009 斬撃公
「アルマさまは適性試験の結果、Aランクからのスタートになります」
適性試験を終え、受付に戻ってきた俺は、受付嬢のサレンからAランクを示す黄金色のカードを受け取った。
「え? 初っ端からAランク……ですか?」
「本当はSからのスタートでも良かったんだけどねえ。ギルマスといえど独断ではできないしぃ、規約的にもAが限界なのよぉ」
背後のエクセリーヌさんが間延びした声で言った。
この人、いつまでついてくるつもりだろうか。
ちなみにカルロさんは先ほど、部下の人に呼ばれて出ていった。
「なぁに? もしかしてお邪魔だったぁ?」
「い、いえ……エクセリーヌさんみたいな伝説の人がそばにいると緊張してしまうので……」
「まあ、伝説なんて大袈裟よ。古臭いエルフの肩書きなんて気にしないでぇ」
「……努力します」
流石に、ギルドの外まではついてこないよな?
少し不安になるが、悪い人ではなさそうなので邪険にはできない。むしろやってしまったら、今度はこの王国から追放されてしまう。
「どう? 早速依頼でも受けていくぅ?」
「そ……そうですね、せっかくなら……」
「じゃあサレンぅ、これを受注してくれなぁい?」
「あ、はい。承りました」
懐から取り出した依頼用紙をサレンに渡すエクセリーヌさん。
行動が早すぎて追いつけない。
「ふふ、今……お節介だなって思ったでしょう?」
「い、いえ、そんな滅相な……」
「私ぃ、タイプの男性には尽くしたい女なのぉ。よく重たいって言われるわあ」
「……」
なんて反応すればいいんでしょう、俺は。
「ちなみに、依頼内容は簡単なものよぉ。デス・スケルトンハウンドの軀を納品して欲しいのぉ」
「デス・スケルトンハウンド?」
「俗に《死骨の舞踏宮》と呼ばれるダンジョンの最終フロアボスです。危険度はBで、その骨で機械兵を作ってるんですよ」
なるほど。俺がコテンパンにした機械兵を修理するために必要な素材でもあるのか。
「あなたの拳に耐えられる機械兵を作れば、無敵の最強国家を作れるわぁ。その時は私があなたの妃になって、あ・げ・る♡」
「ハハ……ということは、俺、王様なんですね」
「ふふ、大隊が作れるほど子供作りましょうね?」
冗談のつもり……だよな? 目が真剣そのものだけれど。
背後の紅い竜も、物言わぬ瞳で俺を睥睨していた。
「え、えと……とりあえず受注で、よろしいですかアルマさま?」
「あ、ああ……お願いします」
受注を終え、サレンとエクセリーヌさんに見送られて俺はギルドを後にした。
終始、痛かった冒険者からの目線からもようやく解放され、俺はダンジョンに向けて歩き出そうとしたその時。
「――ちょっと待って。その依頼、わたしも一緒に行ってもいい?」
背後からそう声をかけられて、俺は振り返った。
そこには、ついさっき三人組の男から俺を助けてくれたブロンドの少女がいた。
「〝斬撃公〟さん」
「その呼び方、やめてもらえる?」
ムスッとした表情で、少女が腰に手を当てた。
「カティア・ルイ。カティアって呼んで。わたしも、あなたのことアルマって呼ばせてもらうから」
「は、はい……?」
「敬語も、いらないから」
「は、はあ……」
なんだろう、ぐいぐいくるなこの女子。
噂に聞く〝斬撃公〟とは、また印象が違う。
「さ、行きましょう。時間がもったいないわ」
「ちょ、ちょっと待て。 どうして急に?」
「あなたに興味があるの」
「超ド直球で正直こわいンだけど」
「え? そ、そう? なんかごめんなさい。でも、ホントのことだから」
言って、カティアは俺の前を歩く。
「無名のあなたが、どうして《双頭の番犬》の団長を務めるカルロさんやギルドマスターと親しいの?」
「あー、いや、親しいってワケじゃないけど。二人とも、きょう初めて会ったし」
エクセリーヌさんは観たことがあるだけで話したことないし、カルロさんは当初名前すら名乗ってくれなかった。
「その割に大切そうに扱われてたけど。……しかも、聞いたわ。初っ端からAランクスタートなんですってね」
「それは……俺が一番驚いてる」
勇者パーティに入った約二年前は、Fランクからだった。それは勇者に選出されたへリィンや他のパーティメンバーも同じで、最低ランクからのスタート。
当時は、適性試験を受ける機会がなかった。
なぜなら、勇者が全くの素人だったから。
多少、剣術を噛んでいたようだったが、倒せてゴブリン程度。
故に集められた勇者パーティは足並みを揃えてFランクからスタートしたのだ。
「昔はコツコツと、ダンジョンを潜りながら依頼をこなしてAランクに到達したんだけどなあ。なんかズルした気分だ」
「……? 昔って? 前も冒険者をやってたことがあるの?」
「あ……いや、俺の友人が昔、Aランクで」
「……ふぅん。そう。優秀なお友達ね」
「あ、ありがとう」
彼女は……〝アルマ〟を知っているのだろうか。
勇者パーティを追放された、付与魔術師の名を。
