061 参加者たち
「――俺と結婚を前提に付き合ってほしい。まずは名前を教えてくれないか? レディ」
絶句する俺たち三人。
手をとられたカティア並びに、後ろのシャルルたちも呆とした表情でその男を見遣った。
「失礼、まずは名乗らせてもらおう。俺の名はアウグス・トゥワロー。この帝国では〝野獣〟と呼ばれていてね。多少は名の知れた武人さ」
「あ、アウグス……ね。そう、わかったから手を離してくれないかしら?」
「もちろんさ。でも、まだ返事は聞いていないな?」
戸惑った様子のカティアが俺を見る。
俺は、それどころじゃなかった。
「一眼でわかったよ。キミは強いな。しかも飢えている。際限知らずに強さを求め、強者を求めて剣を奮っている。その研ぎ澄まされた瞳……最小限に、いや至高にまで削ぎ落とされた肉体。女性としても、いち剣士としても理想的な体型だ。――ああ、なんて強い女だろう。俺は、キミ以上に強い女を見たことがない」
「……っ」
俺の目の前で、カティアを堂々と口説くアウグス。
しかも、おそらくここ最近で、カティアが最も言って欲しかったであろう言葉を、こいつは狙ったかのように――
いや、そんなことはどうでもいい。
どうでも、よくはないが。
それよりも重要なことがある。
「キミこそ俺の伴侶に相応しい。どうだろう? 俺ならキミを更なる領域に引っ張ってあげられる。キミを、至高の存在として昇華させてあげたいんだ。レディ、俺はキミに恋をした――」
「―――」
そして、アウグスがカティアの手の甲に唇を触れさせたその瞬間―――
「おいテメエ、俺を――」
「――無視してんじゃねえよッ!!!」
「――ッ!!?」
とうとう耐えきれず、俺とルキウスの拳がほぼ同時に、アウグスへ叩き込まれた。
凄まじい勢いで吹き飛んでいくアウグス。
遠巻きに見ていた観衆も巻き込んで、武器屋の壁を突き破った。
「いい度胸じゃあねえか。この俺を前にして、しかも人様の女に口付けしやがってこの野郎……ぶっ殺してやる」
「相手が違うでしょうが、相手が。まずは僕を口説けよ。僕がこの中で一番強いんだぞ」
「おいルキウス、それは違うだろ。この中で俺が一番強いだろうが」
「はぁ? 何言ってんだよアルマぁ? 僕が圧倒的だろうがよ」
「ルキウス、テメエまだ寝ぼけてんじゃねえの? 時差ボケか? あァ!?」
鼻と鼻が触れ合う距離でルキウスを睥睨し、胸ぐらを掴み合う。
そこへ、シャルルが止めようとこちらへ近づいてくる。
「ちょ、ちょっと先輩! デス! こんなところで喧嘩は――ていうか、あのひと生きてるデスか!?」
「女を口説かれたことよりも、相手にされなかったことにキレるなんて……筋金入りの脳筋だ」
「レイジ。あなたもアレくらいしなきゃ追いつけないわよ」
「……ハイ」
「カティアさんも、なに呆けてるんデスか!? 止めないとホントに――」
焦るシャルルを制して、カティアがその一点だけを見つめる。
「大丈夫よ。心配しなくともなんとかなる」
「な……なに言ってるデスか……?」
「すごい脱力だったわ。まるでスライムみたい」
「……?」
今まさに、メンチを切っていた俺とルキウスの拳が振り上げられた瞬間。
俺たちが殴り飛ばした方向から、笑い声が漏れた。
「はっはははは、オーケイ。やきもちってヤツか。推測するに、どっちかがレディの恋人だね? んー、当てようか。――そこの黒髪の坊やだ。違うかい?」
「テメエ……」
「無傷かぁ……殺す気で殴ったんだけどな」
武器屋に突っ込んだアウグスが、ルキウスの言う通り無傷で立ち上がり、なんてことはないと埃を落としながらこちらへ戻ってくる。
