第二十六話 燃やされる敵対心
今回、長いです!
あと残酷描写がそこそこあります!ガッツリ戦闘回ですので!
戦闘描写も素人ですが、お楽しみ頂ければと思います。
「ソルフィア……どこかで聞いたことがある名前だと思ったが……やはりお前がソルフ……か。偽名を名乗ったって無駄だと言うことが分からないのか」
二本角を生やした研究員が一歩前に出てソルフィアに問う。
首元に巻いたフリル付きのリボン。
ソルフィアとお揃いの上着。
鋭く見つめる紅色の瞳。
他の研究員らも冷たい目で、私達よりもソルフィアの方を見つめる。強い眼差しを向けられてもなお、ソルフィアは動じない。
「…………偽名ではない。これが俺の本名だ」
どれだけ冷たい言葉を浴びせられても冷静に研究員の動向を伺うソルフィア。
「……それに、リトル、ルティア、スケール。彼らと仲良くぬくぬくと過ごしているとは。モノに過ぎない彼らと一緒にいる意味があるのか。その変色した目も……」
私達はモノという言葉に慣れている。
ソルフィアも反論一つしない。
「こんなことをして、長は黙っていないぞ。支配という呪いの真の強さを知らない。だからこういう行動もできるのだろう……」
一人の研究員が手の平をソルフィアに向けて伸ばす。
「……その前に少しだけ時間をやる。何か言い残すことは?」
能力を発動する前に研究員は問う。
「…………おまえは本当に…………ラリア、か?」
ソルフィアは視線を下にやったまま相手の顔を見ずに聞く。
「………………そうだ」
ソルフィアを見下ろす研究員の声音はどこか震えている。
「そうか………………ありがとう……な。最後に話せて、良かった。言いたかったのは、それだけだ」
ソルフィアは息を切らしながら本当にそれだけを告げて、口を閉ざした。
ラリア、と呼ばれた研究員の赤い瞳が揺らいだ。伸ばした手も震え出す。
それでも行動はやめない。
俯き、三秒ほどの沈黙の後、再び伸ばした手に力が込められる。
「長の命令に従い……処罰する。血獄支配」
紫色の光が研究員の手の平から照らされる。
「あっ……」
その一瞬で、ソルフィアは膝から崩れ落ちた。
弾けるように真っ赤に染まる胸を抑えて歯を食い縛る。
術をかけた研究員ーーラリアは見ていられないとでも言うように背中を向けた。
「一、二、三……ふーん、まだ耐えれるか……面白い」
残った二人の研究員は別。静謐な紅梅色の双眸に笑みを浮かべながら仲間が苦しむ様子を眺める。
ソルフィアは口を開けて必死に呼吸をする。
「……ソルフィアっ……」
私はその傍にしゃがみ、小さくその名を呼ぶ。
いつもはフサフサの髪の毛は滴る汗でベトベトだ。
呻き続けるソルフィアの声は大きくなるばかりで。私は背中を摩ってその苦しみから落ち着かせることしかできない。
「……………」
あれだけ対策はした。
襲って来る最大の支配状態の痛みを少しでも和らげるために何度も何度も自身の治癒力を注いだ。
つい数時間前だって。
それでもなおソルフィアの顔には苦痛の表情が塗られている。
ついにはただひたすらに地面に突っ伏し始めた。
胸からじわじわ広がる流血速度は速く、一瞬にして周りが赤く染まっていく。
…………支配でこのまま死なせるわけにはいかない。
私はもう見てられなくなり、あの作戦通りリアに目をやる。
リアの肩から下げているカバンに入っているのは、私のエネルギーの結晶だ。
補佐役でも彼女は資格持ちだ。
きっと大丈夫だろう。
リアは察したように一回頷き、静かにソルフィアの手を取る。
「時を超える我が炎よ。我が手に集いし禁忌の知恵よ。今ここに解き放ちたまえ。秘密の扉を開き、新たな地へと導く力を授けよ。『メタシスト』」
小声で詠唱をしはじめ、まばゆい炎の光と共に、二人の体の影も形も存在すら全てが消えた。
「転移……か……俺から離れたら支配状態から解放されるとでも……?まあいい。これで君たち三人になったのだ。邪魔者が消えた。存分に楽しもうか」
二人が消えた先をチラリと見やってから、研究員らは漆黒の光を纏った武器を持ち、私達に向き直る。ラリアも一緒だ。
作戦通り、ルティアが最初に動く。
最初の狙いはラリアだ。
「身に宿る炎の結晶よ!熱気を纏い、地から突出せよ!『ファイアースパイナー』!」
