第十一話 仲間入り
少し寝ると再び太陽が雲から顔を覗かせる時間となった。
カーテンの隙間から光が漏れ出しているのに気づき、私は体を起こす。
私よりも先に起きていた二人はもう既に支度が終わっていた。
シャツの上にローブを羽織り、杖を背負う。身支度はこれだけ。
丁度いいタイミングで部屋の扉がノックされる。
「リトルー!!行こう行こう!!」
無邪気な子供の声。
私はドアを開ける。
そこには昨日の疲れなど感じさせないぐらいの満面の笑みを浮かべたリアが立っていた。
グイグイ腕を引っ張ってくる。
「はいはい……ちょっちょっと待って…」
今さっき起きたばかり。リアも昨日は寝るのが遅かったはずなのに、どこからそんな元気が出るのだろうか。
「じゃあ行くか」
「そうだね」
スケールもルティアも準備が整った。
ようやくこの日がやってきた。
ギルドと貸し宿は隣接している。一旦外に出る必要はあるもののそのぐらい大したことはない。
ギルドの入り口の扉を開ける。
中は人で賑わっていた。まさに冒険者ギルドである。
「おはようございます!」
リアは元気よく受付の人に挨拶をする。
偉いなと心の中で感心し、話を進める。
「リアを私達のパーティに加えたいのですが……」
差し出されたリアのカードにはミラサイトが率いるパーティの名前が刻まれていた。
冒険者ランクはBである。
「そうですね、そうなると一度パーティを脱退することになりますが、大丈夫ですか?元のパーティには戻れませんが」
「…………大丈夫。もうみんなに許可は取ったから……」
リアは少々表情を暗くしたが、覚悟を決めた様子でそう受付の人に自分から伝えた。
無理をする必要はない。
でも、本人がそういうのなら私達も止めることはしない。
「本当にいいの?」ということも聞くことはしない。
これはリアが自分で決めたことだ。
「分かりました。では、パーティ名を変更します」
リアのカードのパーティ名の部分が光る。
パーティー名は私達のパーティ名である『リカバリィ』に変更され、カードに刻印された。
「はい。これで登録完了です」
「やった!!」
リアは自分のカードを見て笑みを溢した。
リアは私達と違って、既に自分の専用防具を持っているからレンタルをする必要はない。
「改めてよろしく!リア!」
私達は新たな仲間、リアをパーティに招き入れることとなったのだ。
✳︎
朝食はサンドイッチだ。
包み紙の中からレタスとハムとスクランブルエッグのいい香りがする。
そして何より焼けたパンの香ばしい香り……。
これはリアが買ってくれたものだ。
これだけ豪華なものを食べれるようになったのも研究所から脱出してきたからだ。
それよりも前……研究所生活だった時は小ぶりのパン一個のみ。後は少し付け合わせの野菜が付いてきたかな、という具合であった。
サンドイッチを大口を開けて思いっきり頬張る。
……ああ……美味しい……
研究所に戻ったほうが安全……?
私はあの時何を考えていたのだろうか。
確かに私は当時、外のことは何一つ知らなかった。
逃げたところでどうせ研究員に追い回されるとだけ思っていた。
それで殺される寸前まで追い詰められるよりも指示に従って研究所にいたほうが良かった……と思っていた。
でも今、新たな仲間――リアをパーティに招き入れ、楽しく冒険者をしている。
こんな幸せがずっと続いて欲しい……
今思えばそう感じる。
「リトル、おいしい?」
「もちろんだよ」
リアはどこまでも優しさに溢れた笑顔を浮かべてくる。
「それで、昨日のことは本当にごめん。俺達にはもう謝ることしかできない……」
スケールは謝ったが、リアは首を小さく左右に振った。
「ううん……もう大丈夫。だから謝らないで……それと、これ……」
リアは私達に小さな布袋を手渡した。
「これは……?」
中には大量のビズが入っていた。
「ミラサイト達が、お礼に渡すようにって言ってた。大体20000ビズぐらいかな?入ってるはず」
「ええ……」
私は戸惑いを隠せず、それを握り締める。
「そんな……だって、私達……救えるはずの仲間を全員救えていないのに」
「…………でも、見つけてくれた。助けてくれた。全員は無理だったけど救ってくれた」
リアは澄んだ瞳を私に向けてはっきりと言った。「ありがとう」と。
