060 帝都クラウディア
「――おお……ここが帝都クラウディアか……ッ! 武闘祭は二日後だってのに、すげえ熱気だな」
道中、色々あってようやく獣神武闘祭が開催される帝都クラウディアへたどり着いた俺たちは、街中の光景に圧巻されていた。
「この目貫通りは『皇帝の凱旋』などと呼ばれていて、一番の賑わいを魅せてるそうデスよ」
「メラクの数十倍は輝いてるな……どこもかしこも金銀で溢れてるぜ」
「皇帝が侵略軍を迎え討たず、この道を通らせて宮殿に招いたのは有名な話」
「え、それどうなったンだ先輩?」
「皇帝が、己が実力を民衆に魅せつけるように、一網打尽にしたそうよ」
「いい趣味してるな、その皇帝は。――おいカティ、離れンなよ。迷子になるぞ」
「……ん」
静かに闘気を高めているカティアの手を取って、割れていく人波の間を歩く。
「ねえ、アルマ」
「ン?」
「気がついてる?」
「まあな。ていうか、結構目立ってるしな」
「? なにがデスか、二人とも?」
「おチビさん。敵の本拠地に入ってるのよ。狙われて当然じゃない」
「エル先輩? 何かとつけてマウント取ってくるの腹立つデス。怨みますよ?」
「忘れてたけど、アーくんが歩くと人波が割れるのよね。余計に目立っちゃうわ」
「無視ですか、先輩? デス。おい、こっち見ろ、デス」
「――アルマさん、カティアの姐さん……気をつけてください。狙われてますぜ、俺たち」
「おまえ……ほんっとズレてるよな、一人だけ時間軸」
「え?」
ともかく、帝都に足を踏み入れた瞬間から、俺たちは――厳密に言うと俺とカティア――は注目を浴びていた。
言うまでもなく俺たちが武闘祭参加者だからだろう。首元を見れば一目瞭然だ。
敵意、嘲笑、羨望――こいつらは一体、どこまでやれるのか? という品定の視線。帝国側の勝利を一切疑わぬ、崇高な気概。
しかし、遠巻きに眺めているだけで干渉して来ないのは、少なからず実力を認めているからだろう。
俺の歩む道が割れていくさまを見ればわかる。
弱肉強食。強い奴に重きを置くこの国だからこそ、そういうセンサーには敏感なのだ。
俺と目があってもそらさない奴が多いあたり、メラクよりは明らかに質がいい。
「こうして見ると、富裕層か武人ばっかですね。しかも並大抵の強さじゃあねえ。商人連中も、余所者か否かも一目瞭然だ」
「護衛を連れているのが余所者で、明らかに商人の肉体つきではない者が帝国の商人。――わかりやすくていいわね。この国」
「じゃあ、結婚したら帝都に移るか?」
「け――」
「結婚ッ!? デス!?」
顔を真っ赤にしたシャルルが、カティアの言葉を遮って驚愕した。
その頬をエルメェスがつまむ。
「シャル、そういうことに干渉しないの。決めたんでしょう?」
「あぅ……」
頬を引っ張られながら項垂れたシャルルは、エルメェスに後ろへ引き寄せられていった。
シャルルと入れ違いで、レイジが俺とカティアの間に首を突っ込んでくる。
「アルマさん、ぜひ結婚式には呼んでください!! そんでまともな女の子紹介してください姐さんッ!!」
「また殺されるぞおまえ……」
「嫌だなあ、ギリギリ死ななかったじゃないですか」
「次は殺すデスよ?」
「………エルの姐さん、なんでシャルさん不機嫌なんですか?」
「ちょっと黙ってなさい」
「……ハイ」
首根っこを掴まれ、後ろに連れていかれるレイジ。
右手にレイジ、左手にシャルルの首元を掴んだエルメェスが、眼鏡越しに「続きをどうぞ」と促した。
いや、心遣いはありがたいけどさ。
これからプロポーズするとかそういう話の流れじゃないからな?
