甘い言葉に耐えられなかった転生ヒロインは愛しのアサシンを探すことにしました
このお話は『断罪され路頭に迷っていた私は『悪役令嬢』とかいう存在らしいです』と対になっています。
また、シリーズのもののため、説明を端折っている部分もありますがご了承くださいませ。
君となシリーズ3作目。
「ああ、なんて美しいんだ。君のその冴え凍る月を思わせる銀糸には、瞳と同じ夜空を溶かし込んだこの瑠璃がよく似合う」
金髪碧眼の白いタキシードみたいな服を着た男性が着飾った私の前に傅く。
「女神のような君をエスコートできるだなんて。私はなんて果報者なんだろう」
蕩けそうな笑みで私の手を取り、その甲に軽く触れるだけの口づけを与えられる。
「本当は誰にも見せたくないがそういうわけにもいかないか。名残は尽きないが、そろそろ行こう」
そう言って私の手を引く彼、ハーティア国王太子オスカー・グラン・ハーティアは私、ただの平民であるシャーリーが何も答えなくても気にした様子もなくウキウキと扉の前に立った。
これから私はこの人と共にパーティーに出席することになっている。
貴族ばかりが通う王立学園の卒業パーティーに。
なお私は1年生でしかも途中入学だが、3年生で卒業生でもあるオスカーの相手としてここにいるだけでまだ卒業はできない。
それにしても、本当に勘弁してほしい。
今すぐ帰りたい。
「さあ、これから2人に訪れる希望輝くバラ色の未来のために、イザベルに罰を与えに行こう」
彼が言うと同時に扉が開かれる。
「オスカー様…あの、」
「不安なのかい?大丈夫、何も心配しなくていい」
私の言葉を遮り、彼はウインクしながら私を伴って会場の中へと歩き始めてしまった。
「でも」
なおも私は言葉を続けようとした。
けれど彼は続きを言わせてはくれない。
「可愛いシャーリー。いい子だから今は黙って歩いて。イザベルに私たちの仲を見せつけるんだ」
「いや、ですから」
そうじゃなく。
もう何度も言っているのに信じてもらえないから無駄だとわかってはいるが、最後にもう一度言わせてほしい。
「何かあっても私が守るから安心して。ね?」
私の心の声も実際の声も、彼には何一つ届かない。
「ああ、もう」
だから、私はイザベルにいじめられてもいなければ、あんたのことなんて好きでもなんでもないんだってば!!
あと、息を吐く様に甘い言葉を口にするな、寒気がする!
事の始まりは王立学園の2学期の始業式、つまり私が入学した日だった。
校門の前に立ち、聳え立つ白亜の宮殿の如き校舎を見上げる。
建物自体は遠くからでも見えるので、見たことはあった。
しかし校門を抜けた瞬間、聞いたことのない音楽が頭に流れ、幻のバラの花弁が風に舞い上がり、幻の金色の煌きが『君のとなりで』と文字を描く様子が脳裏に浮かんだ。
「……え?」
呟くと同時にまた別の映像が頭に流れる。
17歳くらいの黒髪の女性が見たことのない服を着て鮮やかな色が映る箱を見ている。
よく見れば箱に映っているのは今しがた自分が見た幻と同じ、王立学園の建物を背景にバラの花弁と金色の煌きが舞う映像だった。
「なに、これ…」
なんで、こんな景色知らないのに。
どうしてあれが部屋着で、自分の部屋でゲームを始めた瞬間だと理解できるのだろう。
そう思うと同時にザザッと砂嵐が走り、その映像は脳裏から消えてしまった。
けれど私は思い出した。
そうだ、私は棚橋紗理奈。
たまたま友達から借りた乙女ゲーム『君のとなりで』にドハマりして、全クリした後の虚無感抱えてたらネットでイベント限定キャラがいるって知ってビジュアル見たら他のどのキャラよりも好みで、なんとか持ってる人見つけてお年玉全部叩いて特典ディスク買い取って、プレイしている途中で、
「あ、家の階段から落ちたな」
そこで記憶が終わっている。
恐らく死んだのだろう。
