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002 邂逅

 昼夜問わず、メラクで一際賑わう目貫通り(メインストリート)をとぼとぼと、まるでゾンビのように歩く。



 夕焼けが降りてきて、橙色の灯りがちらほら視界の隅で揺れる。

 生ぬるい風に誘われて、香ばしい肉の匂いが漂ってきた。



「……腹、減ったな」



 こんな状況で、こんな心境だというのに、腹は減る。

 もう死んでしまいたいとさえ思っていたのに、都合のいい腹だ。



 適当な屋台で串肉を数本買って、噛みつきながら考える。

 これからどうしようか。

 本当に、故郷に帰るしかないのか?



 両親が苦労して貯めてくれた金で魔術学園に入り、血を吐く鍛錬を続け周囲の天才たちと競い、やっとの思いで卒業できたというのに。

 


「冒険者も……無理そうかな。Sランク昇格の打診も来てたのにな……。追放されたって噂が流れれば、誰もパーティを組んでくれない。かといって一人でやるなんて、そんなの自殺しに行くようなものだし」



 付与魔術師は、一人では生きていけない。

 己の細腕を眺めて、ため息を吐いた。



 どうしてこうなってしまったのだろう。

 一年前までは、こんな気持ちを抱くことなんてないほど、忙しくも充実した日々を送っていたのに。



「みんなは……どうしてるかな」



 魔術学園時代の友人たちの顔を思い出す。



 何人も死んでいった同期たちや、忙しくて会えていなかった先輩。

 遠くの国に就職したクラスメイト。

 慕ってくれていた後輩にも、俺の悪い噂が流れるかもしれないと考えるだけで、死にたくなる。



「冒険者じゃなくて、宮廷魔術師や嘱託魔術師にでもなってればよかった。勇者パーティなんかじゃ……なくって」



 学園を卒業後、数々のオファーを断り、俺は冒険者として勇者パーティに加入した。

 他の仕事は待遇もよく人気だったが、どれも休みが少なく給料は固定。



 その反面、冒険者となって勇者パーティに入れば、危険度は跳ね上がるものの自由も名誉も金も手に入る。



 それに勇者のみが立ち入りを許される『剣の迷宮』は、A級に分類されるほど危険なダンジョンだが、その分見返りは大きい。うまくいけば、一日で百万ディラを稼ぐことだってできる。



 苦労させている両親を少しでも楽に生活させてあげられるようにと、この一年、毎月のように仕送りしていた。

 けれど、勇者パーティを追放された今、銀貨一枚だって安易に送れない。



「どうする……? もう、いっそ国を出て他国に行くしか……」


「そ……そこの、今にも死にかけたそこの、小僧……ッ」


「……んぁ?!」


「たす、助けて……」


「だ――大丈夫ですか!?」



 往来の真ん中で、うつ伏せになって這う老人。

 行き交う人々が気味悪がって道を避けていく中、老人に気付かず、あわよくば足首をがっしり掴まれた俺は、驚きながらもしゃがみ込んだ。



 ていうか、なんだこの老人……めちゃくちゃデカくないか?

 顔を見なければ、老人だとは思えなガタイの良さだった。



「ど……どうしたんですか!? 何があったんですか!?」


「腹が……」


「腹? もしかして、刺され――」


「腹が、減った」


「……」



 白い髭に覆われた顔面に笑みを浮かべて、俺が持つ串肉を視線で懇願する老人。

 これが俗にいうホームレスか。

 数年メラクに住んでいるけれど初めて見た。

 その割に上等な服を着ているが……もしかして、新人ホームレスだろうか。



「実は、今朝から何も食ってなくて……」


「いや、たった一食抜いただけでそんな大袈裟な……」


「何を……バカなことを……ッ!」


「あ――いた、ちょ、痛――——いぃぃたたたッ!? 足! 足首みしみしいってる!?」


 

 とんでもない握力で足首を潰そうとしてくる老人。

 何か逆鱗に触れたみたいだが……。



「一日五食ッ!! 最低でもそれぐらい食わンと筋肉が落ちるだろうがよッ!!」


「わかったからあげますから足首離してッ!!?」



 逃れるために串肉を差し出す。

 すると、ひったくるように老人が串肉を奪い、遠慮なくムシャムシャと咀嚼した。



「……ごくっ。んんっ……美味である。それも、もしかしてくれるのか?」



 もしかしてってなんだ、もしかしてって。

 とはいえ、また足首を握られたくないので素直に差し出す。



「どうぞ……」


「おおっ、小僧はいいヤツだなッ」



 見た目は老人なのに、接し方がフランクなホームレスだ。

 手持ちの串肉を全て奪われて、けれど逃げようとしたらまた足を掴まれて、結局俺は、この乞食と往来の真ん中で地べたに座ることになった。



 行き交う人々が、俺と老人を奇妙な目で見遣り、離れていく。

 なんだ、これ。今日は厄日かちくしょう。



「小僧……何か悩み事でもあるのか?」


「……なんですか、急に。まあ強いていうなら、この視線から早く逃れたいことぐらいです」


「周囲の視線など気にするな。いつだって己の道を突き進むまでよ」


「……」



 かっこいいこと言ったけど、どう? みたいな顔で感想を欲しがる老人。

 とりあえず、頷いておくことにした。

 


