014 噂
「――ンで、ダンジョンに連れてこられて俺は一体何をされるのかしら」
黙ってついていくこと二〇分。
近場のC級ダンジョン《死骨の舞踏宮》に足を踏み入れた俺たちは、お出迎えのスケルトンを足蹴にしつつ一階層を進んでいく。
薄暗い洞窟にひんやりとした風。
暑くなってきた季節にはピッタリだ。
「別に、なんとなくよ。気がついたらここにいた」
「夢遊病かよ」
「……そうかもね。わたしも、最近自分で考えていることに、混乱することがあるの」
「結構、深刻っぽいなそれ」
積み上げたスケルトンの上に尻を乗せ、カティアにはアイテムボックスからラウンジチェアを取り出して座らせる。
「休憩?」
「ダンジョン潜ったからって、最奥まで行く必要はねえだろ? 話したいことあンならここでも十分だ」
「……まあ、そうね。とはいっても、別にわたしに話したいことなんて……」
俯くカティアを見兼ねて、アイテムボックスからホットコーヒーを取り出した。
「ほら、飲めよ。ブラックでよければな」
「……ありがとう」
一口飲んでから、そろそろ踏み込む頃合かなと、口に広がる苦さを堪能しつつ、俺は尋ねた。
「クラン……どうなんだ? 色々あるんだろ。噂は、よく聞く」
「……そう」
「それなりに大きなクランだからな。しかも副団長にして異名持ちだ。何かあったらすぐ噂が広まるし、尾ひれもついて拡大する。俺、経験者だからわかるよ」
こんなこと、経験しないで済むのが一番なんだがな。
そればかりは仕方がない。カティアは、高嶺の花だ。
容姿は無論、その所作も視線も呼吸でさえ、男を魅了する華やかさがある。
しかも安易には触れられない、手を伸ばしても届かない高嶺。
そりゃ誰だって彼女の噂をしたくもなるし、モノにできない分、引き摺り落としてやろうとする連中もいる。
女なんてもっとエグそうだ。
正直、そういうのに関わりたくはないのだが、件の相手は俺の友人だ。
手を貸さないワケがないし、そろそろ限界を迎えつつある。
カティアから打ち明けてくれるのを待っていたが、これ以上は見てられない。
「噂と真実の擦り合わせなんてのはどうでもいい。問い詰めたりしないし、訊いたりもしない。ただ、その噂でカティが困ってるから、俺はどうにかしたいと思ってる」
「どうして……?」
「あン?」
「どうして助けてくれるの?」
「本気で言ってるなら俺、結構ショックおおきいぞ」
「……?」
困ったように小首をかしげるカティア。
本気のようだった。どんだけ貧しい人間関係築いてきたんだよ、おまえ。
「……友達、だからだろ?」
「ええ。あなたとわたしは、友達よ」
「なら助け合うだろ、ふつう。おまえだって俺のこと助けてくれたろ」
「あれは、別に。助けたつもりはないから」
つい一ヶ月前のことを思い出しながら、カティアは首を振った。
「それでも俺は助けられた。それは事実だよ、カティ」
「……ふん」
「かわいげのない女だな」
「どこがよ?」
「まあいいから、話を戻そ――」
「どこがかわいくないのよ?」
「……」
忘れてた。こいつ、脳筋のくせしてかわいいことに対して謎のこだわりがあるんだった。
「聞いてるのかしら? わたしの、どこがかわいくないの?」
「いや……全部かわいいぞ」
「……そう。特にどこがかわいい思うの?」
「あの、カティ? 話がだいぶ逸れてきたけど」
「いいから、言って。言いなさい」
もしかして、他の野郎にもこんなこと言わせてたりしてないよな?
もしそうだったら…………いや、なに軽くショック受けてんだよ。
カティアに限って、そんなことはない。
こいつ、友達も俺以外いなさそうだし。
「……顔」
「そう」
「あと、ある程度のことはゴリ押しでなんとかなるって思ってるところ」
「そう」
「脳筋のくせして心は繊細なところとか」
「わかったわ」
「はじめて守ってあげたい女って思った」
「ありがとう」
……天然なのか、こいつ。
それとも、俺のこと普通に友達としか認識してないのか。ていうか、そうに違いないだろ。
まあ、一ヶ月前までは、俺も男友達みたいに接してたし。
女として、見ることはなかったんだが。
……。
悲しくなってきた。無性に。
「なに、終わり?」
「欲しがんなよ」
「そんなこと、言ってくれるのあなたしかいないから新鮮で嬉しいのよ」
「………」
しかも、そんなこと率直に言ってきやがる。
「……なんか、アレだな」
「?」
「思い通りにならないってのも、案外悪くねえよ」
「何かあったの?」
「いンや、べつに。この感覚も楽しんでおこうと思って」
もし恋人同士になったら、こういうモヤモヤ感も味わえなくなるだろうから。
今のうちに楽しんでおこうと思っただけだ。
「——って、付き合うこと前提かよ」
「……どうしたの? やっぱりおかしいわよ」
*
曰く、団長の愛人。妾、ペット。奴隷――。
曰く、村人のくせに。実は雑魚。容姿で取り入った売女――。
彼女が所属するクラン【光の騎行】の団長オルヴィアンシとカティアにまつわる噂の数々、カティア単体に向けられたガキのような悪い噂。
一年とちょっと前――俺がまだ勇者パーティに所属していた頃は、かの〝斬撃公〟に対して否定的な噂は一つもなかった。
あったのは、恐ろしく冷酷で強い剣鬼が【光の騎行】に所属しているということ。
当時はまだ、カティアは副団長ではなかった。
副団長に昇格したのは、ここ最近の話。
そして、噂がまわり始めたのも、その辺りから。
これらの話を、別に話さなくてもいいと言ったのに、カティアが懇切丁寧に説明してくれた。実はマゾなのかもしれない。
「――噂は全部でたらめだから。安心して、アルマ」
「……いや、まあ。別に心配してねえし」
「そう? 団長あたりの噂、けっこう気にしてると思ってたんだけど」
「なんでだよ。おまえの彼氏じゃあるまいし」
「男は、身近な女にはそういうの敏感だって、噂で聞いたわ」
「噂を鵜呑みにするな」
まあ、気になってないと言えば、嘘になるけれど。
「話を戻すけどよ……噂は広まったらもうしょうがない。元凶を叩いたとしても噂は止まらないし、それ自体に実態がないから潰せない。だからそこはもう諦めるとして、大事なのは環境とそれ以上ネガティブな噂を広められないようにするってことしかないと……思うんだが、カティはどう思う?」
「環境……って、どうすればいいの? クランを潰す?」
「そんなことしたらさらに悪い噂が流れるだろ」
「じゃあどうすればいいの?」
「……手っ取り早いのは、そのクランを辞めること……だけど。カティは、今のクランに思い入れとかあるのか?」
「……そうね。あるかないかで言われたら、あるわ」
「そうか」
じゃあ、他の方法を考えるしかないか。
「っと、その前に、お客さんが来たな」
『カタカタカタ……」
通路の先から五体のスケルトンが骨を鳴らしながら歩いてきた。
「考え事兼ねて、最奥までいくか?」
「ええ、そうしましょう。少し肌寒くなってきたところだったの」
腰を上げて、冷えた体を温めるため軽く跳躍し――地を蹴る。
カティアを置いて、俺は一気にスケルトンへと距離を詰めた。
「ちょ、ちょっと……!」
「ついて来れるか?」
「——無論」
暴風がカティアの背を押す。俺は、追われるようにしてダンジョンを突き進んだ。
「おもしろかった!」
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