第十八話 敵と味方
「じゃあ、ここ狙ってさっきの技打ってみてよ!」
リアは私がいるところから数メートル離れた場所に一本の太めの小枝を刺した。
言われた通りに私は杖を構える。
正直強い魔力不足で足がフラつくが、まだまだ実戦には程遠い。
今のままでは得意とする光属性攻撃の方がまだ強い。
さっきのことを思い出す。
同じように魔力に強い光を蓄える。
さっきよりも強い光を魔力に吸収させる。
矢の如く、一筋の電気を帯びた光を放った。
リアの刺した木の枝を黒焦げにする。
地面もその電流を受け暴れ出した。
「やった……!!すごい!リトル!」
リアの大喜びとは反対に、私は足から崩れ落ちるように倒れた。
ああ……もう本当に魔力不足だ……
薄目を開けてリアを見る。
脇を支えられてやっと私は立ち上がり、柵の外に設置されたベンチに座った。
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練習を終えて疲れを癒していると、さっきまで元気にはしゃいでいたはずのリアが息苦しそうにした。
顔は真っ青で、肩で息をしている。
「リア……?大丈夫?」
私はリアを抱き寄せる。
「うん……ごめん、ちょっと息が苦しい……身体中がヒリヒリする……」
体が反応する。魔力不足も落ち着いてきた。
でも……
治癒力は使わない。絶対に。
あの時は自分の我慢不足のせいだった。
だから襲撃された。同じ失敗は繰り返さない。
「大丈夫だよ……リア……」
代わりに背中を摩ってやる。
スケールもルティアも連れて行かれた。
私はリアに助けられて逃げ切ったが、普通に考えて研究員は私がいないことに気がついているはず。
油断は禁物だ。
しかし……どんどん状況は悪化していく。
五分、十分するうちにリアの皮膚が青白くなっていく。
私があの騒動で治した男性の症状に似ている。
嫌な予感がする。
一体何が起きているのか、私は知らない。
何故なら私は……私達は強靭な治癒力による効能で感染症にも病気にもかからないから。
でも……症状が似ているという点においては気がかりだ。
「リア……?っ!リアっ!」
リアの症状は短時間のうちに悪化を続け、ついには動かなくなってしまった。
リアの体は燃えるように熱い。皮膚は変色している。
いくら治癒力を使わないとはいえ、このままほっといたら死んでしまう。
病院に連れて行くべきだろうか。いや……もう間に合わない。
それに、私はきっと病院に行くわけにはいかない。
万が一何かあったら特殊能力についてバレてしまう。
そうしたら研究所行きだ。それだけは避けたい。
「ごめん……り、りと、る……たす、け、て……」
悩んだ。
どうするべきだろうか。
治癒力は使いたくない。
あっ……そうか……
私はポケットから一本の注射器を出した。
針は長くて太く、刺したら私でも普通に痛いが、今はそんなこと言ってられない。
治癒力を入れ終わりゆっくり針を抜いたが、リアの症状はあまり良くなっていない。
少し呼吸が良くなったという程度で、再び練習できるほどの元気は見受けられない。
応急処置はした。
もうこれ以上は私にも何もできない。
「ありがとう……リトル……」
リアは膝に顔を埋め、ぐったりと眠ってしまった。
辺りを見回す。ここは人目につきにくい。
よし、誰もいないな。
私は落ち着いてベンチの背もたれに体を預け、リアの背中を撫でながら休憩を始めた。
しかし……それも長くは続かなかった。
急に辺りが暗くなった気がしたので目を開けると、そこには鋭く光る赤い瞳が映った。そして何より、二本の鋭い角が、その強さを象徴している。
ブルブルっと体が震えた。
リアを胸に抱き寄せ、その場で硬直してしまう。
信じられないという感情と恐怖とが、私の心を支配する。
「嫌だ……なんで……研究員がいるの……」
泣きたい……
本当に泣きたい。
だが、泣いてる場合ではない。動かなければ捕まってしまう。動かなければ確保される。そして抵抗しなければ、今一瞬の後に体を切り裂かれて、倒れ込むリアの服の上に大粒の血潮を浴びせることになるかもしれない。
それを見たリアは、どう思うだろうか。
一緒に練習しよう。次こそは研究員に勝とう。勝って……そして。スケールとルティアを、大切な仲間を取り返そう。
そう約束した直後に、鮮血を見る少女の感情は、きっと簡単に破壊されてしまう。
そんなこと、させるわけには……!
