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006 卒業

 ――そして、師匠の元で修行を始めてから一年が経った。



 

「……ふゥ……ッ」




 片腕で逆立ちしながら、ゆっくりと腕立て伏せを行う。

 あえて緩慢な動作で行うことによって、筋肉に負荷をかけ、喜ばせてやる。

 いつもお世話になっているからこその思いやりだ。



「十…………二〇…………三〇…………五〇。これで十セット完了」



 額に滲んだ汗を軽くタオルで拭いて、塩をわずかに含ませた水を摂る。

 きょうは、師匠が指定した二ヶ月後――つまり、卒業試験とやらが始まる日だった。



「それにしても、師匠遅えな。夜更けから帰って来ねえぞ」



 夜な夜なダンジョンの外に出向いていたのは数ヶ月前から知っていたが、朝方には戻ってきていた。



 特に理由は聞かなかったが、流石にきょうのように、朝になっても戻って来ないのは珍しい。というか、初めてだ。



「なンかあったのか……? あまり詮索してほしくなさそうだったが……」



 首筋にキスマークがついていたこともあるし、俺が関わっちゃいけないものだと思い訊いたことはなかった。

 師匠も男だ。しかも伝説の一人だ。女がいてもおかしくはないし、むしろ家庭を持っていてもおかしくはないのだ。



「ま、大丈夫だろ。死ンでも死なねえような男だし」



 帰ってくるまでウォーミングアップを続けよう。

 片隅においてあるベンチプレスへ向かい、三〇〇キロに挑もうと重り(プレート)をセットしたところで、背後に気配を感じた。



 振り返ると、



『■■■■ッ!!!!』


「お……バフォちゃんが復活した……けど、なんか……違う」



 約十日ぶりに復活したバフォメット。フロアに描かれていた魔法陣から復活を果たした黒山羊(ゴート)のフロアボスは、しかしいつもと様子が違っていた。



 黒い肌に人型の山羊という様相は同じだが……何故か、小さい。人間サイズだ。

 小さいといっても、元のサイズと比べて小さいというだけで、それなりに大きい。

 俺よりわずかに大きく、おそらく二メートルちょい。

 準じて、得物である双剣もスモールサイズになっており、なんとも禍々しいオーラを発していた。



 いつものバフォメットではない。サイズは小さいが、内包する強さはかつてのソレとは大違い。

 桁違いに強い。

 皮膚が裂けてしまいそうな威圧感と殺気を一身に受けて、俺はある言葉が頭に浮かんだ。



「……変異種(オルタ)か。初めて見た」



 変異種(オルタ)とは、ダンジョン内で稀に起こる現象の一つで、通常時の魔物が数倍にも強化されて現れる魔物だ。



 その強さは一説によると、三倍から十倍までと多岐にわたるらしい。

 感覚的に、通常バフォメットより五倍は強いと思われる。



「めちゃくちゃ強えな……いいのか、これ」


『■■■ッ!!』



 咆哮を上げるバフォメット。ただそれだけで地面に亀裂が走り、凄まじい殺気の風が俺の肉体(カラダ)を吹き抜けた。



変異種(オルタ)バフォメット……俺が倒しちまっても、いいのかな」



 思わず、笑みが漏れる。

 ここ最近、もっぱら修行の相手は師匠しか務まらなかった。

 最終階層(二〇〇層)フロアボス(バフォメット)でさえ、俺の相手は務まらない。

 片腕縛りとか足一本とか、そういう枷を儲けてもやはり、ダンジョン内の魔物では勝負にならなかった。



 だが、こいつはどうだろうか?

 この全身に伝わる殺気。ひしひしと感じる強さ。猛者感。

 雰囲気は十分だ。



「ウォーミングアップにはもってこいのヤツじゃねえか」


『——ッッ!!?』



 黒紫色の(いかずち)が吹き荒ぶ。

 俺の肉体(カラダ)に纏わりつくように、激しく発光した雷の圧がバフォメットの突進を跳ね返した。




「《天鎧強化(フィジカル・ブースト)》――壱段階(ザ・ワン)




 流石に強化しなければ怪我する恐れがあったので、とりあえず壱段階(ザ・ワン)

 これで変異種(オルタ)バフォメットと同等くらいだろう。



 腰を落とし、拳を構える。

 師匠が帰ってくるまで粘ってくれよ。

 ぜひ自慢したい。見せつけたい。こんな貴重な魔物、見る機会なんて滅多にないからな。



「むしろ殺さないで飼ってやる。俺のサンドバックになってくれや」



 おまえならしばらくは退屈しなさそうだ。

 ……あ、でも俺、きょうで卒業だっけ?

 卒業したら、俺、どこに住めばいいんだ?



『■■ッ!!』


「おっと、そうだった。今はおまえに集中してやンよ」


『ッ!?』



 突進とともに振り下ろされた双剣を掻い潜り——困惑した。

 あれ、遅くね?

 罠か? あえて隙を作っているのか?

