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絶望の世界に、光を   作者: しらつゆ
第二章 ラリージャ王朝 冒険編 
19/68

side研究所2 新たな存在



       ――研究員視点――

 

 ビービービー……と辺りに響く警報音が耳を突く。


 薄暗い職務室の中を赤色灯が照らし出す。頭に太い漆黒の角を生やし、冷徹な血赤の瞳を輝かせた研究員らが一気に駆け寄ってくる音が聞こえた。


「何事だ!」


 俺は職務室の椅子から飛び降り、やってきた他の研究員へと駆け寄る。


「大変です!ルティアも研究所から逃走しました!」


 女性の研究員で同期のラリアが甲高い声で俺に報告してくる。


 ラリアはかなり上の地位に立つ研究員の一人で、長のお気に入り……実質副所長である。


 逃走……そうか。


「ソルフ、どうするか?」


 別の研究員も慌てた様子で俺に聞いてくる。その口調と表情を見て、俺は深く嘆息して席へと戻る。


「当たり前。この劣悪な環境で耐えられなくなるのは……まだ十二歳ほどの子供だぞ」


 いくら仕方ないとはいえ、これだけ小さな子供の体を好き勝手に切り刻み、研究対象にするのは俺自身本来はやりたくもない。

 口出しすればあるいはその感情がバレれば長に殺されるから、俺はかなり我慢して、淡々と指示に従っている。


「だからってほっとくのです?新たな重要な問題が発生しているというのに……」

 

 ラリアは、どうでもいい、と席に戻ろうとする俺の背中を追い、言う。


「重要な問題……?」


 俺はずっと職務が中心。だが、命令で彼らの所に行くこともしょっちゅうで、彼らの流す生き血の純赤の色、治癒力結晶の淡い光。彼らの苦しむ顔も嫌というほど見てきた。だからそこら辺の重要な話は知っているはずなのに、知らない。


「新型のウイルスですよ……発生したんです……」


 ラリアは少々声のトーンを落としながら、言いにくそうに口にした。


「それはどういう……?」


 思わず俺は聞き返す。


 研究員の知らないのか、という顔が俺に向けられ、瞳の奥の強い血赤の色が光る。


 嘘ではない。本当に知らないのだ。


 ラリアが震える声を絞り出す。


「新型のウイルス……それは皮膚を壊死させ、内臓にまで危害を加え……十日ほどで死に至らしめるウイルスです。接触によって感染することが報告されています……」

「そんな……」


 これはどうしようもない。

 俺達が作ったわけでも無ければ、勝手に発生したものだから。


「多くの人は死にます。みるみるうちに拡大してゆき、我ら人間や獣は絶滅危惧状態に陥るでしょう……でも……あの子達は死にません……羨ましいと思いませんか」


 いいなあ……と言いたい所だが、あの子達も相当苦しんでいる。俺は安易にそんなことは言えない。いや、言わない。


 しかし……俺の隣に偉そうに足を組んで座っていた別の研究員・ミラサバが、俺と正反対のことを口にした。


「じゃあ、やはりあいつらのエネルギーが必要……根こそぎ取るしか俺たちが生きる道はないと……」

「そうなります」


「ただ……問題は……」


 一瞬全員が黙ったのを確認する。

 それから、この暗い職務室に響き渡るようにラリアは職務室の中央に立ち、はっきりと言った。


「彼らに感情が存在することです」


 続けて補足を加えていく。


「彼らを人間というのは違うと思います。ですが、今までの実験で分かった通り、彼らは痛がりますし泣きますし、何より仲間を大切にしようとしています…………」


「いちいち人間でもない、超人の事を敬えだなんて言ってられるか……感情に左右されるのもおかしいだろうが。それで世界は滅亡するんだぞ。それにラリア。いいのか、そんなことを言って。お前は今、長の心の琴線に触れるような発言をしたぞ?」


「っ!!はっ!!」


 ミラサバとは別の……もう一人の研究員・ガルディーが、ラリアの言葉を遮るようにして言い放った。


「ガルディー、あなたは本当に、彼らの感情を壊す気ですか……?」


「そんなものより今は、彼らが持つ最強のエネルギーだ」


 ガルディーは一言、それだけを言って職務室から出ていった。ラリアはその背中を追う。


「どちらへ……?」

「奴らを捕まえにいく」

「でも、彼らは自分の首に巻かれた物が監視装置だと気付いていて、もう破壊されています。こちらでは彼らがどこで何をしているのかは分からない状況です」

「なんだと…………?」


 ガルディーは足を止めて振り返る。

 俺を含む研究員全員でガルディーを止めた。



 