炎が地面から噴き上がる。
思わず後退りするラリア。
次は私だ。
「身に宿る光の結晶よ!鋭く突起した矢となり、あらゆるものを打ち抜かん!『シャイニーアロー』!」
光の矢。
しかしそれは、無念にも綺麗に交わされた。
「『オスタクリスタル』」
闇の力を纏った鋭い突起状の氷が頭上から降り注がれる。
素早く避ける。
その勢いのまま次の攻撃。
「あまねく光の結晶をここに宿し、光の玉を顕現せよ!『シャイニーボール!』」
スケールに繋ぐにはルティアと私で三人とも弱らせる必要がある。
スケールは槍を用いた接近戦を得意とする。
『ステルクブリザード』という技は作戦会議の内容からするに使えない。間合いを開けて攻撃できる属性攻撃はこれだけなのだ。
「身に宿る光の結晶よ!凶器の如く、切り付けたまえ!『シャイニーカッター』!」
「身に宿る炎の結晶よ!魔力は炎の弾となり、今そこにあらむ敵を打ち砕きたまえ!『ファイアボール』!!」
私が、ルティアが連続で魔術を叩き込む。
研究員が、手にしていた短刀を下げた。
その隙を縫ってようやくスケールが動く。
「『滴水成氷』!!」
見えないぐらいの速さで敵の背後に回り、ラリアではない……手前にいた別の研究員に一突き。
一瞬で氷漬けになった。
「…………何とも単純な……」
私の攻撃が遅れ、ラリアの動きに余裕が出てしまった。その一瞬で、ラリアはスケールに襲いかかる。
即座に反応。
スケールは短刀……ではなく槍で防御する。
さっき刺したばかりで、まだ切先に付いたままの血が風圧で飛び散る。
漆黒の短刀と銀色の槍が激しくぶつかり合う。
スケールが一人仕留めてくれたから助かったが、それぞれが一対一で攻撃する羽目になったら私は確実に負ける。
闇と光は闇の方が強く、この間遭遇した時にやられた黒星刃とやらは刺さった瞬間動けなくなるぐらいの激痛で死ぬかと思った。
あの魔導書にあった、『闇属性は精神攻撃。光属性のものが浴びると数倍威力が増す』というのは正しかった。
スケールは接近戦には強い。あの間合いなら任せても平気だろう。
なら私は残った一人の研究員をルティアと一緒に相手する。
「リトル、いくよ」
ルティアが炎を纏った短剣を構え、私に鋭く掛け声をする。
私もしっかり頷く。杖を握り直す。
「あまねく光の結晶をここに宿し、光の玉を顕現せよ!『シャイニーボール!』」
杖の先に出来るだけ強い魔力を流し、さっきよりも大きい光の玉を作り出し、高速で相手を狙う――避けられる。
「身に宿る光の結晶よ!凶器の如く、切り付けたまえ!『シャイニーカッター』!」
全部避けられる。
研究員の大きな嘆息がすぐ横で聞こえる。
「ほんっとうに馬鹿だな。闇に光は通用しないのにな……」
ああ、そうだよ、そんなの知ってる。
ルティアが炎の剣を振りかざし、牽制する。
相手は怯みもせず、至近距離で私を睨む。
……自然と恐怖は湧いてこない。
「『ミニマムサンダー』!」
その研究員の鳩尾に私は至近距離で雷属性攻撃を放った。
リアと一緒に練習した雷属性攻撃。
唯一、私が闇属性の彼等に対抗する為の技。
正直使えるのは直線的に稲妻を発生させるだけの単純なものだが、威力を上げれば木一本焼き払い、辺り一帯の地面を感電させ燃やし尽くすぐらい強い攻撃法だ。
そう、さっきまで使っていた『シャイニーボール』も『シャイニーカッター』も相手を油断させるための作戦の一つだった。
会議の時には言わなかった。
二人に光属性ではない……その派生系の技を会得したことを。
「雷属性……か……少しは通用するように仕向けてきたようだがな……こんなのじゃまだ赤ちゃんだぜ?」
鳩尾の回りが焦げ付いているのも気にせず、研究員は再び間合いを開ける。
「他には無いのかよ」
私達を見下す、余裕そうな笑み。
それとは反対に私は必死に次の攻撃を考える。
相手を油断させた後に雷属性を使うことは頭に入れていた。
だが、正直なところ『ミニマムサンダー』以外使ったことがない。
単純に魔力を注いで威力を上げるだけで強くなるものなのだろうか……
目の前に漆黒の煙。それと同時にルティアの短剣がぶつかる金属音が鼓膜を揺らし、強い思考から醒める。
考えている暇は無い。
今ある魔力。まだ余裕はあるはずだ。
強く強く、杖を握り締める。
