してみっちり自己紹介をしたわけではないのにも関わらず、名前を覚えてくれていたという嬉しさが込み上げてきた。

「この施設は一日で四、五人新しい子が入ってくるなんてこともあるけど、最近は無かったな…」などと独り言のようにルミナは言う。

 それにしても一日に四、五人か。

 ここは特別な事情の子が集まるらしいけれどこれだけいいところだと普通に行きたくなってしまう……いやそれはないか。

「じゃあ、みんなで行こうか。テラスに行く間に案内するよ、この施設のこと」




 長い廊下。広々としたロビー。

 

 太陽の光が窓に当たり、ところどころ影が落ち、それもまた同じ形を作る。


 ロビーに置かれている机に静かに置かれている観葉植物の緑が白さを極める施設の中で上品な色合いを作っている。

 

「テラスはこの奥。ここではお昼を食べる以外に読書をしたりカードゲームで遊んだりと思い思い過ごせる場所でもあるんだよ」

 テラスに続いていると思われる廊下を歩いていると、どこからから出汁と野菜が溶けたような、甘さのあるいい香りが漂ってきた。さらに卵生地とバターのような香ばしい香りまで。

治癒力があるからかお腹が空くということもあまりない私達だけれど……流石にこれにはお腹も小さく音を立てた。

「今日のメニューは何かな……」

 ルミナも足取り軽く廊下を歩いていく。

 しばらく行くと、大きくて白い、ガラス窓が付いた扉が見えた。

右側が大きく開け放され、「どうぞお入り下さい」とでも言うかのよう……

 足を踏み入れる。

 開けた大きな空間。辺りはさらに香ばしい香りで包まれた。

「じゃあ私お料理とってくるからそこ座って待ってていいよ」

 ルミナは大勢が座れそうな大きめのダイニングテーブルを指差してからそそくさと厨房に向かっていった。

 さて、この香りの料理はなんだろうか。



 

「はい、リトル。あとスケールとルティア、リアのも。どうぞ」

「あ、ありがとう……」

 しばらくして。

 トレーに五人分の皿を乗せたルミナが戻ってきた。

深めの皿の上に艶々に輝いた香ばしい色のパイ生地が乗っている。

 ルミナに聞いてみると、どうやらパイ生地で野菜スープの入った皿を包んだ食べ物らしく、この国ではよく作られるのだそうだ。

 

 スプーンでパイ生地を優しく突く。軽やかな音がして何層にも重なった薄いパイ生地の層が弾けた。ルミナの言う通りその下には葉野菜のスープが入っていた。

「このパイ生地にスープを染み込ませて食べるの。熱々だから気をつけてね」

 朝食はラリージャ王朝でも昔食べたことのある、パンと葉野菜の付け合わせという見慣れたおかずだったものの、これは初めて見るし初めて食べる。

 

 そっとスプーンでパイ生地とスープを両方掬って口に運んだ。

「美味しい……っ!!」

 私の口が勝手にそう言った。

 卵の風味と葉野菜の素材の旨みが溶け出したスープがよく合っている。

 それにこの国もまたとても寒く、この施設の中も少し肌寒かった。だからこのよく煮込まれた熱々のスープが飲み込むたびに全身を包み込み自然と暖かくなってきた。

 見ると、スケールもルティアもリアも皆目を細めながら次々と口にそれを運んでいっている。

「打ち解けるのが早くて良かった。それにその顔」

「……だって、美味しいし、楽しいし……」

「それは良かった……」

 ルミナもどこか安心したようにたっぷり息を含んだ声で言う。

 

「私は金銭的な関係でとにかく貧しく、学校にも通わせてくれなかった。そこでここに預けられているんだ。最初は慣れなくて苦労したよ……」

 今度は打って変わって重たい息を吐きながら本当は言いたくないはずのことをまるで私達に言い聞かせるように言う。

「リトル達もアネモスに保護されてきたんだよね。私その時の様子を陰からこっそり見ちゃったんだけど」

「うん。アネモス、アンナのおかげで私達は今生きてここにいる。本当に感謝しているよ」

 本当に、感謝している。嘘じゃない。心から、だ。私の初対面の人に対する不信感や警戒心も拭ってくれた。

「そういえば、アネモスは普段何しているの?」

 皿を持ち上げて最後まで綺麗にスープを飲み干しつつリアが聞いた。

「アネモスは普段は魔術の練習しているかな」

「魔術……?」

 リアがさらに聞くと、ルミナは軽く頷いた。

「アネモスは風の大魔術師。最近では珍しいらしいんだけど、超級まで操れるんだ。水も炎もお手のもの」

「えぇ!!」

 この中で一番驚いたのもやはりリアだ。目を丸くして机から身を乗り出す。

「私、そういうアネモスも見てみたいな……」

 ルティアも目を輝かせる。

 スケールはこちらをチラリと見て、まあ別にいいかという面持ち。

「じゃあ、せっかくだし行ってみようか」



 


          ✳︎


 


 

 テラスを出て向かった先。さっき行ったところと逆方向にどんどん進む。

「この奥にあるホールはちょっと特殊でここで練習していることが多いんだけど……」

 少しずつ照明が落ちてきて、辺りが薄暗くなってきた。

 ガラス張りの壁から見える畑。さっきはあれに水やりをした。

 それにしてもホールか。

 一体この施設はどこまで広く大きいのだろう。研究所三つ分はありそうな勢いだ。


 さらにいくと、2枚の大きな、重そうな木扉が見えた。きっちり閉まっている。その上の壁には「特別ホール」と書かれた小さな白いボードが掛けられている。どうやらここらしい。

「アネモス、いる?」

 ルミナが声を張り上げて聞く。

 いやいや防音だったら聞こえないだろ、と心の中で突っ込む。

 しばらく沈黙が流れる。

 

「まあ、いいか」

 しばらく考えたのち、ルミナはその木扉の黒い手すりを掴んだ。

 しかし、足に力を入れて全力で手すりを引っ張っても開かない。

「鍵掛かってるんじゃない?」

 流石に閉まっている扉は開く訳がない。

「いや、音がするもん」

 ルミナは諦めずにドアを引き続ける。

 ゆっくり、ゆっくりドアがずれて開いてきた。

 その時……



 鋭い空気の弾丸が、襲ってきた。


「きゃああああ!!!!」




 辺りの物がその風の勢いに暴れ出し、割れた破片が宙を舞う。床の土埃が舞い上がり、激しく髪を揺らした…………



「ちょっと!閉めて……!!!」

 



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