私はリアをベンチに寝かせたまま立ち上がり、杖を構えた。魔力を込める。
「あまねく光の結晶をここに宿し、光の玉を顕現せよ!『シャイニーボール』!」
研究員は一瞬で距離を取る。その動きは、手慣れた動きだ。避けるのも動くのも一般人と比べれば早い。
闇に光は不利。だから雷属性を練習している。それにまだ『ミニマムサンダー』を撃てるようになっただけで、これでは勝てない。リアは動けないし、スケールも、ルティアも誰もいない。
一対一。絶対に作ってはならない、最悪の状況。
多分この研究員は以前あった人とは違う。
黒髪。全体的に長い髪。左サイドの下の方には三つ編みがある。中には黒っぽいシャツを着て、そして、最初に襲撃された時、アイツも着ていたような白衣を上に羽織っている。白衣の一部にあしらわれた、漆黒の宝石の飾りが光を吸収してさらに黒く光出す。
「『ミニマムサンダー!』!」
威力は弱いが、鋭い光の筋が研究員に命中する。
だが、不思議なことに研究員は私の攻撃を避けようともしなければ反撃すらしない。先程距離をとった時の動きは、戦う術を身につけた人間のそれだったのに、攻撃を開始した瞬間、全くもって避けようとしないのだ。
不思議には思ったもののここで気を緩めてしまえばその隙を狙って絶対に襲ってくる。別に予測する能力があるわけでもないのに、その動きが読める。
光属性の上級を使うか。
意味がない。光属性である以上、初級も上級も何も関係ない。
現に私達と初めて街中で鉢合わせて戦った研究員は私の技を見て嘲笑った。
いやいや、そんなこと言っている場合か。今目の前にいる研究員は何か違う。何より攻撃を避けないのろまだ。少しでも当たればいい。当たれば。
私は杖を強く握り、詠唱を始めた。
「風は龍のように巻き上がり、光の結晶は天地を揺らす。我に注がれる光の粒よ。雨のように降りしきる刃となれ!『星龍乱れ雨』!」
その瞬間、誰かが研究員の前に飛び出した。庇うように両腕を伸ばし、間に割って入る。
「いだっ!!」
その声を聞いて私は杖を下ろした。
「スケール……?なんで……」
スケールは若干掠ったようで、その場に倒れ込む。奥に控えていたであろうルティアが駆け寄ってきた。
どういうことだ……。
私はその行動を見て絶望を覚えた。
――仲間が、敵を、研究員を庇った。
もしかして、操られている?敵を庇うようにするプログラムが組まれているのか?
「なんで、敵を庇ったの?なんで攻撃しないの?」
意味が分からない。目の前にいるのは、私達にいつも酷いことをする研究員。なのに、攻撃をしない。極め付けには庇った。コイツを。私の全力の上級光属性攻撃魔法から。
「なんでだよ!!」
ついに私は耐えられなくなってスケールを突き飛ばした。
こんなやつが仲間?
信じられない。私のことを裏切ったのか?
本当は、本当なら。束の間の再開を喜んで無事であったことを確認してその体を抱きしめるはずが、私は初めて仲間を蹴飛ばし、立ったまま腰に手を当て、仲間を見下ろす。そして踏みつけようと足を高く上げた。
すると研究員が、私の方に歩み寄ってきた。無言で私の腕を軽く引く。その衝動に、私は高く上げた足をそっと下ろした。呼吸を整える。
酷く胸が高鳴り、頭に登った血が沸々と音を立てる。
少しの間の後、目の前に立つ研究員は、右手で少し長い前髪を掻き上げた。
すると……そこから覗いたのは、
紫色に輝く美しい瞳だった。
どちらかというと赤紫に近い瞳。
研究員は全員あるはずの牙もよくよく見ると無い。
右目は研究員の象徴とも言える真っ赤な瞳だが、左目は紫も少し混ざっていた。
目の奥には白く透き通る光も見える。
彼の口からは優しさを込めた笑みが漏れた。
「……あなたは、一体?」
もしや、コイツは研究員ではない?