「悪いことをしたね、ボーイ。しかしだ。レディの表情を見ればわかる……彼女は満足していない。真にレディが欲しいものを、キミは与えられていない。恋人失格ではないか?」
「おい、俺を見ろ。喧嘩する相手がちげえぞ」
「ふふん。答えられないか。あまり相性が良くないとみた。大事だぜ? 体の相性ってヤツは」
俺とそう変わらない身長のアウグスが、余裕を浮かべながら俺の間合へと入った。
転じて、ヤツの間合でもある。
腕を伸ばせば届くその距離で、俺とアウグスが睨み合う。
野性味のあふれた風貌に、幾つもの傷が彫られた褐色の肌。
コイツのすぐ後ろで、歪みがどデカい虎を象った。
黄褐色と黒の縞模様。
鋭く睥睨するソイツは、幾千幾万の得物を喰らってきたであろう牙を大きく覗かせ、吼える。
なるほど――強いワケだ。
その大虎を前にして、より一層笑みが深まる。
気持ちが昂る。
もはや退く気にはなれなかった。武闘祭などどうでもいい。
今ここで、コイツを叩き潰したい。
その衝動に駆れれて、刹那――
「――騒がしいな、野蛮人ども。揃いも揃ってやることはキャットファイトか?」
そんな言葉とともに現れたのは、キザったらしい貴族風の男だった。
シンプルだが見栄えする、上等そうな戦衣にローブを肩から羽織ったその高貴な男は、男女ともに魅了する微笑で足を止めた。
心臓がもう、爆発しそうだった。
こいつも強い――多分、最初から本気で行かないとあっという間に殺されてしまう。そんな予感がある。
あいつをこれ以上近づかせてはいけない――本能が、そう警鐘を鳴らした。
「ヘイ、マクシミヌス。邪魔しないでくれよ。これは俺の喧嘩だ」
「黙れよ、獣風情が。このマクシミヌスが視界で貴様らは不快な行いを見せたのだ。万死に値するだろう。当然だ」
アウグス含めた俺たち全員を、マクシミヌスは取るに足らない雑魚だと見下した。
傲岸不遜なその態度は、俺がイメージしていた帝国そのものだ。
「アルマ、こいつ……僕にやらしてよ」
「ほう? 身の程を知れよ童。このマクシミヌス相手に、全員で挑んでこないとは何事だ。失礼であろう、この強者に」
「僕はね、こういう自信に満ちあふれた男の精神をぶっ壊すのが好きなんだ。――勘違い野郎のキザ男が、寝ぼけてんじゃねえぜ? 最強はこの僕だ」
絡み合う四つの闘志と敵意、殺意。
天井知らずで膨れ上がるそれらが周囲に風を巻き起こし、露天が、家屋が、地面が悲鳴を上げて軋む。
二日後の獣神武闘祭など頭から既に抜け落ちていた。
今ここで、この強者をぶっ倒す。
元より、身震いするほどの強者と戦うために帝国へ来たようなものだ。
それが叶うなら、別に出場なんてしなくてもいい――
「あっれぇ? きみ、良い匂いするねぇ……」
だからこそ、その場、その雰囲気でその声は、予想外に過ぎた。
「……は?」
明らかに場違いな、女の声。
視界の隅で、桃色の長い髪が揺れた。
「ねえねえ、もしかしてティティの同胞かな? 強そうだし、筋肉もすっごーい! あのさ、よかったらあっちでお茶でもなしない? こんな男どもと遊んでないでさあ? どうせ明後日には好きなだけやりあえるんだし?」
「え、あ、え?」
シャルルとほぼ同じくらいのちいさな少女が、俺の胸から離れると手を握った。
桃色の髪をツインテールに縛り、独特なファッションで身を包むゴシックな少女が、小悪魔チックに笑う。
「行こ? ね?」
「き……きみは」
「ティティ? ティティはね、ティベリィって言うんだー。よろしくね、坊や♡」
そう言ってはにかんだ彼女の首筋には、黒い蛇の刺繍が刻まれていた。
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