そして今そのドハマりしたゲームと同じ画面が目の前にあるということは。
「もしかして、乙女ゲーム転生ってやつ?」
どうやら私は愛してやまないゲームの世界に転生してしまったらしい。
自分が乙女ゲームの世界に転生したと気がついてから3ヶ月。
私は苦戦していた。
だって話が違う。
このゲームはまず廊下で王太子であるオスカーに婚約者兼悪役令嬢のイザベルが話しかけようとしていたのを邪魔してしまいイザベルに目をつけられる、というところから始まる。
そして要所要所でイザベルにいじめられながらそれから庇ってくれる攻略対象者と仲良くなっていく。
はずなのだが。
「イザベルが一向にいじめに来ない…」
ちゃんと廊下でオスカーに話しかけようとしていたイザベルとぶつかったし、その時からオスカーや護衛、イザベルの従兄弟、同級生という攻略対象者たちと仲良くなっている。
なのにそれを快く思わないはずのイザベルが全くいじめに来ないから、逃亡先である図書館の司書や怪我の面倒を見てくれるはずの保健医とはまだ接点が持てていないのだ。
まだ誰を攻略するか決めてないから早く彼らにも会わねばならないのに、イザベルは何をしているのか。
「うーん…」
ここは多少シナリオを無視してでも会いに行くべきだろうか。
「うん、そうしよう」
イザベルがいじめに来ない時点でシナリオとは変わっているのだ。
私がここで彼らに会いに行っても大丈夫だろう。
そう思っていたし、実際何も問題はなかった。
だが、想定外なことに攻略対象たちの中で私はいじめられていることになっていた。
しかもいくら待ち望んでも一向に私をいじめる気配のないイザベルに。
何故と思っていたが、ある時謎が解けた。
「全く、イザベルの嫉妬にも困ったものだよ。私と君の距離が近すぎるって何度も言ってきてね」
オスカーはそう言うと気障ったらしい仕草で額に手を当てて頭を振る。
「自分と言う婚約者がいるのに他の女性と特別親し気にしていると世間体がよくないだの示しがつかないだのと。自分が婚約者に相手にされない惨めな女だと言われるのが嫌なだけな癖に、よくもまあ口が回るものだ」
信じられないよ、と彼は言う。
自分で仕掛けておいてなんではあるが、正直私に言わせれば信じられない行動をしているのはオスカーの方だ。
いくら愛していなくても、一般的な常識として婚約者をないがしろにしていいはずがない。
そうさせているのは自分だとわかった上で敢えて言いたい。
女性を大切にしないこんな男など、私は絶対に嫌だ。
元々攻略する気はなかったが、これを機にオスカールートだけは絶対に避けようと心に決めた。
だが、今はそれどころではない。
「そんな…」
思わず声が漏れればオスカーは「心配ない、ちゃんと言い聞かせておいた」などと宣っているが、そんなこともどうでもいい。
イザベルが私ではなくオスカーに文句を言っていると、そこが問題なのだ。
だって彼女はオスカーに自分を売り込むためにヒロインのことを悪く言うことはあっても、彼の行動自体を諫めるなんて不興を買うような行為、絶対にしないはずなのだ。
しかもゲームではオスカーの関心を得るのに必死なあまり、あることないことでたらめを並べ立てて、それも断罪の材料にされているような自滅女なのに。
言っていることが至極尤もで、まとも過ぎる。
一体、このゲームに何が起きているのだろう。
どうしてイザベルはシナリオ通り動かない?
「……もしかして」
イザベルも転生者、とか?
そう思ったのに。
「イザベル様も転生者ですか?」
「…テンセイ、サ?」
「あ、いえ、なんでもないです」
勇気を出して期待を込めて、周りから変なことを言っている人と思われる覚悟で口にしたのに、まさかのイザベル本人から変なこと言ってる人認定されてしまうなんて。
私の期待を返せ。
「でも、ならどうして」
貴女はシナリオと性格が違うの…?