「何か悩みがあるなら話してみい。力になれるかもしれンぞ。儂はこう見えて、昔はそれなりに名を馳せた冒険者でなあ……今はただのギャンブル依存症だが」



 クズだ、とは……流石に初対面の人間に言うべきではないなと、俺は口を抑えた。



「だから、腹減ってたんですね」

「おうよ」



 低くしゃがれた声で頷く老人が、体勢を変えて足を組む。

 やっぱりこの老人……異常なほど体が大きい。

 肩を並べてあぐらをかいているこの老人を、俺は見上げなければ顔が見えなかった。



 冒険者として名を馳せた……というのは、案外……本当だったりするのかもしれない。砂と埃まみれだが、上等な服も着ていることだし。



「まあ、なんだ。儂が空腹で助けを求めている中、小僧だけが儂を救ってくれた。きっといいヤツだ。だからほれ、普段ならこんなことはせンぞ。チャンスだと思って、この儂に――ディゼルに悩み事をぶちまけろい」



 ディゼル——その名を、俺はどこかで聞いたことがある気がした。



「こんなところで話したくはないんですけど…………まあ、俺も暇になりましたし……。せっかくなんで聞いてください」



 きっと、誰かにぶちまけたかったのかもしれない。この理不尽を。

 友人や家族に、こんな話はできないから。

 きょう出会ったばかりの、この老人にならぶちまけられるかもしれないと、俺は口を開いた。



「――……ということがあって、今です」


「ふむ……」



 最後まで黙って話を聞いてくれていたディゼルは、顎の髭を()いて息を吐いた。

 時間は流れ、夜。

 相変わらず往来の真ん中で、人々に避けられながら俺とディゼルは肩を並べて座っていた。



「これも……何かの縁か」


「縁……ですか?」


「小僧、おまえは付与魔術師なのか? しかも、《身体強化(フィジカル・バフ)》しか使えないのにも関わらず、あの魔術学園を首席で卒業したというのか?」


「え、ええ……正確には、《身体強化(フィジカル・バフ)》とあと二つ……」


「む?」



「《剛体強化(フィジカル・ハイ)》と《天鎧強化(フィジカル・ブースト)》も使えます」



「《剛体強化(フィジカル・ハイ)》に《天鎧強化(フィジカル・ブースト)》て――おま、その歳でおま……なンちゅうモンを……ッ」

 


 露骨に驚いて身を揺するディゼル。目つきが段々と鋭いものに変わってきた。



「儂が《剛体強化(フィジカル・ハイ)》を習得するのに五年、《天鎧強化(フィジカル・ブースト)》に関しては五十年もかかったというのに……ッ」


「あ、あの……?」


「小僧…………貴様は、付与魔術師か……?」


「はい……って、さっきからそう言って――」


「奇妙な縁だが…………儂も付与魔術師なのだ」


「――るじゃないですか……え?」



 ……その肉体(カラダ)で?

 口には出さなかったが、今度は俺が驚いた。

 てっきり前衛系の役職かと思っていが……。

 まったく付与魔術を使うようには見えないぞ、この筋肉で。



「加えて、儂も小僧と同じ……強化系種の魔術しか扱えない」


「……そう、なんですか? それは……なんていうか」



 可哀想だ……という気持ちと同時に、仲間がここにいたという気持ちが、失礼だが湧いてしまった。

 だがディゼルは、悲観した様子などおくびにも出さず、静かに……しかし力強く言った。



「それが結果的に、儂を《列聖》たらしめた」


「れ……っせい……?」



 列聖? この老人が、列聖だと?

 俺は揶揄(からか)われているのかと思ったが、ディゼルの顔は真剣そのもの。嘘を言っているようには、どうしても見えなかった。

 だが、だとしたら……この老人は、今……一体何歳なんだ?



「——ついてこい」



 そして、山のように大きい肉体(カラダ)が立ち上がった。

 身長はゆうに二メートルを超え、ミシミシと身に纏った服が悲鳴を上げている。



「小僧に見せてやろう……付与魔術師の戦い方というものを」




「おもしろかった!」


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