第八話 それぞれの役割
あまり使いたくないですが、視点変更を行う方法で執筆しました。
――スケール視点――
体の自由が全く効かない。重力に押し負けてどんどん下へと落下していくのを肌で感じる。
地面が近づいてきたのを感じ、俺は目を閉じた。
「………………ぅ、う……」
身体中が痛い。そして冷たい。
防寒具や鎧には雪が被り、下に着ている白シャツは一部に雪解け水が染み込んで色を変えていた。
体をゆっくり起こして辺りを見渡す。
周りには雪原がどこまでも広がっている。人影はない。そしてすぐ左を見ると、そこには断崖絶壁。ここから落ちたのかと思うと、死んでないのが奇跡のようだ。
これも雪のおかげなのか…………
体が動くか確認する。
腕は動く。しかし、立ちあがろうと足に力を入れた瞬間、電気が流れたような激しい痛みが全身に走った。
「うっ……」
ズボンの裾を悴んだ手で痛まないようにゆっくり捲る。するとそこには皮膚を通して青白い色が広がっていた。ただの内出血ではなさそうなぐらいの青白さ。
少し動かす度に走る痛みのあまり、涙が出てくるのを喉の奥で堪える。
「これは……まずいな」
俺はそれでも冷静になって考えた。
ここには誰もいない。なら、大丈夫だろう、と。
ずっと前にリトルから貰っていた治癒力の結晶が入った注射針を青白く変色した脚の付近の筋肉に刺す。
…………俺はリトルやルティアとは違って手から自分のエネルギーを生み出すのが難しい。
自分で生み出す治癒力の威力は、魔力を使って癒す初級治癒魔法と何も変わらないぐらいだ。こういう骨折とかを治すのは相当きつい。
そもそもこればかりは自分の力で生み出そうとしても無理か。自分の意思だから。今だってこうやって仲間の治癒力結晶を使っているぐらいなのだから。
何度もやっている行為だから、針を刺すのも、その痛みすら慣れきってむしろ何も感じない。それなんかより、恐らく折れているであろう骨の方が痛い。
少しずつ少しずつそれが体内に入っていく。痛みも少しずつ引いていくのが分かる。
青白かった皮膚の色もすぐに元通りの色に戻った。
触っても痛くない。…………よし。これで元通りだな。
ゆっくりと針を抜いて止血する。
ゆっくり腰を上げて立ち上がる。うん、もうどこも痛くない。試しにその場でジャンプしてみる。着地もしっかりしている。
それを確認し、俺は再び槍一本を片手に一人、雪原を歩き出した。
辺りに広がる白い雪。その上には黄色い光を放った足跡。
俺の能力、往昔視織による力で、本来は消えて見えなくなっているはずの足跡が、一本の光の筋となってはっきりと見える。
ラミリア達はここも通ったのか。
しかし、その筋は一本のみ。つまり一人でここを歩いたということ。その時にはもう遭難状態であったことに変わりはない。
ちなみに俺も今は一人だが、心の声があるから離れても問題はない。
そういえば、リトル達は大丈夫だろうか。…………心配はいらないな。リトル達にはミラサイトがついているから。
『スケールー!!!スケール………!!!』
突然胸に強く響く声が聞こえた。甲高いリトルから発された心の声。
俺のことを心配しているのか……?
『リトル…?』
『……!!スケール…!!良かった……生きてたぁ……』
やはり、心配していたようだ。叫び声が安堵の声に変わったのもよく分かる。とりあえず報告っと。
『こっちは大丈夫。治癒力使ったからな。この先にも足跡が見える。俺はそれを追う』
『了解』
……リトル達ともしっかり心の声で通じ合える。
フゥと軽く張り詰めていた息を吐いて、首飾りを優しく握り締めた。大丈夫そうだな。
往昔視織を頼りに先を行く。
すると、足跡を示していた光が急に消えた。そう、さっき崖の上で立ち止まったのもそれが原因だった。
一度能力を解除して、急に足跡が消えた辺りを見回す。枯れ木の間、岩の間。くまなく見る。
「う…………うぅ、う………」
ビクッと聴覚が反応した。今覗こうとした木の後ろ…呻き声がするのがはっきりと聞き取れた。弱り果てた人間の声だ。
