第三十一話 友達という、存在
「あ、そうだ。リトル、流石にずっとその服じゃ、あれだから」と、部屋に戻る直前アンナは私に新しい服をくれた。
「私が着ていたローブも流石にボロボロだもんね……」
私がずっと着てきたローブ。リアから貰ったお金で、自分で選んで買ったそれ。保温性が高く、生地も良い生地だったがためにずっと愛用してきたが……流石に黒焦げになってまで着るような物でも無い。
「だから、それとあともう一着リトルにあげる」
手渡されたのは服一式。ゆったりとした白いTシャツ、茶色のチェック柄のスカート。この国ではこういう服を着るのか…文化の違いが少し感じられる。
どちらも手触りがいい。きっと合成ではなく、天然のいい素材でできている。
「本当にいいの……?無償とは言ってもここまで……」
「いいの、遠慮しないで。これ全部寄付されたものなのよ。殆どがまだ使えるのに捨てる寸前になってしまったものだから」
再利用と言うことか……
「ありがとう、アンナ」
「じゃあ、アネモスから許可取れたらここにいるみんなと合流だね……それじゃ!」
それだけ言って、パタン……と部屋の扉が閉まった。
ベッドに腰掛けて座る。
明日から合流か。面倒ごとにならないように出来るだけ普通に過ごそう。能力は相変わらず封印しないと……
あ、そういえば。ソルフィアはどうするのかな。ソルフィアも一緒に混ざる……なんてことは無いだろうし。かと言ってずっとここにいるのもね……
引き出しからアネモスに読んでいいよと言われた数冊の本を取り出して開く。
絵本だ。柔らかく、暖かい色合いで描かれた絵が紙の上に載っている。
何でだろう。すごく懐かしく感じる。
六歳になる前の記憶なんて、研究所に連れて行かれて拷問された日の記憶ぐらいしか無いのにな。
学校で何をやったのかとかもさわりぐらいしか覚えていない。
なのに、懐かしい。読み進めるごとに、その暖かいメッセージで心の中が満たされていった……。
✳︎
「おはよう、リトル」
朝日が差し込んできて、目を開けると目の前に翡翠色の光が見えた。
「わっ!!」
驚きのあまり飛び起きる。やばい、今何時だ……?ここ一週間ぐらい落ち着いて眠れる環境があるからすごいよく寝てしまっている感じがする。
「驚かせてごめんね」
「ああ、いや……」
アネモスか。ノックもしないで……(してたかもしれないけれど)突然入ってきたから驚いた。
「もう動けるようになったのね。良かった。一応下の子にも伝えておいた。みんな会うの楽しみにしているよ。着替えたら下降りてきて。ご飯置いとくね」
「分かった。ありがとう」
貰った服の袖に腕を通し、着てみる。驚くぐらいサイズはぴったり。やはり肌触りも最高だ。
今日のご飯は丸いロールパンと葉野菜の付け合わせ。あとスープも付いてきた。
祖国で最後に食べたあの不味い食パンとは全く比べ物にならない。隣国なのに。
香りから違う。食べる前から香ばしい香りがするのだ。葉野菜だって、多くの太陽の光を浴びて大切に育てられたのだろうというそんな味がする。軽やかな歯応えが新鮮さを感じさせる。
はぁぁ……幸せすぎる……
本当にこんなのでいいのだろうか……。
ここにずっといると追われていることを忘れてしまいそうだ。
というのはいいとして……きっとみんな待ってる。早くしないと。
もう一度襟を正して、部屋の扉を開けた。吹き抜けになっている一階へと繋がる木の階段を降りる。
「お待たせアネモス。あ、ルティアとスケール……リアも!」
私だけではない。あの時の元気さを取り戻した仲間が一気に揃った。いつぶりかと思うほど久しぶりに。
「そういえばソルフィアは?」
ルティアが代わりに聞いた。
「ああ、ソルフィアは他で色々手伝って貰おうかなって。彼はもうとうに成人してるから気まずいだろうし。なんだかんだやることたくさんあるから!」
なるほど。それはそうか。これだけ広い施設内で、それに大勢の子供達のお世話をするのだから掃除やら炊事やら看病やら色々やることはありそうだ。
…………でも不器用なのが彼の欠点だよなぁ……
「じゃあ行こうか。ついてきて」
「うん!」
一階の丁度階段下にある一つの部屋で足を止めた。
ガラス窓から中の様子が伺える。人数的には十人ちょっとぐらいか。思ったより多くない。机が縦に5個ずつ並べられていて、全員真っ直ぐ前を見て座って大人しく何かを待っている。年代は全員私達と同じぐらいだ。
それに私とほぼ同じ服を着ている。
スケールを含めた男の子は殆どがズボン。女の子はチェック柄の薄茶のスカート。
そういう決まりでもあるのだろうか。
「部屋をバラバラにするのもあれだから全員この部屋に入ってもらおうかな!」
そのままアネモスはその部屋の扉の取手に手を掛け、横にスライドして開けた。
「おはようございます、皆さん!」
「あ!アネモス!!おはようございます!!」
すると一人の女の子が席を立ち、積極的に私達に駆け寄ってきた。
「おはよう、レイラ」