 いや……でも魔物ってそういう思考あンの?

 まあ罠だったとしても、それごとぶっ潰せばいいか。




「――うらァッ!!」




 腹に一発、拳を見舞う。

 勢いよく弾け、壁に穴を作ったバフォメットがうめきながら、壁からずり落ちる。

 どうやら、罠でもなんでもなかったようだ。



「大したことないな……ホントに変異種(オルタ)か?」


『■■ッ』



 双剣を杖のように突き刺してなんとか立ち上がったバフォメットは、盛大に吐血した。



「おま——もう死にかけだろッ!? しっかりしてくれッ」


『■■……』



 血反吐を吐き散らかして、一歩進むたびにぶっ倒れそうになっているバフォメット。

 やはり俺の勘違いだった。

 こいつ、めちゃくちゃ弱い。



「強いと思ったんだけどなあ……雰囲気に乗せられちゃった感じかな。猛者感だけは一級品だよ、おまえ」


『■■■……ッ』


「じゃ、またリベンジしに来いよな」


『―――』



 三百メートルの距離を一瞬で詰めて、すれ違いざまにバフォメットの顔面を穿つ。

 悲鳴もなく崩れるバフォメットの肢体。



 戦利品の禍々しい双剣と魔石を体内から取り出して、アイテムボックスにそれらを放り込んだ。

 ここを出た後の生活費にあてるとして、



「んじゃ、気を取り直して筋トレを――」


「よぉ。見てたぜ。アンタだろ、ディゼルの弟子ってのは」


「――?」



 パチパチと拍手が鳴り、振り返る。

 壁に寄りかかった男が、葉巻を(くゆ)らせながらそこにいた。

 全く気配を感じなかった。

 転移陣が起動したことにも気がつかなったが、その男の気配にも全く、反応できなかった。



「今の、バフォメットの変異種(オルタ)だろ。Sランクの魔物の変異種(オルタ)となりゃあ、SSか? それともEX(測定不能)か。ンなの見たことも聞いたこともねえや。――そんで、そんなバケモンを余裕綽々と倒したおまえも正真正銘、バケモンの仲間入りだ」


「……あなたは、もしかして師匠の知り合いですか?」


「まあそんなとこだ。ディゼルの代わりに俺がここに来た」



 師匠の代わりに来た……?

 やっぱり、師匠の身に何か起きたのだろうか。



「心配しなくともディゼルは無事だ。ちょっと公国まで……昔の仲間が死んでな」


「葬儀ですか……」


「ああ。急いで行っちまったよ。昔の女なんだってよ。俺も一度しか会ったことねえが」


「……そうですか。ありがとうございます、教えてくれて」


「ガタイの割に礼儀正しいのな。戦闘時は鬼みてえに荒々しい表情してたっつうのに」


「あはは……俺、そんな酷い顔してました?」


「ああ、魔王ですらそんな表情(カオ)はしねえ」



 酷い言われようだった。そこまでか、俺。



「ンで、ディゼルから伝言と卒業試験の内容を預かってたんだがね」



 二本目の葉巻に火をつけた男は、煙を吐き出しながら言った。



「まず試験内容だが、もうこれはいいや。俺との模擬戦だったんだが、さっきの戦闘をみりゃもう十分だ。恐ろしくて俺だって戦いたくねえや」


「は、はあ……」



 ということは、さっきの……卒業試験として見られてたのか。

 それならもっと派手にカッコよく決めた方が良かったんじゃ……。

 まあ、合格したからいい……か。少し腑に落ちないが。



「そして伝言が一つ――あー、『これからは好きに生きて、儂を越える偉業を成し遂げろ。卒業おめでとう、アルマ』……だとよ」


「……師匠」



 アルマ……か。



「俺……初めて、師匠に名前で呼ばれました」



 何故だろう。名前を呼ばれただけなのに、涙が溢れてきた。



「偉業って……俺に、やれますかね? 師匠を越えるほどの偉業を……俺が」


「……ディゼルがやれつってんだから、やれよ。あの人は、できねえことは言わねえ」


「……そうですね」



 涙を拭って、俺は頷いた。

 そして、頭を下げる。



「ありがとうございました。師匠の言葉を伝えてくれて。師匠にも伝えておいていただけますか?」


「嫌だね。自分で伝えな」


「……わかりました。じゃあ、師匠にいつか、また会いましょうとだけ伝えておいてください」


「……おう」


 

 ぶっきらぼうに呟いて、男は何も言わず、転移陣に消えた。

 誰もいなくなったホールで、俺は……大声で泣いた。



「ありがとうございました、師匠」



 これが最後の別れではないというのに、この場を離れるということと、師匠の元から卒業するということが、ひどく悲しかった。

 同時に、嬉しさだったり感謝だったり色々と溢れてきて———。



「また会おうぜ。必ず……次会った時は、この恩を必ず返させてくれ」



 そして、俺は荷物をまとめると、名残惜しさを噛み締めてダンジョンを後にした。



「おもしろかった!」


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