017 契約
そして朝。
やはり何事もなく目覚めた俺とカティアは、身支度をして宿を出た。
「――本当についてくるのね」
「当たり前だろ」
「大丈夫だと思うけれど。人目も多いし、昨日のようにはならないと思うわ」
「拠点内だと人目なんてないだろ。クランの連中が全員グルって可能性もあるし」
「まあ……そうね」
「さすがのおまえでも、中堅クランを一人で相手にできるほど強くないだろ」
「言ってくれるわね。あなたはどうなの?」
「俺は誰であろうと負けねえよ」
「そう。心強いわ」
軽口を叩き合って、特に緊張感もなく俺たちはクラン【光の騎行】の拠点にやってきた。
「おっきいな……。案外、洒落た屋敷じゃあねえか」
「B級クランともなるとどこも似たようなものよ」
「じゃあ、カルロさんのとこのクランになると、城か?」
「S級クランの拠点は一周回って地味よ」
「へえ。どんなの?」
「村よ」
「は?」
「――さ、いきましょう」
「ちょっと待って、村って何? 気になって戦えないンだけど」
*
敷地内へと足を踏み入れて、すぐのことだった。
「――あら? のこのこと殺されにやってきたのかしら、はんちょー。昨夜のことはもう忘れちゃった?」
女の声と共に風切り音が迫る。
中空から俺とカティアを挟み込むようにして、二本の短剣が回転しながら飛来する。
「随分なご挨拶だな。ここでは客の血を流させるのが礼儀なのか?」
「そんな規律を設けた覚えはないけれど」
「たった数時間でここまで変わるもンかよ」
カティアの剣閃が左側の短剣を弾き、右側から飛来する短剣を俺が素手でキャッチした。
「しかも見ろよ、これ。剣先に毒塗ってあるぜ。どんだけ嫌われてンだよカティ」
「慣れたものよ。彼女なりの愛情表現だと思ってたけれど」
「なに、結構な頻度で毒殺されかけてたの? よくもまあ、きょうまで我慢できたな」
短剣を宙で三回転させる。
「班長ぉ? この私を差し置いて、なぁに夫婦漫才やって――」
握ったのと同時に投擲フォーム。
流れる動作で投擲した短剣が、玄関口で仁王立っていた女の頬を浅く切って扉に突き刺さる。
「団長だせ団長。下っ端はお呼びじゃあねえぜ」
「――~~~ッッ!!?」
顔面を蒼白にさせて、目をおおきく見開く紫髪の女。
薄く切れた頬から流れる血が、さながら涙のように映えた。
「わた、わた、私の……私の顔にッ」
「いや、そっちよりも毒の方を気にしろよ」
「——ぁ」
「天然かッ」
ちいさく悲鳴を漏らして、その場に崩れ落ちた女。
見た目は理知的で裏で何やらかすかわからないタイプの女なのに、実際は言葉遣いと頭が軽い女だった。
「しかし大丈夫かな、あれ。さすがにやばい?」
「すぐには死なないはずよ。じわじわと時間をかけて痛みを与え、十二時間後に心臓を止める毒だから。最悪の場合二十四時間は生きられる。何も問題ないわ」
「そっか。なら大丈夫だな」
頷きあって、俺たちは止まっていた足をまた動かしはじめた。
*
「よ……要件は……まあ、この期に及んで聞く必要はないね」
【光の騎行】団長、オルヴィアンシの執務室にて——。
腰掛ける団長の前に立った俺たちを、彼は柔和に笑って出迎えた。
「に、逃げてください……団長……ッ」
「おいうるせえぞ、邪魔すンな」
「ウギィッ!?」
道中、目があっただけで襲いかかってきた輩全員を拳で黙らせ、見せしめのために連れてきたのだが、さすがは中堅クランの団員。根性も耐久力もそれなりに高い。もう復活している。
「わ、わかった。わかったから、もうやめてくれ。それ以上力を加えると、彼の頭が潰れてしまう」
「ならわかってンだろ? とっととカティを解放しろ」
「わ、わかってる。ただし、条件をつけさせてもらうよ」
「辞めるのに条件だと?」