あの練習の時、私は『ミニマムサンダー』を使っただけで倒れ込んでいた。一回一回休憩しないと駄目だった。
でも、今は違う。
『ルティア……離れて!』
よし……
光属性攻撃を使ってから、雷属性攻撃を使ってもまだ全然立っていられる。
これが最後の一撃かもしれない。だったら決めるしかない。
「『光閃雷火』!!」
ドンッと地が跳ねた。
私も衝撃と杖を流れた電流の強さに杖を落とし、その場に尻餅を付いた。
杖の先から飛び出した光が真っ直ぐに研究員を襲う。
その秒数は測り知れない。
気づいたら研究員は大火傷を負っていて、動かなくなっていた。
研究員がいた場所を中心に直径二十メートル……私、ルティア、スケールがいるスレスレの範囲が火の海と化した。
暗くなってゆく空の下。オレンジ色の光だけが煌々と輝く。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
苦しい……息が、苦しい……
魔力切れ。やはりこれが最後の攻撃だった。
スケールの……方は……
ルティアの手を借りてなんとか立ち上がる。
この状況になってもなお、まだスケールと最後に残ったラリアとがぶつかり合っている。
ゆっくり近づく。
荒い息遣いが聞こえる。
スケールも満身創痍だ。
「…………」
スケールと目が合う。
この状況を作り出したのは君か。とでも言うような、驚きに満ちた表情を向けられる。
この流れは当然作戦には無く、誰もこんな結末を予想していない。私もあの瞬間まで本当にできるとは思ってもいなかったわけだから。
――ザッと血飛沫が散るのが分かって我に帰る。
バダッと大きなモノが落ちる音。土煙と、燃え上がる炎から発せられた黒煙にまみれてどちらが倒れたのか……すぐには分からなかった。
やがてそれらは時間をかけてゆっくりゆっくり風に流れて消えてゆく。
……地面に倒れた影が。金色の光が、炎のオレンジと混ざって見える。
倒れたのは、スケールの方だった。
「スケール……!!」
顔に掛かった煤を拭う。
魔力切れで足がふらつくことも、息が上がっているのも気にせずスケールにさらに近寄る。
「くそっ……!!」
自身の杖を投げ、すぐ隣に投げ出された白銀の槍の柄を掴む。
腕にずっしりと来る金属の重みを感じる。
血がついたままの穂先を未だ私達を構えるラリアに向ける。
無意識に、私の体は動いた。
薙ぐ刀の闇の光をすり抜ける。
持った槍の先が雷属性の力を纏い、白い光を放つ。
「なっ……!!」
そのまま私はそれを――突き刺した。
深くまで刺さる音。
ラリアは倒れた。
少し遅れて私も倒れた。
正直何が起きたのかも分からないまま、私は研究員……ラリアを貫き、その状態で柄の下の方を握ったまま、スケールの槍を目だけを上げて眺める。
残った力で体を起こし、深々と刺さったそれを全力で引き抜くーーと。
今までに見たことがないぐらいの赤黒い色が途切れる事なく溢れ出し始めた。
私は自分がやったということの信じられなさと気持ち悪さで、目を逸らした。
✳︎
これは後からリアに聞いた話だ。
一方のソルフィアは、私のいる地点から遠く離れた国の果てとも言える場所の大きな岩山の裏で体を埋めていた。
ボキボキと骨が折れる音がする。
内側から体が破壊されていく。
捻りあげられるような音も同時にリアの耳を貫く。
それでもリアは目を逸らすことも泣くこともなく肩に下げた鞄に手を入れる。
「ハァ……フゥ……あ、ありがとう……」
ソルフィアが笑った。満面の笑みで。ありがとうと言った。少し…いやだいぶ落ち着きを取り戻した。
「大丈夫……?」
「うん……助かったよ……」
『お前は、俺が許さない。生きることも、支配に抗うことも』
ソルフィアも、リアすらも気づかないぐらい小さな長の声が、どこからかした。
『さよなら』
直後。
「うっ……!!!!」
何かが刺さる音と共に、リアは気づいた。
どこからか現れた漆黒の矢がソルフィアの左胸を――貫いた。
「ソルフィア……!!!」
その身体は動かない。
力無く、リアの膝の上でその目を閉じた。
✳︎
「…………しっかりしろ!スケール、起きるんだ!」
朦朧とした意識の隅でルティアが声を張り上げる。必死に、『ミリウス ヒーリング』を発動しながら。
