1 凛、右眼がシパシパする。
この世界に異変が起きたのは、今から約五年前のことだった。
それは人口の多い都市部で始まった。
前触れなく空間に穴が開き、別の世界に通じる門が現れる。門の先に広がるのは異世界の一区画であり、その限られた空間はダンジョンと呼ばれるようになった。
ダンジョンでは地球に存在しない物が手に入り、持ち帰ることができればそれは大変な価値に。
まるで現代のゴールドラッシュとでも言うべき夢のある話だけど、事態はそう単純じゃなかった。
ダンジョンには異形の怪物達が潜んでいる。しかも、その内の何頭かは門の出現と同時に出てきて暴れ回った。
厄介なのは、この怪物には既存の兵器が通用しないということ。門は人の多い所に開くので、その度に周囲に大きな被害が出た。
やがて人類は気付いた。
これは異世界からの攻撃なのだと。
世界中の都市が混乱に陥ったものの、それは次第に収束していく。
ダンジョンの出現と時期を同じくして、私達人間にも怪物達に対抗しうる力が身についたからだ。どうやらあちら側から流れこんできたものらしく、怪物の使う力と共通の原理のようだった。
私達に宿った力の源を魔力、出力する手段は魔法と名付けられた。また、怪物は魔獣と命名される。
魔力に関しては全人類が授かった一方で、発現する魔法には個人差があった。
中でも戦闘に特化した魔法に目覚めた者達が、各国の政府と協力して事態を鎮静化させる。そして、彼らがダンジョンで収集してきた物により、人間はどうにか魔獣と戦う力を得た。
それから約五年、ダンジョンのある暮らしが日常と化した世界で、私、咲良凛は生きている。
とはいえ、現在は出現するダンジョンはすぐに政府の管理下におかれるので、私達一般国民はさほど意識することはなかった。
目の前に門が現れでもしない限りは普段の生活に危険はないし、そんな確率はすごく低いだろう。私の住む東京都全体で見ても、ダンジョンは一日に一つ出るかどうかなんだから。交通事故に遭う可能性の方がまだ遥かに高い。
なので、多くの国民にとってはダンジョンや魔獣なんてニュースの中の出来事になっていた。
私にとってもそうだ。
それより、喫緊の課題は一週間後に控えた高校の入学式。
その後に実施されるであろうクラスでの自己紹介で、私の一年間、いや、高校生活三年間が決まると言っても過言じゃない。
自慢じゃないけど、私はこれといった特技も個性もない平々凡々な女子だ。
とりあえず、付け焼き刃的にけん玉を始めてみたものの、あと一週間で人に自慢できる腕前になるとは到底思えない。
ミスチョイスだったか。ヨーヨーにすればよかった。
やることもないのでけん玉の練習をすることにした。
ところが、開始後すぐに目に違和感が。
何これ、右眼がシパシパする。全然集中できない。
もしかして花粉症? でも片目だけだし。
お母さんに相談した結果、眼科で診てもらうことになった。しかし、そこでも原因は分からず、私は大きな病院の魔法診療科の紹介状を渡される。
魔力が人体に宿って以来、それによって不調を訴える人も出るようになっていた。そんな時に頼れるのが、魔力感知の特別な訓練を受けた専門医。
私を診てくれたのはまだ若い女医さんだった。
「右眼がシパシパするんです」
窮状を訴えると、彼女は私の目をじーっと観察する。
「確かに、右の目を中心に魔力がおかしな動きをしてるわね。咲良さんはまだ魔法を発現していないのよね?」
「はい、まだなんですけど……」
「何かあるの?」
若年層では魔法の発現に個人差がある。
異界の門が開いて五年、二十代くらいまではまだ魔法に目覚めていない人が結構な数でいた。私もその一人なんだけど……。
……実は近頃、発現の兆候らしきものが。
ちょうど専門家の前だし、相談してみようかな。
「私の魔法、予知かもしれません」
「すごいじゃない。未来のヴィジョンが見えたりするの?」
「それはないんですけど、ふとした瞬間に思うことがあるんです。この光景見たことあるな、とか、これ前にやったことあるな、って」
「……それ、その時になって感じるのよね?」
「はい、ふとした瞬間にです」
「あなたのそれ、たぶんデジャヴよ……」
「え……?」
スマホで検索してみると、デジャヴは脳の誤作動とか錯覚と呼ばれていた。誰にでも普通に起こりうることらしい。
解説文の最後にはこう書いてあった。
『近年、予知魔法が発現したと勘違いする者が急増している』
…………、なるほど。
「じゃあ、私は無能力者です」
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