後日、私はある可能性に思い至る。
学園寮の私の部屋のドアの下。
そこに見覚えのある封筒が挟まっていたのを見た時だ。
中を開いてみると、これまた見覚えのある文章がある。
『王太子から離れろ』
それは流れるような文字で、はがきサイズの紙にたった一文だけ記されていた。
簡潔で勘違いのしようもないほどに端的なそれ。
しかし私にはこの上なく意味のある一文。
お年玉全てを注ぎ込んで手に入れた物語の始まりの証。
「ここ、君となは君となでも、イベントの特典ディスクの方の世界なんだ!」
通常版を全クリしたデータをロードすると始まる新たな物語は、イザベル追放後から始まるスリリングな恋物語。
「ルカリオの、アサシンルートのある世界なんだー!!」
それを確信した私は諸手を上げて喜び、くるくる回ってベッドにダイブすると挟まっていた手紙をしっかりと胸に抱く。
「ああ、ルカリオに会えるのね」
彼のあまりのカッコよさにどうしても手に入れたかった特典ディスク限定のルート。
プレイしている途中で無念の死を遂げた私はまだ彼と結ばれていない。
きっとここはそんな私を不憫に思った神様が用意してくれた、私とルカリオのための世界なのだ。
だからイザベルの性格が違ったのだろう。
だってアサシンルートに彼女の出番はないのだから。
きっと、そのせいで彼女は本編と違う性格だったのだ。
やったーと喜ぶのも束の間、私はあることに思い至る。
ということは…。
「ルカリオと会うために、全員を落とした状態でイザベルを追放すればいいってこと…?」
全クリしたということは、彼ら全員と一度は結ばれたということ。
そのデータが必要ということは、同じように一度は彼らと結ばれなければならないはず。
つまりそれは、リロードも周回もない今の状況では卒業式の時点で全員と結ばれていなければならないということで…?
「……二股どころの騒ぎじゃないな」
まさかの六股である。
すでに誰ルートに進んでもいいように全員の好感度を上げている私にとって、実はそれはとても容易い。
容易いが。
「…そうなったら、学園中の顰蹙を買った上で、イザベルを追放しなきゃいけないってこと?」
イザベル追放後のイベントなのだから、そのためには『追放』が絶対に必要となるだろう。
シナリオ上、そうしなければルカリオが彼女の前に姿を見せることはないはずだ。
けれど、でも、しかし。
「……イザベル、普通にいい人なんだよね」
変な人認定をされているだろうに、彼女はゲームとは違って私に優しかった。
私欲のために不幸な目に遭わせるのが申し訳なくなるくらいには、少なくても常識外れのことを堂々としているオスカーよりはずっと好感が持てる人だった。
なにより何の罪もないか弱い女性を罪人として公衆の面前で裁かせて国外に捨てるなど、人として行っていいものではない。
「…うん。それならやめよ」
この手紙が来たということは、ルカリオは確かに存在するということだ。
ならばイザベルを追放しなくても、頑張れば探し出せるはず。
「よし、そうと決まればやることは一つだ!」
オスカーが勝手に思い込んでいるイザベルの冤罪を晴らす。
そしてこの世界でルカリオを探そう。
あれ、2つじゃん。
そんなセルフツッコミをしながら、私は決意も新たにいつもより深く眠った。
そして私は順調に物語を進めていった。
途中から好感度を気にしなくなったが、それでも好感度は全員MAXだろう。
ドハマりしたゲームだから全員の選択肢の正解だけを覚えていて、無意識にそれが出てしまうからそれは仕方ないと言うか、ある意味当たり前だった。
けれどやはり誰にも恋愛感情は持てない。
存在を知ったあの日から、私の心はルカリオだけのものになったのだ。
しかし全員好感度MAXということは、相手方には恋愛感情があるわけで。