『これはリアからの……ミラサイト達からのお礼だ。受け取りなよ』
スケールが心の声で私に語りかけてくる。
私はその布袋を胸に引き寄せた。
もう、ごめんとは言えない。
私達は高額な報酬を手に入れた。
「それで、リアを仲間に入れて初の依頼は何にする?」
スケールが問う。
そうだな……
ルティアの時は初めてというのもあってDランクの荷物運びを選んだ。
だが今回は違う。リアは既にBランクの冒険者である。
そういえば、私とルティアのランクはどうなっただろうか。
私は懐から自分のカードを取り出し、ランクを確認する。
すると……私のランクはDランクからCランクになっていた。
まだ正直三つの依頼しか達成していない。それに雪山の依頼は冒険者ギルドで届けていた物なのかも不明だ。
それなのにランクは上がった。
そんな事はとりあえず置いといて……これで私はBランクの依頼も受けられるようになったわけだ。
ルティアも私達と行動していたからCランクになっているはずだ。
「魔石発掘しようよ!リトルとルティアの武器はレンタルのでしょ?」
「バレたか……」
私はスケールの持っている武器と自分のタグ付き装備を交互に見、視線を彷徨わせる。
まあ、そりゃタグ付いてるしバレるよね……
「でもそれって依頼なの……?」
ルティアは聞く。
確かに魔石を発掘して自分の武器を作るなんて依頼とは言えない気がする。
「依頼だよ!鍛冶屋からのね。魔石をなるべく多く発掘して持っていくんだ!」
「なるほど……それで、依頼書は?」
スケールは聞く。
依頼を受けるには依頼書が必要だ。
雪山の依頼は急にミラサイトから告げられて緊急で行ったが、あれは普通ではない。
少女の救出、荷物運び……どちらもちゃんと依頼書があった。
「これだよ。さっき目に入ったから剥がしてきた」
……とリアは私達にその依頼書を見せた。どれどれ……
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依頼内容 魔石発掘
推奨ランク Bランク
武器を作るのに必要な魔石を掘ってきてください。
取ってきたら鍛冶屋まで。魔石は洞窟に多く生えています。
モンスターが多いので注意。
出来るだけ多く取ってきたら報酬に何かやる。
報酬 その時決める
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「Bランク!?」
私は思わずそう言っていた。
魔石発掘なんて単純そうである。
しかしBランクだ。Cランク以上の冒険者しか受けられない依頼である。
「洞窟にはモンスターが多いし、魔石は見つけたところで掘るのには魔術が使えなきゃいけない。でも今回は私もついていくわけだし、安心して大丈夫だよ」
「それに報酬その時決めるって…………」
少々苦笑気味にルティアはそう口にする。
確かにアバウト……実にアバウトである。
「洞窟にもよるけど、水と炎はすぐ見つかる」
リアは本当に色々なことをよく知っている。
これがBランクかと思うと、CランクとBランクとの差が大きいように感じる。
「ま、とりあえず、行こうよ!」
リアは朝食のサンドイッチの包み紙を回収して捨てに行き、カバンを背負った。行く気満々である。
私は戦えないし魔術も知らない。
でもリアがいるなら大丈夫だろう。リアに頼ることも多くなりそうだ。
「じゃあ、私は回復役、リアは魔石発掘役、ルティアとスケールはモンスター討伐役ね」
事前に役割を決めることも大事だ。
「うん!」
「いいよ!」
「了解」
三人の了解を得られた。
では、出発するとしよう。
✳︎
今日はそんなに朝は早くない。既に太陽は空高く登っている頃だった。
リアを先頭にして目的地に向かう。
川を越え、森を抜けた。その先に大きな洞窟が見えた。
「ここだよ」
リアは一度立ち止まって私達を振り返ってから先に進む。
私達もリアに付いて洞窟の中へと足を踏み入れた。
…………真っ暗……何も見えない。
「ちょっと待って、灯り付けるから」
リアの魔術で作られた炎が辺りを照らし出した。
本当、炎属性はこういう時に役に立つ。
照らされた先は宝石のような輝きに満ちていた。
赤、青、黄、水色……など岩の壁に張り付くように大量の魔石が顔を覗かせているのが見えた。