影が落ち始める時間。街全体が暗くなっていく。
ルティアの手の平から発せられた黄緑色の輝きが、いつもより明るく感じる。
賑わっていたはずのこの辺りも軍や国からの避難命令で誰一人として姿はない。
「ルティア……?リトル……?」
かなり時間がかかってしまったが、ようやくスケールはその目を開けた。
腕に付いた傷は治りきっていない(それどころかまだじんわりと血が広がっている)が、スケールは自分の足ですぐに立ち上がって、一回頷いて見せた。
それを見て私はローブの下から小さな笛を出す。
「…………よし。リアのところに行こう」
ピィィィ……とリアから貰ったそれを鳴らす。
果たして聞こえているかは分からないが、合図として鳴らしながら私は歩いた。
「リトル!!!」
しばらく歩いて行くと突然小さな影が私を呼んだ。
帽子はどこに投げてきたのか、かなり焦った様子で私の足にしがみついてくる。
膝まである私のローブを両手で強く掴んでくる。
その手は……震えている。
「リア……?」
「ソルフィアが……!」
私が聞くより早く、リアは岩山の裏を指差してかけていった。
ソルフィアが倒れていた。
胸を矢で一突き。一体誰にやられたのか。
スケールがソルフィアの手首を指で強く押さえる。
「…………脈はある。まだ生きてる」
私が能力を発動できる境界線は対象が生きているかどうかというところ。
生きているならやることは一つ。
「じゃあ、治癒力で……」
しかし、手を伸ばした私をスケールは止めた。
「これを先に抜かないと」
胸に刺さった漆黒の矢。
言われてみればそうだ。抜く前に意識を回復させる真似をしたら意識があるという最悪の状態で矢を抜かなければならなくなる。
だが、抜いている最中に死ぬ可能性も無くはない。
そうなれば元も子もない。
「スケールはそれをゆっくり抜いて。私はその間にヒーリングをかけるよ。そうすれば生存率を上げられる」
そうする他方法はない。
「私は……?」
役割のないルティアが後ろから顔を覗かせてくる。流石に役割なしという訳には……
ふと後ろを振り返る。
後ろに青白い顔でこちらを見つめる小さなリア。このままではきっと矢を抜いた時、その目で残酷な色を見ることになる。
精神的にも影響を受けやすい。
「じゃあルティアはリアの視界を隠してあげてほしい。流石にこれをリアに見せるのはまずい」
ルティアはリアの気持ちを感じ取るように「うん」と一回頷いた。震えるリアの前にしゃがむ。
「…………そうだね……分かった」
「じゃあ、リトル……頼んだぞ」
スケールが漆黒の矢を両手でしっかり掴み、上に引いていく。慎重にゆっくりと。
意識を失っているソルフィアは眠るように動かない。
私は右手をソルフィアの矢が刺さった胸部にかざし、力を込めてゆっくりエネルギーを巡らした。
それを治癒力に変え、放出する。
黄緑色の光が輝き出す。
明るい黄緑色の灯火が、生命を感じさせるようなその色が集中させた意識の中で輝き続ける。
流れ出た血を消すことはできない。
だから矢を抜く過程で発生した残酷な色は消せない。
私の役割はあくまでも痛みを和らげることと回復させることの二つだ。証拠を隠滅することではない。
「スケール……いけそう?」
私の隣でスケールが胸に刺さった漆黒の矢を引っ張る。両手でしっかり柄を握り締め、爪の中が白くなるまで力を込め、全力で引いていく。痛まないように、慎重に。
一瞬振り返るとルティアも少し離れたところでリアの目の上にそっと手を置いて視界を隠しながらも、その様子を見つめている。
深くまで刺さったそれは少しずつ切先の一部が見え隠れするぐらいまで抜けてきた。
「…………大丈夫だろう。あともう少しだ」
私の治癒力もまだ反応している。
雪山の時のように弾かれることはない。
つまりまだソルフィアは生きているんだ。
しばらく格闘を続け、ついに完全に抜けた。抜けた矢はチリになって消えた。
ここからは治癒力勝負。早く止血して傷口を塞ぐ。
スケールも自分の出せる力で治癒力を生み出そうと必死になる。それがどれだけ弱かったとしても私やルティアの持つ力と同じだから。
「…………起きて……ソルフィア……」
願うように私は口にする。
皮膚が再生を始める。
胸から流れ出ていた血が止まる。
