新婚初夜に冷血公爵から「お前を愛することはない」と告げられた新妻が、薬漬けになりながらも理不尽な冷遇に耐え続けた結果
唐突ですが、私には前世の記憶があります。
前世は日本人だったのですが、ある小説の世界にモブとして転生してしまったのです。
そんな私の役どころは、公爵家のメイド。お仕えしている旦那様は物語のヒーローです。
旦那様は、巷では冷血公爵と呼ばれ恐れられています。当然ながら、女性からも敬遠されています。
人間不信なので他人に対してなかなか心を開きませんが、後に政略結婚をすることになる相手──つまり、ヒロインとの出会いによって変わっていきます。
私は、日々忙しく過ごしながら成り行きを見守っていました。
そんなある日。ついにヒロインが邸にやって来ました。
私は、なぜかヒロインである奥様の侍女に任命されました。
原作と展開が違うことに、私は動揺しました。何かが起こる前兆のような気がしたからです。
翌日。旦那様と閨をともにされた奥様は「お前を愛することはない」と告げられたと嘆いていました。
私は首を傾げました。確か、原作だとヒロインはここで気丈に振る舞っていたはず。それなのに、なぜかやたらとネガティブなのです。
その後、旦那様から冷遇やモラハラを受け続けた奥様は精神的に病んでいきました。挙句の果てには、闇市で売られている精神安定剤にまで手を出すようになったのです。
薬を過剰摂取して、生死を彷徨ったこともありました。元いた世界で言うところの、オーバードーズというやつです。
明らかに、私の知っているヒロインとは違います。ヒロインがこんなメンヘラでは、旦那様の閉ざされた心は一生氷解しません。
何とかしたかったのですが、果たしてモブである自分が介入していいものかと悩んでいた矢先その事件は起こりました。
ある夜。突然、悲鳴が聞こえてきました。
ベッドから飛び起きた私は、慌てて旦那様と奥様がいる寝室へと向かいました。
寝室のドアを開けると──そこには、血が滴る包丁を握りしめながら狂ったように笑っている奥様と腹部を刺されて瀕死になっている旦那様がいました。
奥様は旦那様に止めを刺すべく、包丁を振りかぶります。
「いけません! 奥様!」
しかし、時すでに遅し。その鋭利な切っ先は、旦那様の心臓を容赦なく貫きました。
「やっぱり、小説みたいにうまくいかないね。あんな扱いを受けて、耐えられるわけがないもの」
奥様は虚ろな目で私を見ると、そう言いました。
その瞬間、私は漸く気づいたのです。奥様も、自分と同じ転生者であるということに──。