神秘的な洞窟の中。心を揺るがすほどの色鮮やかさに私は息を呑む。
太陽のように燃える赤い結晶……これは恐らく炎の魔石。
澄んだ藍色の結晶……これは恐らく水の魔石。
ワクワクしてきた。
「今日はたくさん生えてる!じゃあまずはあの赤いやつから!」
リアは張り切って、杖を向ける。
私の役割は……今はない。
スケールとルティアはそれぞれ離れたところで獣やモンスターが来ないか見張っている。
ああ……魔術使えるようになりたいな……。
そもそも自分の得意属性ってなんだろうという問題……
普通に他人に言えば「そっからかよ」っと突っ込まれそうだし、普通に違和感を持たれるだろうから、とりあえず生えてる魔石に一個ずつ触れてみる。
「炎」何も起きない
「水」何も起きない
「水色」何も起きない
しかし……「黄色」の魔石に触れた途端、光を発した。明るい豆電球のように輝き、辺りを照らす。
「わぁああ!!!リトルって光属性の特性があるんだね!」
雪山でくれた光の魔石は触っても何も起きてなかったはずだ。明るかったから見えなかったというのもあるのかもしれないが、他の魔石が光らないのに対して、光の魔石だけが触ったら光った。
「光属性の特性……?そうか、私は光属性を得意とする……なるほど……」などと一人でつぶやいていると、リアは「光属性は珍しい」と補足を加えた。
「光属性はね、使える人は少ないんだよ!多いのは炎と水」
「そうなんだ……」
リアが大量の炎の魔石を布袋に詰めていく。
すると……スケールは動いた。
「何かいる!」
瞬間的に体が動いた。その方向を向くと、狼のような形をした何かが見えた。目が合う。
すると、突然スピードを上げて私達に突っ込んできた。激しく唸り声を上げながら襲いかかる。
ここはもしや、こいつの縄張り……?
狼ではない。頭に鋭く尖った太い紺色の二本角。
白く長い毛。暗闇で光の鋭さを際立たせる青い瞳。
口の中に鋭く突起した四本の長い犬歯が見えた。
「こいつは……」
「危ないから離れろ!!」
リアが言葉を発するよりも先にスケールは動いた。
「『滴水成氷』
赤くない。青紫の血が吹き出す。
モンスターの特徴……それは精神体であるということ。
でもこいつは姿形は獣とあまり変わらない。
そして……モンスターは死ぬとチリになって消える。死体は残らない。
刺したところを中心に氷が広がっていった。そしてそれはすぐに消えた。
氷の光がガラスのようにリアの魔術で作られた炎の光を反射して輝き、散った。
「大丈夫か……?」
スケールは私達を振り返る。
スケールが居て助かった……。
何回その事を口にしているのかは分からない。
今回一つ進歩したことは、自分の得意とする属性攻撃が判明したこと。それだけ。攻撃力を得たわけではない。
Bランクの依頼……
これを受けるとこのように急にモンスターや
獣に襲われることもあるのだと、私は知った。
呆然とモンスターがやってきた方向を見つめていると、ルティアも駆け寄ってきた。ルティアにも少し怖かったみたい。
スケールは目をパチパチさせながら、何をそんなに怯えているんだとでも言っているかのよう……
「じゃあ、続けよう」
リアは再び良さそうな魔石を探し出す。
今度は青色……恐らく「水」の魔石に杖を向ける。
「身に流れる水の結晶よ!細く鋭い矢の如く、あの岩を打ち砕け!『ウォーターアロー』!」
杖から細く鋭い水の矢が目に見えないぐらいのスピードで飛び出す。
一瞬にして、岩の一部が崩れた。水の魔石が地面に落ちる。
リアは今、凄いことをした。
自分の得意属性魔法以外の魔法を使った。
水の魔石を取るのに炎の攻撃ではうまくいかない。そう即座に判断し水の魔術を使ったのだ。
リアは散らばった魔石を再び布袋に詰めていく。
これを何度も繰り返し、気づくと溢れんばかりの魔石で布袋がいっぱいになっていた。
「こんなもんかな……!」
殆ど発掘はリアが一人でやった。
途中何回かモンスターに襲われたが、誰一人怪我をしなかったので、私の出番はなかった。
改めて魔石を見るとそれは見惚れるほどの強い輝きを放っていた。
「じゃあこれを鍛冶屋に持って行こうか!」
さて、報酬は何を貰えるだろうか。
かなりの量の魔石を取った。
お金もある。
自分の専用の武器が欲しいな…………