「これは僕と、カティの問題なんだ。この件に関しては、きみは部外者だろう?」
「……へえ。そうかよ」
互いに笑顔で睨み合うなか、カティアがひとり冷静な声音で言った。
「条件とはなんでしょう?」
「キミも知っているとおり、僕たちは今、未踏破のA級ダンジョンを攻略中だ。そこにキミも加わっているから、進捗もその脅威度もわかるだろう?」
「四〇階層のフロアボスに苦戦しているところですね」
「そうだ。ただでさえ苦戦しているのに、副団長であるキミがいなくなるのは痛い。このダンジョンを初踏破できれば、僕たちは次のステップへと進める。A級クラン昇格に漕ぎ着けることができるんだ」
「それが終わるまで、待ってほしいということですか? いつ終わるのかもわからない、何階層あるのすらもわからないダンジョンを、踏破するまで」
階層は少ないもので十階層。多いもので二〇〇を越えるダンジョンもある。
驚異度に比例して階層が多くなり、A級のダンジョンだと一〇〇は間違いなく越えるだろう。
A級ダンジョンの【剣の迷宮】でさえ二〇〇階層なのだ。
いったい、攻略するのにどれだけ月日がかかるかわからない。
「いや、ダンジョンの利権を持っているとはいえ期限付きなのは知っているだろう。僕たちのクランがダンジョンを好きにできるのは約一年といったところだ」
ということは、最低一年はクランに所属していなきゃいけないワケか。
それまでの間、カティアは耐えられるだろうか。
面には出さないが、中身は相当ダメージを負っているのは明確。
しかも、自分を殺そうとしてきた連中に混じってだぞ。
そんな奴らに背中を任せられるワケがない。
「勘違いしないでほしいが、条件はダンジョンの踏破まで待ってほしい、ということではない」
「……では、どのような条件なんですか?」
「キミたちで、そのダンジョンを攻略してきてほしい。期限はきょうから一ヶ月後」
「――は?」
素っ頓狂な声を上げたのは、カティアだった。
「待ってください、そんなのできるワケが……」
「ならこの話は無かったことにしよう。——これからもよろしく頼むよ、副団長」
「そんな――」
「――いや、それでいい」
「アルマ……ッ!?」
カティアを静止させて、俺は団長の机に手を置いた。
柔和な表情から鋭く尖った視線へと変えて、団長は俺を射抜く。
「そのダンジョンを攻略すれば、カティは自由になるんだな?」
「……約束しよう。ただし、一ヶ月で踏破できなければ、カティは僕のものだ」
「――いいぜ」
「アルマッ!?」
「ではここにサインしてくれ。それをもって契約成立としよう」
差し出された契約書にサインを書く。
すると契約書が淡く発光をはじめ、俺と団長の手首に光がまとわりついて消えた。
光が消えた手首には、十字架を模した紋章が刻み込まれていた。
「一ヶ月以内に指定したダンジョンを踏破する――もしこれが履行されなければ、キミは未来永劫カティに触れることも話しかけることもできない」
「おいおいおい……そんな話聞いてないぞ」
「サインしたのも、頷いたのもキミだ。これからは、しっかりと契約内容を確認することだな」
「……チッ」
頭に血がのぼっていて思考がまわっていなかった。
忠告通り次からは気をつけるとして、その逆も聞かなければならない。
「……それで、俺が期限通りにダンジョンを踏破したら、おまえはどうなる?」
「僕はカティをクランから除名する。それだけさ」
「……ああ、それでいい。やってやらあ」
「では、楽しみにしてるよ。この一ヶ月間、僕たちの攻略班も手を引かせる。思う存分、攻略に励んでくれ」
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