第三十話 仲間の証
なんか寒いなと思って目を開ける。
あ、そうか。
私布団もかけずにあのまま寝落ちしてしまったのか。寒い訳だな。
はぁ……でも、動かなすぎてある意味体が重いな。
火傷痕の上から治癒力を掛ける。今は寝て起きて治癒力を掛けるの繰り返しすぎてちょっとつまらない。
そろそろ歩けるだろうか。
ゆっくりベッドから降りてみる。
両足で立つことは出来る。
足を前に出してみる。
なんだ、動けるじゃないか。よし。次またアネモス来たら仲間のところに案内してもらおうか。
そんなことを思いつつ、再びベッドに腰掛ける。すると……
「リトルー!!入ってもいい?」
子供の声がした。アネモスではない。もっと幼い子供の声だ。
「……アンナ?」
一応知っている名前で声を掛けてみる。
「そうだよ」
ああ、ならいいや。
急に知らない誰かが入ってきたら流石にびっくりする。
「いいよ、入って入って」
ドアが開き、茶髪のツインテールが揺れるのが見えた。
「あ、だいぶ元気になったんだね!」
満面の笑み。幼い笑顔。
きっとこれがこの子の本来の姿だ。
あんなに悲しみに満ちた顔をしながら私の話を聞いてくれた。でもやっぱりまだ小さな子の子にとってあの話は重すぎた。
「うん」
気にしないで、と言われたからもうごめんとは言わない。
「ねぇ、アンナ。私だいぶ動けるようにもなったから……仲間のところに案内してくれる?やっぱり顔を見たいなって……」
「もちろん!ゆっくりでいいよ、付いてきて」
「ありがとう……」
ゆっくりとベッドから降り、ゆっくりと歩き出す。まだ足元がフラつくのを堪えながらいつもより重く感じる足をゆっくり動かしてアンナについていく。
ここから先は本当の本当に、私の知らない世界だ。
アンナが冷たく冷え切った金属のノブを回し、扉を開けた。
清潔感の漂う空間が広がる。
消毒の香りとお花の優しい香りが空気を包み込む。
廊下は広い。きっと機材やベッドをそのまま運べるようにしているのだろう。
一階が吹き抜けになっていて、二階からでも下を見下ろせるようにできている。一階のロビーの奥からは子供達が何やら元気に遊ぶ声が小さく、それでもはっきりと聞こえてくる。天井も透明なガラス張りになっているところが幾つかあり、青空がのぞいている。照明は少ないが、今のような晴れた昼間なら陽光で施設内は明るく、暖かい。
「ここが保護施設と言われる施設なんだよ」
全然違う……
私が三年間監禁されていた研究所とはまるで違う。
出来立てか、或いは最近建て替えられたのかと思うぐらい壁は白さを際立たせ、手すりの金属メッキには錆ひとつない。
「私がいた施設は、本当に酷かった。こんなに綺麗じゃなかったなあ……」
思わず小声で、口にしてしまう。
アンナは一瞬こちらを見たが、気にせず進む。
「まずは、誰のとこ行く?」
「じゃあ、スケールのとこ、お願いしてもいいかな?」
心の声で昨日最初にやりとりをしたのはスケール。だから早く顔を見たかった。
アンナが優しく一つの木の扉を叩く。
「リトル連れてきた。入ってもいい?」
「…………リトル…?うん、もちろん、いいよ」
スケールの……仲間の声。
昨日聞いた心の声とはやはり違う。透き通ったちょっぴり低めの少年の声だ。
扉を開ける。
目の前のカーテンをそっと、ゆっくり捲った。
私とスケールの青い瞳が合う。
「…………スケール!!」
「…………リトル…………」
流石にまだハグはできないけれど、軽くその手を握った。暖かい。生きている生の温もり。
「良かった……」
思わず、安堵する。
昨日心の声を聞けたのも、実に一週間ぶり…ああいや、意識を失って眠っていた日も合わせるともっとかもしれない。
一度二人が研究所に連れて行かれて離れ離れになったことはあったけれど、これだけの時間、顔すらも合わせられない状況になったのは、仲間として共に行動して……初めてのことだ。
「リトル……来てそうそうすまないのだが……」
「ああ、いいよ。でも……」
チラリと横を見る。
一緒に付いてきたアンナに、この能力を見せるのは、少し避けたいところではある。信用はしているけれど、やはり出来るだけ見られたくない。
「ああ……私は外いるから。二人の話を隣で聞くわけにもいかないものね」
何かを察したのか、アンナは外へと出て行った。
スケールと二人きりになった。
さて。
「『ラルエンスヒーリング』」
よし。
なんだか治癒力が打ちやすくなった気がする。以前は……あの雪山の時は。二連続で既に息切れしていたのに。