「誰かいるのか…!!」
俺は冷気を胸いっぱいに吸い込んでそう問いかける。
反応は、ない。
……木の後ろへとゆっくり視線を動かす。
そこにはこんもりと盛った雪の山があった。その付近から声がする。
もしかして…
俺は必死にこんもりと盛られた雪をどかしていった。
……予想は当たった。雪の下から人が出てきた。
身体中擦り傷だらけで、悴んでいるのか、皮膚は全体的に赤く、その体は驚くほど冷たかった。
体は小さく、髪の毛はルティアの髪の毛のように長めで色は茶色。頭からずれ落ちた、魔女らしい三角帽子が少し離れたところに落ちていた。手には短い杖を握りしめていた。
「だれか……た、たす……け……」
その震えた口が小さく動く。息を吐き出しただけのような、小さな、小さな声が聞こえた。
目は虚ろ。もう本当に死ぬ間際、もがいてもがいて発した言葉のように聞こえた。
俺の体の治癒力が沸々と湧き上がる。
自分すら雪まみれで、素手で雪を触った手は真っ赤に悴んでいて、身体も震えている。
だが、置いていくことはできない。今回の目的は彼らを助け出すことだから。
「……大丈夫。俺が助けてやる」
俺はまず自分が着ていた防寒着を脱ぎ、その子に被せた。自分は多少寒くても風邪を引くことは無いから問題ない。
俺は次に目を閉じ、悴んだ手を強く握った。体の中に秘められた治癒力の全てを集中させる。
…………苦手なんて言ってられるか。
…………この状況では誰かにこのエネルギーが魔法ではないということを知られるわけにはいかない。だから自力でその手から治癒力を生み出す他に方法はない。さっきみたいに、とはいかない。
それがたとえどんなに弱くても、何もしないよりはマシだ。
淡い、淡い、黄緑色の光がその拳に宿る。
しかし、それは本当に弱い。
悔しかった。
自分にはリトルの持つような強い治癒力を生み出せる力はない。体内にある治癒力結晶を変換させる能力がどこか欠落している。だから目の前で倒れ伏している彼の仲間をすぐには救えない。もたもたしていたら危険すぎる。
その光を拳から消し、俺は意識すらも薄い彼の仲間を背中に背負う。
「しっかり捕まってろ。落ちるなよ」
「…………………」
俺は雪を強く踏み締め、リトルを求めて走り出した。
――リトル視点――
スケールが言っていた。『その足跡を辿っていけ』と。私達はその足跡を見つけ、辿り始めた。
先程スケールが落下した地点から再び足を進めていき、ようやく崖の広がる危ない道を突破した。徐々に道幅も広くなってきた。
足跡は二つ。つまりはこの道を遭難した彼の仲間は一人で辿ったということだ。
「足跡が濃くなってきた。もしやこの近くに……」
「そうですね、もう少し先に……」
ミラサイトも期待を込めた口調になっていく。山を登り始めてもうすぐ二時間ほどが経つ。ようやく手掛かりを掴んだ。
『リトル……!!!』
心臓が跳ねた。ドクっ、ドクっと勢いよく跳ねる。
突然、鋭く短い、焦りと興奮が混ざったような強い心の声が内側から強く刺激した。思わず足を止めてしまう。
「何があった……?大丈夫か……?」
ミラサイトも足を止めて私に声をかける。
「……スケールが、私を呼んでる」
私は一言そう口にする。
ルティアも同じように足を止めて首飾りのリボンを握っている。私だけではない。ルティアにもこの声は聞こえたのだろう。
ミラサイトにはその声が聞こえない。だから何を言っているのか分からないとは思う。でも私には聞こえるのだ。
『リトル、一人遭難者を発見した。長い茶色髪、杖を持った少女だ。酷く衰弱していて動かない。助けてくれないか』
遭難者発見。私達よりも先とは……。
衰弱。動かない。
ならなぜ治癒力をかけない…?
『スケールだって治癒力かけれるんじゃないの?とりあえずはそれで耐えて。今すぐにそっちにいくのはできないから』
『………………俺では駄目なんだ』
『どういうこと?』
突然何を言うのか。
スケールだって治癒力ーーミリウスヒーリングなら使えるはず。なのになぜ使わない?