だとしたら一体なぜ私達の護衛をしているのだろうか。
「俺の名はソルフ。君達を研究する、ラリージャ王朝研究所の研究員だ」
どうせ聞いても教えてくれないと思って聞いてみたが、研究員は随分あっさりと名乗った。全く考える素振りも見せず、あっさりと。そして正直に自分が研究員だと言った。
「だが」
ソルフは続ける。
「研究員として君達を襲うのはもうやめた。俺は、君達の護衛として動く、変わった研究員だ」
「何を今さら……君だって、酷いことをしたきたんじゃないのか!」
私はソイツ……ソルフから目を逸らす。宿敵は宿敵。味方になるなど私は許せない。
こんな姿をした奴がした行動の記憶はない。だが、研究員なんて、どうせ誰も一緒だ。
しかし、ソルフは諦めてその場を去ろうとはしない。かといって襲ってきたりもしないが。
冷徹な声で、彼は言った。
「気持ちは分かる。だが、今は重大な事態が発生しているのだ」
そういえば……リアは……
ベンチに寝かせていたリアを振り返る。
やはりまだぐったりしている。
「そこにいる子は一体?」
ソルフも駆け寄って、首や腕など色々な箇所を触って確認する。
「これは……そうか、この子もかかってしまったか」
「どういうこと?」
「この子は今流行中の恐ろしいウイルス『SNV』に感染してしまったようだ」
SNVなんて聞いたことがない。
「このウイルスは君達の持つ治癒力以外では治すことができず、さらに皮膚から内臓まで浸透し子供では数時間〜数日、大人なら早くて十日で死に至ると言われているウイルスだ」
手が震えた。そんな……私達の能力以外では治すことができないなんて……ありえない。
「君達の体に治癒力があることが知られると国民は目の色を変えて襲ってくるようになるだろう。そこの子供を治せるのも君達しかいない。このままほっとくのか?」
ほっとける訳がない。
だが……確かにソルフ……元研究員は優しそうではあるが、裏切られる可能性だってある。
ちらりと後ろを見る。
スケールもルティアも何もしてこない……どころかよくよく見ると至る所が包帯だらけである。
気が進まないものの、ソルフは私達を捕まえようとはしてこないので、私はそっとリアに手を伸ばした。
さっきは絶対に使わないと誓っていた治癒力を放出する。
この症状では『ラルエンス ヒーリング』でないと治せないだろうから、全力で。
「…………うん?リトル……?」
「リア!」
良かった……とリアの体を抱きしめる。
皮膚の変色も元通り。
いつもの無邪気な少女に戻った。
「うん…………やはり、素晴らしい」
手を叩くソルフ。
その顔は純粋な笑顔で。ずっと宿敵だと思っている研究員の闇深い笑みでは決してない。
しばらくして、リアは何かに気づいた。
「きゃあああ!!け、け……研究員……!!」
リアはソルフの顔を見るなり、大騒ぎした。
私のローブの裾を掴み、ブルブルと震え出す。
「早く逃げようよ!なんで逃げないの!」
私のローブの裾を強引に引っ張ってくる。
「ああ……だ、大丈夫……この人は悪い人じゃない……」
「何を言ってるのよ!」
髪を掻き上げなければ赤い目はそのままで、確かに研究員の特徴がハッキリ出てしまっている。
私も最初は全力で攻撃をした。
だけど――私は知っている。
すると、騒ぎ立てるリアにソルフが自ら近づいた。リアの目からはついに涙が溢れ出した。
「君、リアと言うのかい?俺はソルフ。確かに俺は研究員の一人だが、君達を襲おうとはしない。だから落ち着いて」
ようやくリアは私のローブの裾から手を離し、涙を拭いながらソルフに近づいて行った。
「本当に……?」
「ああ」
再び顕になる赤紫色の美しい瞳。
リアの警戒心は薄れ、ソルフの瞳をまじまじと見つめ始めた。
「だけど、これを保つためにも君達の力が欠かせない。俺は一時的に支配状態を解除しているだけで、投薬を続けなければ、きっとまた元に戻る。次戻った時には内側から体を破壊されるだろう。裏切り者だって……」
支配状態……つまりは誰かに体を操られてしまう状態のことだろう。
「私達の力と薬で支配状態って治せるものなの?」
「完全には治らないだろうが、今の状態のままならば軽減化はできるはずだ」
なるほど。
敵と味方……か……
私は一方的に警戒心を抱いていたけれど、彼は、少なくとも彼だけは、優しいやつなのかもしれない。
「私の能力なら、かなりその支配状態を軽減化できると思う」
「本当か?」
私の持つ能力は百パーセントの確率で回復をできる能力で、スケールやルティアよりも強い。
今この状態が二人の能力によるものならば、私の能力では更なる効果が期待できる。だが、裏切られるというのは避けたい……
「でも……一つ約束してくれるかな?」
直接的に真っ直ぐに言いたいところだが、それを喉の奥で抑え、答えを考える。
「私達のことをあなたの手でこれ以上襲わないで……」
これで良かったのかと言ってから考える。
裏切らないで……と率直に言うよりはマシな言い方だが、意味はほとんど同じだ。
「分かった……約束しよう。次強い支配状態にされても、抗って見せる……俺も元々君達を襲うために研究員になったわけでは無いからな」
了承は取れた。
「じゃあ……」
そっとソルフの腕に手を置く。
「支配状態から……少しでも解放されるように……『ラルエンス ヒーリング』」




