side 研究所4 逃亡した研究員
本編の更新ができないので割り込みで裏話を。
短いですが、今後の展開に大きく関わってきます。
――ラリア(研究員)視点――
襲撃作戦 一週間前。
「長、研究員が一人逃亡したというのは認識されておられますか?」
研究室へと続く狭く暗闇に閉ざされた廊下を一人歩きながら、私は誰もいない廊下に話しかける。
私は長から贈られた遠隔会話装置を用いて、長とよく会話をしている。地位的に長に一番近い私は会話をすることを許されている。
『そんなの一秒で認識済みだ』
帰ってきたのは衝撃的な回答。
一秒……か。
私は静かに自分の心音を聞く。
ここから逃げれば一秒後に心臓が止まるかもと思うと恐ろしい。
しかし、それに続く言葉は『殺しはしていない』という以外なものだった。
「なぜですか……」
私は聞く。
奴は裏切った。裏切ればすぐにでも支配を発動する……そう長が自ら自分の口で言っていたはずなのに。
『一瞬で殺してしまうのもつまらん。せっかくならその苦しみに歪む声をずっと聞きたい……飽き次第殺す。それにリトル達はソルフと一緒にいる。真の力でなければ耐えられてしまうことは目に見えている』
「…………そうですか……」
ソルフは継続的に、長のタイミングで支配が発動する。もう既に裏切っているから、いつ真の力――血獄支配が発動されるか分からないということか。
ちなみに私は支配の痛みを全く持って知らない。
長に一番近い地位ということもあるが、裏切ったことは一度もない。
常に忠実に言われたことを感情を殺してやるのみ。
――何度も何度も見たことはある。支配で苦しみ死んでいく仲間のことを。
そしてそれはいつしか三秒耐えられれば上出来と言われるようにすらなった。
「しかし、このままにしておくのですか?こちらのデータだと少しずつ状況は悪化し、医療体制は切迫しています」
このまま彼らが逃げ続ければこの国は本当にウイルスの脅威で滅亡してしまう。
『そうだな、そろそろ報道される頃合いだろう』
私達は最前線で研究をする身としてその存在は早期から知っているが、まだこの国に暮らす住民はその存在を知らず、ただの風邪だとか薬でなんとかなるとかと言って静かに命を落とし続けているのが現状だ。
「報道されたら、どうなるでしょうか」
聞くまでもない質問だが、彼らはより私達のことを警戒するだろう。既に戦う能力を保持した彼らは少なからず筋力も強くなっているはずだ。
『彼らを求めた暴動が始まる』
…………少し胸が痛い。
暴動か。
『そして俺には作戦がある。その作戦は……』
水のような音。心臓が跳ねた。
『住民を支配化することだ。全員で追い詰める』
「それはダメですっ!!あっ……」
無意識に、本当に無意識に出た言葉に口を塞いでしゃがむ。
対抗することは許されない。なのにっ!
『ラリア……お前も俺もすることが気に食わないか?』
口を塞いだ手がガタガタ震え出す。
初めて感じる支配の怖気。体の底から溢れ出す。
『お前も言葉遣いをわきまえろ』
長の刺さるような言葉と共に胸に焼かれるような激痛が襲いかかった。
「…………うっ……くっ……や、」
ダメだ。やめてくださいなんて言えたものか。
「っ…………」
しばらくして胸を締め上げられた力が緩んだ。
『…………もういい。今日はこのぐらいにしてやる。やめてくださいと言わなかったのは感心するぞ』
全身から力が抜ける。徐々に痛みも引いてきた。
それでもなかなか立ち上がれず、呆然と暗い廊下の隅の壁に背中を付けて座り込む。
『そんなに怯えるな。住民にやる影響はこれの十分の一にも満たない程度だ。そこまで縛り付けはしない』
「………………」
私はなにも喋れなくなった。
しばし無言が続いてしまう。頭の中は支配のことでいっぱいで、最適な答えを探す余裕はない。
ソルフはこの状態が四六時中、長が飽きるその時まで続き、突然その瞬間はやってくる……という恐ろしい状態を抱えているのか。
『とにかく、報道されたらすぐにでも実行する。俺からはそれだけだ』
「分かりました……」
私は一言返事をして、装置の電源を切る。
長の声が消えて数分後……ようやく立ち上がれた。
私とソルフとは仲がいい。同期でここに入社した。
部屋は一緒で、研究を進める時はよく助け合っていた。支配の元となった水を飲む時、乾杯したのもソルフだった。
…………支配は、長の悪趣味だ。従わなければ殺される運命で。それは長が誰かに殺されない限り一生続く。
✳︎
襲撃作戦 前日。
そろそろ寝ようかと私はベッドで横になった。
しかし――
『あーあ……もう流石に飽きた。次抵抗したら発動しよう。俺から直接ではなく、上位の研究員から……』
長の重く、深い声が装置の向こう側から響いた。
どうやら向こうから電源を入れ、わざわざ私に話しかけてきたらしい。
『ラリア……それが出来るのは、お前だけだ。奴らを見つけ出し次第、発動せよ』
私は反射的に飛び起きた。
と同時に手のひらから冷や汗が溢れた。
「私が……一体なぜですか?」
一個一個発言する度に自分の言ったことが長の支配に触れないかを気にしてしまう。
『………………』
何も答えない。自分で考えろということか、それとも気分を壊したか……?
「分かりました。見つけ次第速やかに……」
私は半分早口になりながら返す。
ああ……そうか……そういうことか。
私が一番仲が良かったからだ……。長は仲間が仲間を殺す。
そのことを望んでいるんだ。
喉の奥が熱くなってくるのを感じ、力を入れた。
『ラリア……お前の仕事はタイミングを見て俺に発動するよう言ってくれればそれでいい。そしたら力を貸す。三秒以上耐えられるようなことがあれば俺が変わる』
「……はっ」
それだけ告げて電源は切れた。
自分が、仲間を……
いや、違う。私がやるのではない。私は長に実行ボタンを押すよう言うだけだ。実際にやるのは長だ。
頭が混濁する。
ソルフの命は私が見つけてしまえば、その時点で終わってしまうのだ。
せめて最後ぐらい笑いかけてあげたい。
鏡の前に立って笑ってみせる。
しかし……私が作る笑顔は。
赤い瞳がギラギラ輝いた邪悪な笑みとしてしか映らなかった。
一月中に本編の次話を出せるように頑張ります!




