第十七話 雷属性攻撃
「……………………あ……………………」
私はゆっくり目を開けた。
本当に目を開けたのかすら分からないぐらい暗闇に満ちた風景。
ゆっくり体を起こす。少し肌寒く感じる。
今は何時だ?何日経った?私は一体……
「リトル……?大丈夫……?」
音に反応したのか、リアが手に炎を宿しながら駆け寄ってきた。
駆け寄ってきたのはリアだけ。
私を助けてくれたミラサイト達の姿は見渡しても、そこにはなかった。
「随分うなされてたよ?やっぱり、二人が心配?」
リアの目はいつ見ても暖かい。
「当たり前だよ……早く助けなきゃ……二人とも心の声で、私に助けを求めてる……」
私は一言そう答えた。
心の声は聞こえた。
スケールだけだったけど、声は聞けた。
今のところはまだ生かされているだろう。
だが、このままここで助けにも行かず倒れ伏す訳にはいかない。
それに……『良かった……』と心の底から安心するかのような声を最後に、もう二度と、話しかけても反応は返ってこなかった。
「ミラサイト達は?」
「私はあのパーティから脱退した。だからもう別行動だよ。彼らは依頼を受けるために私達を残して行ってしまった」
さらに静かになった洞窟の中。
滴り落ちる水の音だけが響き渡る。モンスターの気配も、獣の気配もない。
リアの手に宿された光がなければきっと何も見えないぐらいに暗い。
「あれから……どのぐらい時間がたったの?」
私がここにきた時から、この洞窟内は暗闇に満ちていた。
ずっとここにいれば時間感覚が無くなりそうである。
「そうだね……ざっと二日ほど経ってる」
「二日だって!?」
私は咄嗟に寝ていた岩の上から飛び降りた。
イタッ……
着地と同時に体の中を駆け巡る痛みで、思わず私は顔を顰めた。
太ももと胸がまだ痛む。
『ラルエンスヒーリング』ですら完治できない深々と刺さる痛み。
極闇属性は常識を遥かに超えた化け物級の魔術だ。
「まだ寝てた方がいいよ……」
それを見兼ねてか、リアは再び私を寝かせようとしてきた。
「大丈夫……こんなところで何日もいる訳にはいかない……もう刃は抜いたんだ。少し我慢すれば良くなるよ……」
私はリアの手を振払い、痛みに必死に耐えながらなんとか立ち上がった。立てた。
リアの言葉が正しいのなら、刃を抜いた日……二日前は立つことすらままならなかった。
リアの手を借りてなんとか足を引き摺りながら岩の上で横になったのだから。
「それにしても……あいつら、何をする気なの?」
リアが洞窟の先を睨みながら、怒りを込めた声で口にする。
「あいつらは、私達を道具のように扱う。本当の目的が何かは知らない」
リアには研究員という存在と私達のエネルギーのことについて言っただけであり、詳しいこと――内面までは話していない。
「ルティアと、スケールは生きているんだよね?」
期待を込めた目を向けてきたリアだが、私はその視線から目を逸らす。
「…………ルティアは死の淵を見ているようだったし、スケールも辛うじて話ができる感じだった……」
「そっか…………」
涙を押し戻す。泣いてはいけない。
「なんで、ミラサイト達が私のことを助けてくれたの?さっきの話だと別行動……途中で出会うのも難しいんじゃ……?」
リアはポケットから大事にしまっていたであろう笛を取り出した。
どこかで見たことがある。
ああ、そうか……雪山の時のか……
「それは……雪山の時の……」
リアは私に笑いかけながら隣に腰掛けた。
「うん。これは助けを呼ぶための特別な笛。私があのパーティにいた時に貰ったの。前のパーティのみんなは全員持ってる」
手に乗せられた小さな笛はまるで魂が宿っているかのように、リアの火魔術で明るく輝いた。
「リトルにもあげるよ。もし、離れ離れになっても、これなら一緒にいれる気がする」
私の手にも同じ形の笛が乗せられた。
「いいの……?」
「うん……リア、二人だけになっちゃったけど、これからもよろしくね……」
✳︎
外に出ると、辺りは静かだった。
周りは洞窟内が怖く思えるほどに明るく、空は澄み切った青。
辺りを見回しても知らない建物だらけ。
やはりここは来たことのない場所だった。
どう見ても街の中心部ですらない。
研究所からもきっとかなり離れているだろう。
「リトル、雷属性……使ってみる?」
いきなり妙なことを言ってきた。
光属性を覚える時は図書館行こうだったのに。
「そんなこと……詠唱も知らないのにいきなり使えるわけがないよ」
「使えるよ、だって君、光属性の使い手だもん」
