第九、五話 リアの決意
これは、リアがリトル達の仲間になるまでのストーリー
――リア視点――
夜。
暗闇に包まれたギルドの借宿舎は、息を潜めるように静まり返っていた。
きっと皆、もう眠っているのだろう。隣を歩くミラサイト、プティル、ジュアも無言のままだ。口を開く気力も、残っていない。
私はそっと自室の扉を開け、中へ入る。
洗面台の鏡に映った自分の顔と目が合った。
……ひどく腫れている。
泣きすぎたせいで、目尻が赤く、肌には涙が張りついたように突っ張っていた。
冷たい水で手のひらを濡らし、何度か顔にかける。熱を帯びた頬に、ひやりとした刺激が広がった。
「……う、うっ……」
リトル達には、感謝している。
けれどーーなぜか、心のどこかが冷たい。濡れた頬が再び涙で濡れていく。
ああ、そうだ。
リトル達も、帰り道の馬車の中、ずっと無言だった。
誰も、何も話さなかった。
ミラサイト達とは血の繋がりもない。ただの他人。でも、私をここまで導いてくれた人たちだ。今でも、道を照らしてくれている。
「リア……? 少し、落ち着いたか?」
外から聞こえた声に、顔を上げる。
洗面所の扉の向こう、ミラサイトが立っていた。
「あ……うん。ごめん、もう大丈夫」
私は軽く頷いてタオルで顔を拭き、自室に戻るとベッドに腰掛けた。
眠くなってきた気がした。
泣いた後のリラックス効果かもしれない。雪山での疲れもあるだろう。けれど、目を閉じても眠れなかった。
まぶたの裏に、今日の光景が浮かんできてしまう。
ラミリアの、あの最後の笑顔。
広がる白。吐く息が白い結晶となって空中に舞い、何度叫んでも、誰も来てくれなかった。
……眠れないなら、仕方ない。
あ、そうだ。
私、どうしても話しておきたいことがある。
「ねぇ、ミラサイト、プティル、ジュア」
「……うん? どうした」
隣で横になっていた三人のうち、ミラサイトだけが体を起こしてこちらを見てくれた。
「……私、気づいちゃったんだ」
「……何を?」
「リトル達のこと」
その言葉に、ミラサイトの目が細くなる。
「……リトル達の、あの力。あれ、魔法じゃない」
断言はできない。でもーー確信に近い感覚があった。
「魔力の流れが感じられなかった。けれど、何か……すごく暖かくて。魔法のエネルギーじゃなくて、人の体温みたいな、そんな感覚だった」
「それって……つまり?」
「彼らの力は、きっと、特別なものなんだと思う」
言いながら、自分でもうまく説明できていないことに気づく。
少し考えてから、ぽつりと続けた。
「この国には、人間の皮を被った特異体質の存在がいるって言われてるでしょ? 今日のリトル達を見て……もしかしたら、って思ったの」
その瞬間、ミラサイトが跳ね起きた。布団がベッドから床に投げ出される。
私はとっさに口を開く。
「……通報するつもり?」
そう聞くと、ミラサイトはしばらく黙ったまま立ち尽くしていた。
「……私は……できないよ。リトル達を、通報なんて」
「リア……」
「だって、助けてくれたんだよ? 私達の命をーーそれを、こんな形で返すなんてできない」
声が震える。
頭の中には、もしあのとき彼らが来なかったら、という想像が浮かぶ。
ーー私達はもう、ここにはいなかったかもしれない。
「リア……」
ミラサイトが、小さく息をつく。
「俺達だって……分かってる。あんな子供達を研究所に差し出せなんて、誰が言えるんだ」
「……じゃあ」
「通報はしないよ。……たとえ後で罰を受けても、俺はしない。罪を背負うのは……それでも構わないと思った」
少しだけ、胸が軽くなる。
だけどその先の気持ちが、私の中で強くなる。
「私……リトル達のこと、もっと知りたい。ついて行きたい。捕まえるんじゃなくて、助けたいんだ」
それを言った瞬間、自分でも分かった。
ーーこれで、私はパーティを裏切ることになる。
けれど、ミラサイトは黙って寝返りを打ち、ぼそりとつぶやいた。
「……そうか。君も、もう自分の道を歩けるようになったんだな」
「え……?」
「行ってやれ、リア。君ならきっと、大丈夫だ。……ただし、戻る場所は、もうここにはないぞ」
言葉は厳しい。でもその声は、優しかった。
「……ありがとう」
私は呟き、立ち上がった。
視線の先。スケールから借りた防寒着が、椅子の上に丁寧に置かれている。
ーーきっと、これが私にできる最大の「ありがとう」。
「ミラサイト、これ……返しに行ってくる」
「……行ってらっしゃい」
そう返してくれた彼に、もう一度心の中で礼を言う。
プティルとジュアには、明日の朝ちゃんと話そう。パーティのことも、私の決意も。
そっと扉を開ける。
静まり返った廊下を、私は一人で歩き出す。
ーー覚悟は決めたよ。
ミラサイト、プティル、ジュア。
「ありがとう」
防寒着を抱え、私はリトル達のいる部屋へと向かった。