「こんなところにいたのか。探したぞ私の愛しい花」
「全くお前は目を離すとすぐにフラフラと。黙って俺の隣にいろ」
「今日のお昼はオムライスとカルボナーラだったよ。俺と半分こしよ!」
「食堂までお連れします。お手をどうぞ」
4時限目の音楽の授業が終わって廊下を歩いていただけなのに私を探していたらしい俺様なオスカー、ツンデレなイザベルの従兄弟、わんこな同級生(彼とは選択楽器が違ったので部屋も違った)、堅物な護衛騎士と代わる代わる私に声を掛けてくる。
それがここ最近恒例になっている私の目の前の光景だ。
「あ、そすかー」
私は4人に気のない返事を返し、勝手についてくる彼らを引き連れて学生食堂へ向かう。
なにせこちとら庶民特待生。
お昼は補助を受けられる学食頼りだ。
だから平民特待生と貧乏貴族しか利用しない食堂にこの4人を連れて行くのは気が引けるが、背に腹は代えられないのでお食事中の皆様は何卒ご了承ください。
そして食事後は通りすがりのオネェな保健医に「デザートをあげるから後で保健室へいらっしゃいな」と声を掛けられる。
甘いケーキにつられてのこのこ顔を出せば「私のデザートは貴女の笑顔だから」とか言われ。
ピンク色になった空気に耐えきれず逃げ出せばすぐさま4人に発見されてつきまとわれる。
しばらく耐えるがどこまでもついてくる4人に嫌気が差して仕方なく図書室に匿ってもらえば、そこにはヤンデレな司書(前世のルカリオの前の推しキャラ)が待ち構えており。
「もうずっとここにいればいいのに。…それとも閉じ込めてほしいの?」
丁度首輪もあるよと件の物をどこからともなく取り出して「ほら」と私に見せる。
「け、けっこうですうううぅぅぅ!!!」
迫り過ぎている危険にそう言って図書室を飛び出せば「あ、シャーリー見っけ!」とわんこに発見され、以下ループの世界へ。
正直疲れた。
この世界にストーカー規制法ってないですか?
え?あっても王族や貴族は対象外?
そんな馬鹿な。
「ううう、画面の向こうなら楽しめるのに…」
私は部屋で一人咽び泣いた。
画面越しなら楽しい監禁ヤンデレキャラも、リアルならただの危ない犯罪者である。
ベッドに寝っ転がりながら先ほどまでの会話を思い出し、粟立った肌をさすり、寒くもないのに身を震わせる。
「…なんで台詞までシナリオと違うのよ…」
そして恐怖が落ち着くとゴロンと寝返り、見慣れた天井の模様をなんとはなしに眺めた。
私がせっかく仲良くなった攻略対象者たちから逃げ回っている理由。
それは彼らが口にするシナリオ外の胸焼けしそうなほど甘い言葉に耐えられなくなったからだ。
「なんであんなクッソ甘い台詞を真顔で吐けるの…?」
例えば「君が愛しい」という、ただそれだけの台詞だとしても、ゲームならシャーリーという女の子を通して伝えられるわけで、直接私が言われたわけではないからキャーキャー言って楽しめる。
だが自分がシャーリー自身になってしまい、自分に対して「君が愛しい」と言われると。
ぞわぞわぞわぞわっ
全身に一気に鳥肌が立つのだ。
それはGを見た時の感覚にも似ている、と言ったら流石に失礼か。
けれど現代日本でリアルにこんな台詞を聞くことなど皆無に等しいのだから、免疫がなくても仕方がないと思う。
それがせめて1回でも聞いたことがある台詞ならばまだなんとか聞き流せるのに、全く知らない内容だから身構えることもできずより気持ち悪いと思ってしまうのだ。
それに私、手も繋がないような、おままごとみたいなお付き合いしかしたことないし。
「卒業式まであと1ヶ月、どうやって耐えたらいいの…?」
いっそ寮に引きこもってようかな…。
なんて特待生の身でできるわけないし…。
うーん…。
答えが出ないまま、結局私は1ヶ月間必死に逃げ続けた。
花や小鳥に例えられた女が全員喜ぶと思うなよ!!