その時……ソルフィアの瞼が動いた。
「あぁ……うぅ……くそ……」
その瞳は赤い。あの時のような紫色の瞳ではない。
それでもやっぱりソルフィアだ。
「ソルフィア……?大丈夫……?」
私達が覗き込むように目線を合わせると、驚いたようにソルフィアは目を見開いた。夢を見ているような虚の目で私達を見る。
『ルティア。もう平気だ』と心の声でルティアに声をかける。
リアも一緒にこちらにやってきた。
血溜まりはそのまま。でもこのぐらいならリアにとっても見慣れたものだ。
「リトル……スケール……それに……ルティアに、リア……助けて……くれたのか……?」
「うん……もう、痛くない?平気?」
私はそっと胸に手を近づける。
一瞬指を触れるとソルフィアはかなり痛そうな表情を作った。
再び私は右の手の平をソルフィアに向けたが、彼は首を横に振った。
「闇属性は精神攻撃。君達が以前浴びた黒星刃と同じように、回復には時間がかかるだろう。その間も長からは今回と同じような支配をかけ続けられるだろうから……俺はもう、生きられない」
再びソルフィアは力が抜けたように目を閉じる。
「助けてくれたこと……感謝する……ありがとう……」
「諦めるのか?」
力無く岩山の影に体を預けるソルフィアを真っ直ぐ見つめるスケールの瞳は……青い双眸は鋭い。
「……諦めるということは、敗北を認めるということだぞ」
ソルフィアの重い瞼が薄く開かれる。
「もう、こんな苦痛に耐えてまで生きる理由は俺にはない」
それだけ言ってまたその目は閉じられる。
「悔しくないのか?」
「悔しいよ……」
重く、深くソルフィアは答える。
「あったはずの人生が、別の者の手によって操られ奪われたから……な」
「だったら」
身を乗り出すようにスケールはきっぱり言い放った。
「諦めてはいけない」
「…………」
ソルフィアは不服そうに顔を背ける。
「俺だって、辛い。俺だけじゃない。リトルもルティアも同じだ。生きたいって何で思えるのかも分からない」
私とルティア、リアはそのスケールの薄く影がかかった横顔を見つめる。
「でも、生きるって困難を乗り越えるからこそ待っている道であって、諦めたら終わりだって知ったんだ。だから例え孤独になろうとも小さな幸せを見つけて生きるって決めた」
「!…………」
「そしていつか普通に苦しんでいる人々を助けられるように、したい」
ソルフィアの目がゆっくり開かれる。その口元からは柔らかい笑みが見える。
「そうか…………。俺も、こんなところで諦めるわけにはいかないな」
強い橙色の光が私達の背中を照らす。
上を見上げると淡い紺色の闇が水で溶いたインクを流したように橙色の空を覆い始めていて、冴え冴えとした星の光が広がっていた。
――私の過ごした日々の詩 Day 3――
相対する研究員は三人。予想よりも遥かに多い。
私達を見つめる赤い目は酷く冷たく、感情の欠片も見えない。
ソルフィアの冷静さは追い詰められ、一瞬で砕け散る。
私は何も出来ずに立ち尽くす。
だがリアは違う。状況を見て、作戦通りに動く。その覚悟は強い。
私は初めて研究員に本気で打った。
光閃雷火。
この技は想像を絶するほどの威力で。私は初めて人を殺した。
その感触は毒の雨に濡れた泥土を踏んだ時よりも酷い。
今まで任せっきりだったけれど……
その気持ちがようやく分かった。
✳︎
「…………安全とは言い難いが、今日はここで一晩過ごそう。この状況では、あの洞窟に再び戻るのも厳しいだろう……」
スケールはそのまま岩壁に体を預ける。
全員疲れ切っていた。
ソルフィアは怖いぐらい寝息も立てず眠ってしまっている。
肩に重みを感じる気がして横を見るとリアもルティアも私を枕代わりにでもするように眠っている。
無防備すぎるこの状態で寝るのもどうかと思うが、私もだんだん瞼が重くなってきた。
今日は身体中の力をフルに使った。
魔力不足なのにも関わらず限界突破した。
治癒力も一回だけでかなり消費するのに、二回もやった
――本当に疲れた。
まともに食料を得られなくなってきた。カバンに常時入れていた保存食も無くなりつつある。このままではまずい。
全員寝るわけにもいかないのに……
頑張って数分は目を開けていたが、体の命令に負けて、私もやがて眠ってしまった。