光と雷は別物。
だから新たに覚える必要があるはずだ。
いや……違うのか。光と雷は一緒なのか。
雷は光の派生。確かにあの研究員も一瞬で闇属性から極闇属性に切り替えて攻撃をしていた。
「確かに魔力の使い方は違う。でもやり方は光属性とほぼ一緒」
リアに付いて歩いてゆくと知っている風景に変わってきた。
ここは……うん……見覚えがある。
あの時行った図書館の近く。
模擬戦をした場所だ。
そっか……ここ、ギルドからも研究所からも結構離れていたんだな。
「……あ…………」
模擬戦をした場所。
柵に囲われた比較的広い空き地。
その土は変わっていない。
足跡もはっきりと残っていて。極め付けには……
戦った時に流した血の痕。血痕だ。
土の上の赤い色素がよく目立つ。
「スケール…………ルティア…………」
離れ離れになってから、僅か二日。
ようやく私は一回研究所に置き去りにしたルティアの気持ちが分かった。
悲しかったよね……辛かったよね……
助けてくれたから、側にいたから私はここまでやってこれていたんだと実感した。
溢れる涙が土を濡らす。
乾いた土が湿って色が変わっていく。
「泣かないで、リトル……大丈夫、絶対助ける」
背中を摩ってくれるリアの手触りでさらに涙が溢れた。
一人じゃない。一人じゃないのに……悲しい……悔しい。
私はリアの手を借りて立ち上がり、震える手で杖の太い柄を持つ。
魔力を杖の先に集める。
いつもやっているようにやる。
「その光の魔力にエネルギーを流すんだ」
言われた通り私は目を閉じ、魔力を集中させる。
光の魔術を雷の魔術に変化させる。
雷……それは………強い電圧で鋭い電流を流し、相手をやけどさせるもの。
強い光を蓄え、魔力を出来るだけ多めに流す。
パチパチと魔力が弾け出す。
…………しかし……消えてしまった。
自分の作った光の魔力ごと全てが奪われた。
「…………やっぱり……ダメか……」
私はリアのような才能はない。
無意識のうちに、私は地面に突っ伏していた。
「リトル!しっかり……」
まだ一撃もしていない。
なのにもう魔力切れだなんて……光属性攻撃なら有り得ない。
リアは雷属性は光属性の派生だからすぐに使えるようになると言っていたが全然そんなことは無かった。
どうして……私はこんなに弱いのかな……
どうして、闇に抵抗できない光属性なのかな……
「大丈夫……リトルならできるよ!」
それでも……諦めちゃいけない……
私はもう一度、地面を強く握った。
フラつく足なども気にせず立ち上がり、もう一度魔力を込める。
雷……その形を思い浮かべる。
強い光を蓄える。
太陽の光を吸収して白く強く輝く光の魔力。
それを勢いよく、解き放つ!
ーー直後、木に根元が折れるような鋭い音が轟いた。
「え……?」
私は呆然と立ち尽くす。
自分の魔力であの木を焼いた……?
「やった……!出来た!やっぱりリトルならできると思ってた!」
リアが私を押し倒す勢いで抱きついてくる。
「でも、今のってなんていう攻撃?」
正直威力は弱い。
一秒もしないうちに遠くの木の根元を焼いたが、ちょっと焦げ目が付いたかどうかというぐらい。
このぐらいなら当たってもちょっと皮膚が赤くなるぐらいでしかない。
「あれはミニマムサンダーといって、軽く電気で熱するぐらいの弱い電撃だね」
なんだ……全然こんなのじゃ……
「でもね、もう少し魔力を込めれば最大で致死量の十倍を超える電撃を生み出せるんだよ」
「それなら勝てるかな?」
「かもしれないね……でも、光と闇では光が不利なのは変わらない」
雷は光の派生系だから使えるが、だからといって得意とする属性攻撃が変わったわけではない。
私は相変わらず、彼らには圧倒的不利な立場だ。
「あいつらには、雷属性で攻撃をしよう。そのためにはもう少し威力を上げないとね」
攻撃をするにはすごく魔力が持っていかれる。
沢山光を蓄えてもさっきの威力ぐらいしか出せなかった。
得意とする属性以外は使うのが難しいとされる世界で、別の属性を自由に操れるようにはなかなかなれないだろう……
『リトル……リトル……どこだ?』
突如、心の声が響いた。
しっかりとしたよく響く声だ。
『スケール……?』
あれだけ弱っていた仲間の声が今ははっきりしている。しばらく声が聞けていなかったし、『良かった……』という一言で消えるように反応しなくなっていたから少し違和感を感じた。
『私は……リアと一緒にみんなで幸せに練習したあの地にいるよ!』
一言……返事をした。