そしてようやく迎えた卒業式だというのに、これはどうしたことか。
「しらばっくれるな!!貴様がシャーリーに嫌がらせをしていたのはわかっている!いい加減罪を認めて許しを請えば、もう少し穏便に済ませたものを」
私の目の前でオスカーが呼びつけたイザベルに私をいじめていたことを認めて謝罪しろと迫っている。
いやいや、だからそんなことされてないって、何度も言ってるのに。
身に覚えのないイザベルは可哀そうに「そんなの知りません」と繰り返している。
それはそうだ、オスカー達の思い込みなんだから。
「オスカー様、何度も申し上げましたが、本当にイザベル様は何もしていません。こんなの、あんまりです」
それを黙って見ていることなどできるわけもなく、私はオスカーに向かって何度も何度も言った言葉を繰り返した。
なのにこのあんぽんたんは。
「シャーリー、優しい君はこんな悪女にも情けをかけるんだね」
そう言ってイザベルに見せている厳しい顔から一変、愛おしい者を見る目になる。
その変化も実はとても怖い。
どう見ても異常だから。
「だが認められない。私の大切なバラを傷つけた罪は何よりも重いのだから」
けれどすぐに厳しい目に戻り、傍に控えていた護衛騎士を呼ぶ。
「ロイド、こいつを拘束して連れて行け!」
「承知いたしました」
護衛騎士のロイドはまるで王命を拝したかのように恭しく頭を下げ、すぐにイザベルを取り押さえて抵抗しない彼女を罪人のように歩かせた。
「そんな、待って!」
「おっと」
その後を追おうとする私をオスカーが止める。
今イザベルの連行を止めないと無実の彼女が国外に追放されてしまうのに、オスカーに強い力で腕を掴まれ彼女の元へ行くことはおろか、それを解くこともできない。
「っこの!」
ついに切れた私は振り向いてオスカーの顔を見た。
見なければよかった。
「ああシャーリー、私のカナリア。邪魔者はもういないよ。すぐに婚約して、2年後には結婚しよう」
紅潮した顔にあったのは厳しい目でも愛おしい人を見る目でもなく。
狂気に満ちた深淵だった。
翌月。
私の姿は学園にはなかった。
あの後すぐにオスカーは父である国王陛下にイザベルとの婚約破棄と私との婚約を申し出たが、それを聞いて怒った国王様に謹慎を言い渡された。
そして事の次第を調べた際に名前が挙がった他の攻略対象者たちも一緒に謹慎処分となった。
そして私は「他の生徒の証言で、逃げる君を息子がしつこく追い回していたことがわかった。申し訳ない」と国王様に謝罪された。
正直ルカリオの存在を知るまでは6人の中の誰かを攻略しようと思って近づいていたのだから、その謝罪を受けるには自業自得が過ぎるのだけど、それでも婚約者のいるオスカーを選ぶ気はなかったので、あくまで『オスカーが嫌がる私に構わず追いかけてきた』という点でのみ謝罪を受け入れた。
そして「今回の騒ぎの後では学園に居づらいだろう。謹慎が解ければ保健医と司書と同級生のダリウスは学園に戻ってくるのだから」と言う担任からの言葉で退校することに。
それにしても。
いやあ、死ぬ気で逃げ回ってたのも無駄じゃなかったわ。
私は逃げるのに必死で気づいていなかったけれど、最初は王太子に気に入られている私が気にくわなかった皆様も、途中から毎日毎日全力疾走する私を見て流石に哀れになったんだとか。
だから皆「あの子は被害者側です」と口を揃えて証言してくれたそうだ。
その証言がなかったら王族や有力貴族の子息を誑かした悪女として私も裁かれていたかもしれない。
もう二度と会うことはないけれど、この恩は忘れません。
多分1年くらいは。
「よし、じゃあ行こうかな」
私は言葉で気合を入れ、トランクを引きながら歩き出す。
目指すはハーティアとスペーディアの国境にある街トライア。
ルカリオが所属する組織のアジトがある場所だ。
きっと彼はそこにいる。
「れっつごー!」
空いている手を握って空へ振り上げ、私はこれからの出会いに意気揚々と旅立つのだった。
読了ありがとうございました。
短編ではありますが、対小説とつながる後日談を別日に投稿する予定です。