9 凛、本格的に右眼がうずき出す。
私達が緊張の眼差しで見つめる先では、奏山先生が緊張の眼差しで体育館の入口を見つめていた。
やがて扉とその周りが内側に大きく膨らむ。直後に激しい爆発。
開いた穴から双頭の虎、フラムメウスが姿を現した。
私と先生以外は初めてこの怪物を目の当たりにする。実際に一頭で千人を亡き者にできると言われても納得してしまうほどの巨大さと、溢れ出る殺気。
現実を突きつけられた体育館は悲鳴と絶叫に包まれた。
この魔獣に立ち向かうのが、頼りがいがあるとはお世辞にも言えない小さな先生なのだから無理もない。
その奏山先生は、緊張はしていても他の者達とは全く違った。
「私が相手です! エアカッター!」
先生が手を振ると風が巻き起こり、見えない刃がフラムメウスに向かって飛んでいった。
攻撃を受けた大虎の毛にうっすら血がにじむ。
双頭の怪物は四つの目でギロリと先生を睨みつけた。片方の頭が口から火炎を吐く。
これを風の壁でガードした先生だったが、押されて後ろに倒れこんだ。
「うぅ……。ま、まだまだです!」
すぐに起き上がった奏山先生はまたエアカッターを放つ。
……先生はちゃんと自分の実力が分かっていた。
この魔獣を倒すには倍の戦力が必要だって。勝てないと分かっていても向かっていく姿は、勇敢なんて言葉じゃ片付けられない。
だけど、このままだと危ない。
あの虎は両方の口から……。
心配はすぐに現実のものとなった。
フラムメウスは二つの頭で同時に火炎を放射。
ゴオオオオオオオオオオッ!
燃え盛る炎が体育館の半分近くを覆い尽くす。
熱が私達生徒のいる所まで伝わってきた。
奏山先生は今回も風の壁を作るも、後方に勢いよく弾き飛ばされる。
「先生!」
私は皆から離れて先生の元へ走り出していた。
駆けながらフラムメウスの方を見ると、ちょうど飛来した演台が直撃していた。
やったのはもちろん絢先輩だ。
先輩はさらに、念動力でステージ下の引き戸を一斉に開け放つ。
彼女の目的は、そこに大量に収納されている物だった。
引き戸から次々にパイプ椅子が宙に浮かび上がる。わずかな間ののち、双頭の虎に向けてパイプ椅子は順番に発射された。
シュドドドドドドドドドドッ!
間断なく飛んでくる物体に、さすがの大虎も身動きがとれない。
……まるでパイプ椅子マシンガンだ。
使い手の絢先輩に目をやると、長い黒髪を空中に漂わせてとても怖い顔になっている。
「こうなったらやられる前にやるしかありません!」
さっきまでのおしとやかな雰囲気からは想像できないほど過激に。けど先輩、頭は冷静みたい。(大変なヘアースタイルになってるけど)
一番警戒しなきゃならないのは、フラムメウスの吐く火炎放射。皆のいる方に一発でも撃たれれば大惨事になる。
使わせないために先輩は虎の二つの頭部を集中的に狙っていた。
絢先輩、魔獣と戦うのは初めてと言っていたけど、かなり戦闘向きだと思う。
とにかく虎を釘付けにしてくれているのは有難い。今の内だ。
体育館の壁に叩きつけられて倒れている奏山先生に駆け寄った。
助け起こすと、幸いにも大きな怪我はないようだった。どうやら魔力と風でしっかり身を守ったらしい。
「ありがとうございます……。分かっていましたが、やはり厳しいですね……」
そう笑う奏山先生の体は小刻みに震えていた。
「……実は、私も初めてなんですよ、魔獣と戦うの。もう、怖くて怖くて、仕方ないんです……」
今更だけど、先生一人ならいつでも空を飛んで逃げられる。
でも、たとえ逃げ足に自信があっても、どんなに怖くても、この人は絶対にそれを選ばない気がした。
ジ……、……ジジ……。
……もう、右眼がうずいて仕方ない。
この話の最後部分を書いている時、
私は眼がうるんで仕方ありませんでした。
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