だからカティ。おまえもなんで顔を赤くして待機してるんだよ。
「あー、えっとカティ?」
「う、うん? わたしは、べつに……どこでだっていいわよ? あと、その……まだ、満足してないから、自分に。一番強くなってから、その……け……こん……しよ?」
「……。…………うン」
やべえ、こっちまで顔が赤くなる。
カティアのこんな顔、ベッドの上以外で見られるとは思わなかった。
繋いだままの手のひらからも、すごい勢いで熱が伝わってくる。
手汗が酷い。
カティアの顔を、まともに見られなくなってしまった。
視線をカティアの横顔から逸らして、適当に視線を向けると……見知った顔と目があった。
「――あれぇ? アルマじゃん。久しぶり、ギリギリの到着だったね」
「よう。いつから来てたンだ、ルキウス」
灰色の髪をオールバックに掻き上げ、首元が目立つラフな格好をしたルキウス・ヘルシングが手を上げてこちらに向かってきた。
彼を見たカティアが、打って変わり敵意剥き出しでルキウスを睨めつけるも、飄々とした調子は崩さずルキウスは笑みを深めた。
「僕は五日前かな。ここだとほら、つまみ食いに事欠かさないから」
「勇者がそんなことしていいのかよ?」
「勇者だから後出しだよ。流石にこっちから手を出すと世間体がアレだからね」
「なるほど。それはいい。俺もつまみ食いを考えてたところなンだ」
「へえ? なら遊んでくかい?」
「それはとても美味しい提案だな」
魅力的なお誘いに、お互い満面の笑みを浮かべた。
心からの愉悦。
ああ、こいつと武闘祭で殴り合えないのが惜しい。
大歓声と埋め尽くされた民衆の最中で、かの勇者と死ぬまで雌雄を決する。
想像するだけで心臓が飛び出てしまいそうだ。
笑いが止まらない。止められない。
「またホモ祭りがはじまったデス……」
「それこそ武闘祭なんてホモ祭りでしょう。私は歓迎よ。民衆の中、あーくんが無様に掘られる姿を見てみたいもの」
「寝盗られ趣味の次はそっち系デスか。救いようがないデスね」
「な、なんすかあいつ……勝てるイメージが湧かねえ……!」
「レイジはいつになったらあーくんに掘られるのかしらね」
「先輩を穢さないでくださいっ!! デスっ!!」
「なんで俺が殴られるんですか、姐さん……!」
後ろの騒がしい声ですっかり水を差されてしまった俺とルキウスは、微苦笑を浮かべて―――刹那、弾かれるようにして〝ソイツ〟を視た。
「―――」
「―――」
宮殿側から……皇帝の凱旋を歩いてくる一人の漢。
サングラスを掛け、短パンに生地の薄いシャツを身につけた褐色肌の漢が、悠然とこちらに向かって歩を進めていた。
首元には、黒蛇の刺繍。
武闘祭参加者だと、一眼でわかった。
「騒がしいねえ、余所者は。あー、しかし勘違いしないでくれよ、クレームじゃあない。むしろ嬉しいのさ。それぐらい活気のある方がぁ、帝都らしいじゃあないか」
人集りが左右に割れていき、さながら戦場から帰還した皇帝のような振る舞いで、野性味の溢れたソイツは俺とルキウスの視線を釘付けにした。
「ハハッ」
「へえ」
俺とルキウスが、ほぼ同時に嘆美をうめいた。
もはや語るまでもない存在感。
是非とも称賛を贈りたい。よくぞそこまで成り仰せた。おまえは素晴らしい、と。
「いいねえ。すっごくいい。グレート。とてもいい。――俺はねぇ……キミのような人をずっと待っていたんだよ。神が与えてくれた……この出会いに感謝をしないとね」
そして俺たちの前に立ち塞がったその漢は、おもむろにサングラスを取ると、意味不明なことを呟きながら膝を折った。
先まで垂れ流していた風格が一瞬にして鳴りを潜め、にへらとだらしなく口許を歪めた漢は、あろうことかカティアの手をそっと、腫れ物を扱うように握った。
「は?」
「ん?」
「ちょっと」
三者三様の反応を退けて、その漢の奇行は加速した。
最初からカティアしか目に入っていないと言わんばかりの眼差しで、甘い声音で。
ソイツは、ふっと温和に笑った。
「――俺と結婚を前提に付き合ってほしい。まずは名前を教えてくれないか? レディ」
絶句する俺たちをよそめに、ソイツはカティアに求婚をはじめた。
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