アネモスも笑顔で返す。
「…………アネモス、そこの子が昨日言ってた新しい子?」
「そうだよ」
レイラと呼ばれた女の子はさらに私達に近寄ってくる。かなり積極的だ。ちなみに他の九人の子は大人しく座ったまま。確かに積極的すぎるけれど、悪いことでは全くない。むしろ、嬉しい。
私も頭を下げて挨拶する。
「私はリトル。こっちがスケール、ルティアにリア。アネモスとこの国の方々の善意で保護されて今に至るって感じかな」
すると、私の顔をじっと見つめてきた。それから小さく、「なんか……目の色が青い」と言ってきた。他の九人の子の目の色を見てみる。全員翡翠色。みんなここの国の子供達だろう。
「私達は……隣国のラリージャ王朝から来たんだ」
「ラリージャ!?ってあのラリージャ!?」
すごく目を丸くされた。
驚かすつもりすら無かったけれど……やはり別の国から来るというのは珍しいのか……
「そ、そうだよ……?」
「……という訳だから、みんな仲良くしてあげてね」
立ち話に盛り上がっていた私達とレイラの間にアネモスが割って入り、私達はようやく席についた。
「ねぇ、ラリージャ王朝って今すっごく荒れているわよね……こっちにも影響あるけど……」
コソコソと別の誰かが小声で話す声に聞き耳を立てる。
やはり、影響はあるよね……隣国だし……
「ねぇ、リトル……」
名前を呼ばれてピクッと肩が無意識に動いた。
「ラリージャって、どんなとこなの?」
そう言われて、一瞬悩んだ。
「本当はいいところなんだけどね……」
少し隠し気味に言う。
出来るだけ、本当のことは隠していかなければ。能力もバレたら大変だからだ。
「今はだいぶ荒れている。私達は色々あって、追われて……それで……」
色々あって、なんて言ったら「何があったの?」……とは聞いてこなかった。
「そっか。やっぱり大変なんだね……あ、私はルミナっていうんだ。よろしくね、リトル」
二つ結びにした茶髪を揺らし、満面の笑みで挨拶をしてくれた。
「うん、よろしく」
やはり、いい子が多い印象だ。重い事情があるという空気は全く感じさせない。
「さて、もうすぐ朝礼が始まって……その後は畑に行って生活の授業よ」
「生活……?」
「野菜育てたり、観察したり……色々。そっちにはそういうの無かったの?」
「うーん……私あんまり覚えていないんだ……」
もしかしたらあったかもしれないけれど、本当に覚えていない。
「やってみたらきっと楽しいよ。あ、そろそろ先生来るかな」
と……ガラガラと扉が開いて誰かが入ってきた。私の知らない人だ。先生とかって言ったか……
「おはようございます、今日も元気に過ごしましょうね!」
「おはようございます!!!」
全員立って元気よく挨拶をしている。
…………こんな感じなんだ……ここの教育って……
見たことがあるようでないものがこの大部屋の壁を埋め尽くすように並べられている。新鮮な空気。
「今日は新しいお友達も増えたみたいだから色々教えてあげてください。自己紹介しましょうか。私はここのクラスの先生をしている、エミリーと言います。よろしくお願いします」
「「「「はい!よろしくお願いします!」」」」
今度はしっかり私達は全員声を合わせて挨拶をした。
朝礼が終わり、みんなの後ろについてルミナが言っていた「畑」へと移動する。
えぇ……!!
思わず心の中で感嘆の声が漏れた。
どこまでも広がる、雲一つない透き通る青空の下、野菜が庭いっぱいに群生していた。太陽に向かって茎を伸ばしている。良く見ると、前日に降った雪の溶け水によるものだろうか…葉末のつゆが太陽の光を反射し、ダイヤモンドのように美しく煌めいていた。
四人で固まってじっとしていると、水を汲んだ小さな容器を手渡された。
「じゃあリトルちゃん達はこっちの畑のお野菜にお水掛けてあげて」
「……分かりました!」
風は冷たいがさほど寒くもない。
それは、住民暴走が始まる前の平和だったラリージャの姿によく似ていた。
本当は今日も私達の知らないどこかでこうして楽しく……
いいや、そんなこと考えるとまた表情が沈んでしまうじゃないか。今を楽しまないと……
ゆっくり、優しく、一本の野菜の茎に新鮮な水を掛ける。さらに輝きを放ち出した、生えたての若葉が風に揺れた。
「私達が普段食べている野菜はここの庭でそれぞれみんなで育てているんだよ」
私の隣に腰を下ろしてルミナはそう言った。
「これも生活する上で大切なことだからね。ここはこういう教育を主に行なっていくんだよ」
「…………なるほど……」
「終わったらまたさっきのお部屋に戻って……次は言語のお勉強だよー!」
「あ……うん!」
ルミナはそう言いながらさっき通った廊下をとても明るく元気に駆けて行った。
「元気でいいね……」
スケールもルティアも少し苦笑しながらも、いつも以上に表情が緩んでいた。
祖国を追われたということが嘘だと思うほどに……
ああ……本当に、嘘であって欲しかったな……




