九話 報酬はデートのようです
正直なところ、俺は焦っていた、自分は炎上するなどと豪語していても自信がないのだ。阿波岡さきすを見て思った。歌に自信があるが故に大勢が配信をみている前でもできたのだ。
なぜそんなにも自信があるか?答えは俺が言っていた、楽しめるように準備をしていたのだ。
夕方になれば水守さんが配信をすることになっている。しかし俺は見れる覚悟がないように感じた。
どこか自分が自分のことを認めていなくて…これはあの時も同じだった。
『クローのせいだ、付与師が俺たちをもっと効果を上げてくれないからだ!!』
嵐の王になって初めて依頼失敗の時だった。フラックは怒り、何度も何度もギルド内の座っているテーブルを叩いた。
フラックの言葉はただ俺にヘイトを向けようとして自分がもっと強くあれば、そう思わない。
俺がもし付与師ではなくSランクのクローとしてやっていれば失敗なんてしなかった、そう思っていた。
その時から個人のSランクのクローは認めていても、パーティーのCランクのクローを認めていなかった。
だから今の俺、高橋ノウンを認めていない。
応募した時は勢いがあり、心のどこかで『どうせ不合格となるから』と気楽に思っていた。
しかし三期生となり、デビューすることになり、現実味を帯びてきた。俺はそのことに耐えきれないのだ。
いっそ、今からこのフェンスをよじ登ってその高さから無抵抗で落ちたら、俺のこの気持ちは晴れるだろう。でも俺は落選してきた人の気持ちがわかるように逃げ出すことなんてできない。
今、屋上から見える、たくさんの人々、もしかするとその中に阿波岡さきすの配信を見た人がいるかもしれない。
ああ、低評価の嵐でもいいから、今回だけは耐えよう。だって低評価の嵐なら事務所側としても嫌がるだろうから俺、高橋ノウンのことはなかったことにできるだろう。
「お、ここにいたのか」
シハイルさんが屋上に現れた。
「どうした?次の配信まで時間はあるぞ?」
平然と繕い、話しかける。
「黒遼さんが、いなくなったから、運営の人が慌てていた」
シハイルさんはスマホを取り出して、なにか操作をし出した、運営の人に俺を見つけたことをいっているのだろう。
「正直、私も焦っているよ、この事前に決めた通りにやって、正当な評価が取れるのか、阿波岡さきすと比べられるから、それと同じクオリティを出せるのか」
俺はなにも言えない、シハイルさんだって同じだ、そんなクオリティを見せられて、同等または以上のクオリティが求められる。ならだんだんとクオリティが上がっていったら?最後である俺はものすごい期待をされてしまう。
さきすが配信内で期待はしないで、と言っていても視聴者はどこか期待してしまうのだ。
「でもさ、私たち以上に焦っているのは水守さんになるのよ、今からもう配信の準備を始めて入念に確認しているほどに、だったらさ、私たちも今からでもなにか付け足すことだってできるのよ、だからさ、自信がなくても最大限自分の力を引き出すことが絶対に必要になるの、黒遼さん、貴方はちゃんと頭の中ではわかっていてもできないと殻にこもっているだけ、だからこれ以上成長できないと決めつけることになる、なので私たちは今からなにをすべきか、わかるでしょ、それでも動かないのなら報酬をつけるから」
「ああ、わかっている、一応聞いておくがその報酬とやらは?」
「そ、そ、そうね…えっと、えっとー」
急に恥ずかしがるシハイルさん、え?なに、急にしんみりした雰囲気が壊れたんだけど?!
「デート」
「え?」
俺の耳は正常か?
「デート、はい、聞こえた?!」
「はい、聞こえました」
デートか、銀髪の美少女から…これは良い。
「わかった、そしてありがとうな」
俺は屋上から去ろうとして、シハイルさんの横を通る瞬間、
「報酬は貰うからな」
「え!?」
驚いたシハイルさんの方へと向かずに俺はとあるところに向かうことにした。ちゃんと運営さんに言って。
「行ってしまった…」
私は一人屋上に残され呟く。
黒遼さんは銀髪好きなのは知っている、しかし本当に自信がないなら、私の報酬すら断っただろう、なのに報酬をもらおうとして、そしてどこかに向かってしまった。これは黒遼さんはなにか策があるのではないかと思ってしまう。
私も確かにあれを見て、同期である私たちは自信を無くしてしまいそうになる、でも運営さんが探しているというのは嘘で本当はフェンスの間から明らかに今から自殺しそうな黒遼さんを発見したから私は彼ほどではない、そう思い黒遼さんを利用して自分が自信を失うのをやめた。
そして水守さんだって本当は理解しているだろう、わざとクオリティを落とすのかどうか、ということに。あまりにも阿波岡さきすの配信は良過ぎた。運営の人たちだってそう言っていた。なのでわざとクオリティを下げて最後の黒遼さんが魚井さんと同じぐらいになるようにしようという判断になっている可能性がある。
でも私はクオリティを上げようと思う、だって私だけこんなにもゆったりと待っていることなんてできないから。