手を握ったり開いたり……変わった感じしないんだけどな。
「ありがとう、リトル。この怪我では流石に、俺では完全に治せないと思ったんだ。だからリトルが居てくれて助かったよ」
「うん……」
私はベッドの隣に置いてあった椅子に腰掛ける。私の隔離部屋と同じ作りになっていて、同じように机も置かれてある。
「でも、本当に良かった。これがあったおかげだ」
スケールと私の心を繋いだリボンの機械。これの本来の役目は研究員が私達を監視するためのもの。だが、今、仲間の証としての役割をはっきりと見せた。
「そういえば、リアとソルフィアとはどうやって…?全員と連絡が取れたとかって言っていたような気がするけど……」
リアやソルフィアにはこの機械がない。だから遠隔で声を聞くことは不可能だ。
「リアとソルフィアは君よりも先にこっちに来たんだ。ボロボロだったけれど、動けるようにはなったみたいだ。でも、俺の力ではその傷をうまく癒してあげられず、ちょっと顔を合わせるぐらいしかできていないけどね」
「そっか……」
あともう一つ聞きたいことがある。
アンナにあの時見せられた、溶けてしまった武器のことを。
「アンナから、話聞いた?あの武器のこと……」
「あっ……」
何かを思い出したようにスケールはゆっくり体を起こす。
「あれは、処分しない。少しお金はかかるけれど、直してもらうことにした」
衝撃的だった。あれだけ矛先……切先は刃こぼれしていて、柄の部分も砲弾の熱で溶けてしまっていたのに。
「あの時。『支配』にやられた男の子を刺し殺した時に思った。もう、無くなってしまったけれど、決して無駄では無かった。俺はこの武器で『長』に挑みたいと思った。彼の残した血はこの槍の矛先にしかない。他じゃ駄目なんだ」
「…………」
私の武器がどうなったかは分からないが、もしまだ残っていたのなら、出来れば私もそうしたい。私だって同じだからだ。
「ああ、そうだ。ルティアにもさっき顔を合わせたよ。全員大丈夫そうだ。でも……やはり、ボロボロだった。リトル。まだ余裕あれば、他の三人の傷も癒してやってくれ。『ラルエンスヒーリング』で」
「…………うん。分かった」
「それにしても……本当に良かった………そして、仲間になって良かった……」
スケールは仰向けへと向き直り、そう小さく口にした。
「私も、だよ。いっぱいいっぱい勇気づけられた。それを日記として書いていたもの、私の両親が残した唯一のメッセージは焼けて無くなってしまったけれど。くれた大切なメッセージは消えずに残っていく。だから……これからもずっと、行き着く先まで、仲間であってほしいな」
「ああ、もちろん……」
さて。アンナをずっと待たせるわけにもいかないし、そろそろ……私はゆっくり椅子から立った。
「じゃあ私そろそろ他の仲間のところ行ってくるよ。スケールもしっかり動けるようになったら……」
「うん」
✳︎
「あ、アンナ……ごめん、お待たせ……」
ドアを開けるとそのドアのすぐ隣で壁にもたれながらアンナはじっとそこで立っていた。
「ううん……全然大丈夫だよ。少しお話し出来た?」
「うん」
「良かった。他の仲間の部屋にも行く?」
「そうだね。スケールにも頼まれたことあるから」
じゃあこっちへ。とアンナは次の部屋へと案内をする。
隔離されているとはいえ、それぞれの部屋があまり遠く離れてはいなかった………………
ルティアもリアもソルフィアも全員スケールの言った通りボロボロではあったけれど、『ラルエンスヒーリング』をかければすぐに回復した。ソルフィアの容体も悪化はしていない。支配による影響も今日まで受けていないようだったから安心した。
「ねぇ、リトル」
私が最後の仲間の部屋を出ると、アンナから声がかかった。
「もしもう動けるんだったら……他の子供達とも合流する?」
そうだった。
この施設に保護されているのは私達だけではない。他にも多くの色々な事情を抱えた子供達が保護されているという。
私達は六歳で友達という存在から引き剥がされて研究所に監禁され、四人以外との深い関わりは今日この時までない。だから少し関わりたいという気持ちが込み上げてきた。
「うん……良かったらお願いしてもいいかな?私もここにいる子供達と関わりを持ちたい」
「分かった。じゃあアネモスにも伝えておくね」
…………もしかしたらここにいる子供達と関わることで何か、得られるものがあるかもしれない。