『…………俺は直接的にしか治癒力をかけられない』
さらに訳の分からないことを言ってくる。
直接的以外に何があるというのか。
『筋肉に直接治癒力を流す方法でしかミリウスヒーリングを使えないんだ。切り傷程度の小さな傷ならそれを使わずにいけるのだけど』
『………………』
そういうことか。と私の中で理解をする。
そして研究所から逃げ出す時のことを思い出した。
私が胸を切られて動けなくなった時、スケールは必死だったけど私の傷をどれだけ頑張っても完全には治せなくって、結局逃げると私が決めた時に取った処置は、注射針でのエネルギーの直接投与だった。
『今その少女の意識が無いのなら注射針を使っても平気なんじゃないのか…?』
とにかく見られなければいい。見られてしまっては駄目だけれど、見られなければ本来の力を使ったって問題はないはずだ。
『意識はある。だから使えないんだよ。見られるから』
最悪な状況だ。今すぐには行けないのに行かなくてはならない状況…
『だから、お願い。助けるのを、手伝ってくれ……今からそっちに向かうから』
スケールの声はこれを最後に途切れてしまった。
ただ、一人だけでも発見したのは大きい。助けない訳にもいかないだろう。
「ミラサイト」
私はミラサイトの方を向いて口を開く。
「一人見つかったとスケールから報告があった」
スケールから聞いた情報を一つずつミラサイトに伝える。暗かった表情がどんどん明るくなっていく。
「茶色い髪、杖……っリア…!!」
仲間の名前がここに来てようやく一人飛び出した。 ミラサイトの目から涙が零れ落ちる。
しかしまだ油断はできない。
「…………まだ安心はできません。ちゃんと回復するまでは。スケールが過去視能力を使ってそのリアという冒険者を連れて私達のところまで戻るそうです」
「分かった。なるべく早くと伝えてくれ」
私は首を縦に振る。
「手伝えることなら私も協力する」
ルティアも状況を聞き、覚悟を決めた顔で頷いた。
私達はスケールを待つことはなく進み続ける。
スケールの能力は過去を見る能力。だから待つ必要はない。一刻を争う状況で、待ってなんかいられない。それを思うと、崖下に落ちたのがスケールでよかったと思えた。
足跡を追っていく。すると、何か滑ったような跡があった。
「これは……?」
私達はその周辺を見て回る。
「リトル…!!ミラサイト……!」
ルティアが何かを見つけたという様子で手招きをした。
そこにいくと、誰かが倒れていた。
よし、これで二人目。決して早くはないが、少しずつ見つかっていく。
体にかかった雪を払う。倒れているのは結構ガタイのいいガッチリとした男だ。
「プティル!」
ミラサイトは再び名前で仲間を呼ぶ。
なんで探す前に聞かなかったのかと思うぐらいだ。 私達は彼の仲間の名前をラミリア以外は知らないから。見つけても少女、少年、男、女というように呼んでしまうだろう。或いは、お嬢ちゃん…とか。
プティルと呼ばれた男もまた全く動く気配がない。
手首を取って脈があるか確認する。
弱い、弱い鼓動が聞こえる。
……大丈夫。まだ生きている。
「リトル!早く治療を!頼む!」
「うん」
私はしっかり頷き右手をプティルに近づけ、意識を集中させる。黄緑色の暖かく眩しい光が辺りを包み込む。
「………………こ、ここはどこだ……」
光が消えた時、プティルは目を覚ました。体を見渡し私を見る。
「あなたは、一体…?」
「…………私はリトル。ミラサイトの命により遭難者である君達を助けにここまで来ました。あなたの衰弱状態も私が治しました。そこにいるのはルティア。あともう一人スケールという三人のメンバーで冒険者をしています」
私は普通に答える。このことは隠す必要もない。怪しまれないようにするためにも話したほうがいいだろう。
「リトル……君……」
ミラサイトは呆然と私を見つめてくる。何が起きたのか分からないといった様子で私に近づいてくる。
「どうしてそんな小さな体でこれだけの魔力量があるのだ?」
「さぁ…?なんでだろ?」
私は頭をぽりぽり掻きながら適当に答える。
このことは深づめされても答えないからな。
「まぁとにかく、間に合って良かったよ」
新たにプティルが加わり、メンバーは四人となった。
「リトルー!!」
ちょうどその時背後から声がした。もう来たのか。
早すぎるな……
「おぉ!もう一人見つけたんだな」
瞬間にしてスケールは私の真横に来て、プティルを見てそう言った。
背中にはぐったりとした少女を背負っているというのにすごく余裕そうな明るい顔で私達に近づく。
「ま、まぁね。足跡を追ってたらすぐだったよ」
スケールは走ったせいか、少し息を乱しながらも明るく答える。
そんなことしてる場合かよ……と私は我に返る。
「それより、それ」
私が指差すとスケールは再び真面目な面に戻って背中に背負っていた少女を下ろし、雪の上に直に置く。
ただでさえ寒くて弱っているのだというのに直に置くとは……と少々呆れたが仕方ない。そうこうしている間に手遅れになってはいけない。
私はその少女・リアに近づき、プティルと同じようにラルエンスヒーリングをかけた。
「はぁ……はぁ……はぁ…………」
これで二連続。まだあと二人残っているが……体が疲れているのが分かる。
腕が痛い。胸も痛い。息も激しく上がっている。
「リトル……治癒力切れか……?」
スケールが私に近づき、優しく声をかけてくれる――というだけで研究所から逃げ出した時のようにヒーリングをかけてはくれないのだが。
そんな私達のことは視界にすら入らず、ミラサイトとプティルはリアの目覚めに喜びを隠せないでいた。
「みんな。リトルの体力が回復するまで休憩にしないか?」
スケールがカバンを漁って食料を出す。
時計を確認する。確かにいい時間である。
「二連続で膨大な魔力を使ったのに倒れないのもすごいけどな」
ミラサイトはなおも驚きつつそう口にする。
…………いや、今にも倒れそうだけどね…………
と心の中で付け足しながらカバンから持ってきた食料を出す。
この依頼は命がかかる大変な依頼だが、私のヒーリングで仲間が増えたのはいいことだ。
少し休憩したらまた出発するとしよう。