「…………とりあえず、作戦会議をしましょう」


 ラリアの声によってここにいた全員が落ち着きを取り戻し、各自、自分の席に戻る。


「誰が行くかも考えなくてはなりませんし……」

「俺が行く」


 やはり、ガルディーは譲らない。

 それを見たラリアはやや呆れ気味だ。


「よく考えてみてください。スケール、リトルが居なくなってからもうすでにかなりの時間が経過している中で……あの時と同じとは限りません」


「監視装置が壊されている……本当にそう思います?」


 ミラサバがそう口にした。


「どういうことです?」

 ラリアは聞く。


「あの三人……きっと今もこの国内にいるはずです。研究所の周りは避けているようですが……」


「国内っつたって、広すぎて誰が探すかよ」


 また別の研究員が口出しをする。


 確かに国内ってだけで広すぎて、探すだけで疲れてしまう。


「これを見てください」


 ミラサバが出したのはホログラムのような映像だ。そこに映っていたのはリトルが辿ったとされる形跡……


「これは……監視装置が起動しているじゃないですか!」


 ここにいる誰もが目を輝かせた。


「……何があったかは分かりません。ここで形跡は途切れているのです。これが途切れたのは二週間前……」

「「「二週間前!?」」」


 研究員全員がざわめき出した。俺はそれを無言で横目に見る。唇を噛み締め、同じ研究員でありながら冷たくなっていく心の奥で、深まる彼らへの想いを巡らせながら。


「探しに行けるかもしれんぞ!」

「しかしなぁ……二週間だけで動いてると思うぜ」

「本当に捕まえるの?」

「当たり前だ」


 バンっと机が叩かれる音がして、呆然と見つめていた俺の体が跳ねた。背筋を伸ばして姿勢を正す。


「話を続ける」

 ラリアが再びそういうと、全員口を閉ざした。


「二週間前……確かにこれは重要な手掛かりです。それにどうやらこの記録を見るに、リトルは一つの場所を拠点にしていると推測できます。それに……リトルは、スケール、ルティアと一緒にいるでしょうし」


「じゃあ、その周辺を探せば……」


 俺の隣に立っているミラサバが、期待を込めた声で口にする。


「しかしそれは確定的な情報ではありません。確率は五十パーセントと言ったところでしょう。それでも、見つけられる可能性はある。全力で、探しましょう。ガルディー……頼んでもいいかい?」


 ラリアは隣に控えるガルディーに声をかける。

 待ってました!というようにガルディーは出て行こうとした。


「俺も行かせてください!」


 ミラサバも手を挙げたが、ラリアは阻止した。


「一人で十分です。ガルディーは極闇属性の力を持つ。任せた方がいいでしょう」

「そんな……!」


 ミラサバは首を横に振る。


「俺だって闇属性攻撃魔術師ですよ!」


 説得するが、ミラサバのその言葉はかき消えてしまった。誰も相手にしない。


「あなたは、捕えてきた三人を牢屋で監視する役で結構です。それと……黒星刃ノワールステラカッターが刺さっていたら抜いてやりなさい……」


 ラリアはミラサバの耳元に口を近づけ、小さく、静かに告げていった。


 黒星刃ノワールステラカッターとは極闇属性攻撃の中で最強とも呼ばれる刃物を使った攻撃。刃先には痛覚を刺激する薬が塗られているという。


 あれを浴びたとしたら……彼らは……耐えられるだろうか。考えるだけで寒気がする。


「分かりました……」


 ミラサバも頭を下げた。


 


 私達研究員は彼らを捕えて研究するのはもちろんのことだが、彼らがエネルギーを使って傷を癒せない中、苦しんでいる状態を放ることはしない。




『…………そうか…………ついに、捕えに行くのか……また彼らに会えるのが楽しみだ……』

『っ……!!!!』


 突如俺の脳内に研究所の長の声が響き渡った。ぐにゃりと歪んだ声に、少しの気持ち悪さを覚えながら、俺は頭を抱えて机に顔を突っ伏す。長の声は日に日に大きく、強く、威厳を増し……そして凶暴さを極めているかのように感じ取れた。


『楽しみ……ですか……』


 俺は他の研究員に悟られないよう、詰まる喉の奥から小さく息を吐きながら、小さくそう答えた。ズキズキと響く長の声は俺の精神力を削っていく。


 痛い。また来たか、支配……


『ソルフ。逆らうでないぞ。分かったな?分かったならそんな顔をするな。分からないと言うなら……』


『分かりましたから、もう、やめていただけませんか。これ以上は……長にとって俺は、それだけいらないやつですか?もしそうだったのなら、行動を改めますから』



『ふん……ならばよい』



 それだけ言って、長の声は消えた。

俺の頭の中。しばらくの間余韻が残り、俺はしばらく動くことができなかった。

 

 

 


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― 新着の感想 ―
恐ろしい新型ウイルスの出現で、研究所としてもなんとしてもリトルさん達を取り戻したいんですね(;´・ω・) それにしても、リトルさん達の気持ちや感情は考えない(人間扱いしない)のが、本当に悔しいし悲し…
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