気になった俺は、訊いてみることにした。
「……なあ」
「なに?」
「ちょっと前に勇者パーティを追放されたヤツ、知ってる?」
「……。噂で訊いたことがあるわ。けどあまり興味ないから詳しく知らない」
「そっか」
「それが何?」
「いや、別に。一時期うるさかったなあって」
「そうね。くだらないわ。自分がコントロールできないことに時間を割くなんて、馬鹿らしい」
ツンとした態度で進むカティア。
彼女の人となりがある程度、わかった気がした。
正午に差し掛かった頃、馬車を使って目標のダンジョンにたどり着いた俺たちは、早速最終フロアを目指して足を踏み入れた。
「――はぁぁぁッ!!」
『カタカタカタ……ッ』
進むこと約一時間。最終フロアの手前。
順調に階層を踏破していき、魔物にも苦戦することなくここまでこられたのは、カティアの圧倒的すぎる実力ゆえだった。
「……すげえ」
不気味に骨音を響かせて、次々と倒れていくスケルトン・ナイト。
一体一体はDランクと下級だが、数が多い。
概算して五十もの骨騎士が、ボス部屋を守るように配置されていた。
しかしそのことごとくを、剣風が薙ぎ払い、切り裂いていく。
斬撃が嵐の如く飛び交い、たった一振りでスケルトンの波を断ち割り、疾走する背を誰もが追いつけないでいた。
通り過ぎた後には、文字通り屍しか残らない。
〝斬撃公〟の名に恥じぬ鉄風雷火に、俺は素直に賞賛した。
「やっぱり副団長さまはすげえや」
噂に違わぬ強さ。
さすがは有名クランの副団長だ。
ああいうふうに大群を相手にしていると、その強さが際立つ。
「ちょっと、観てないで手伝いなさいよ」
「お、おう」
堂々と観戦していた俺の尻を叩くように睨みつけてきたカティアの言に従って、俺も骨の海へ飛び込んだ。
この程度の相手なら強化を使う必要もない。素のスペックだけで倒せる。
飛び後ろ蹴りで割って入り、牽制で道を切り拓きながら左ストレートでカティアまでの道を開ける。
「……あなた、手痛くないの?」
「うん? ああ、もう慣れたよ」
「そ……そう。ならいいんだけど」
「もしかして、心配してくれた?」
答えの代わりに、剣風に乗せられてスケルトンが贈られてきた。
これっぽっちも心配していないことがわかる。
「ウォーミングアップにもならなかったが……ボス戦大丈夫か? 確かBランクだったよな、デス・スケルトンハウンドってヤツ」
スケルトンを蹴散らした後、ボス部屋へと続く扉を前にして俺は不安気に顔を歪めた。
しっかりウォーミングアップしなければ、怪我を招く可能性がある。
できるなら、あと一周はダンジョンをやり直したい。
「どういう大丈夫なのかはともかく、時間はかかるでしょうね。骨の硬度はスケルトン・ナイトとは段違いだし、巨体の割に素早い。負けることはないけど……まあ、都合がいいわ」
「何が都合いいんだ?」
「……別に。なんでもない」
ブロンドの髪を靡かせて、カティアはボス部屋を開けた。
それなりに広いフロアの中央で、とぐろを巻くようにして地べたで眠る巨大な犬が見える。
全身から骨以外のものを削ぎ落とされた、白骨犬。
あれこそがこのダンジョンの主だと、一眼でわかった。
「あれがデス・スケルトンハウンドか。バフォメットと同じくらいには大きいな」
「バフォメット? なにそれ」
「俺が修行していたダンジョンの最終フロアボス」
「……ふぅん。強いの?」
「俺でも余裕で倒せるから、そこまで強いヤツじゃないと思う」
……あ、いやでもカルロさんは確か、Sランクとかなんとか言っていたような気がする。
「そう。素手で殴って倒せるぐらいならDランク程度でしょう」
「……今、さらっと俺のこと舐めたよな?」
「あ……ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないの」
前言撤回するように頭を下げるカティア。
なんだ、このキャラのブレ。
掴みかけていたカティアという人物像が、乱れる。
「まあしかし、実際ここまで俺は大した働きを見せてないからな。――よし、カティア。アイツ、俺一人でやらせてくれよ」
「……なにを言ってるの」
呆れたように眉根を寄せたカティア。
まあ、当然の反応だろうな。
「いいからそこで見てろって。十秒で倒してくるから」
「だからなにを言ってるの? 相手はBランクとはいえフロアボスよ? 通常、五人編成のBランクパーティ複数で挑むような相手を、たった一人で――」
長そうだったので、最後まで聞かず《天鎧強化》を纏う。
「――壱段階」
「……ッ!?」
黒紫の稲妻を纏った俺は、瞬間デス・スケルトンハウンドの顎を蹴り上げた。
まさに稲妻のごとく超疾走からの前蹴りによって顎骨が砕け、巨体が宙を浮く。
地上に落ちるよりも早く、二撃目の回し蹴りが顔面を陥没させ、
「〝本気殴り〟」
『……』
陥没した顔面に向けて拳を叩き込み、完全粉砕。
ここまで、わずか二秒。
こちらの気配すら悟られず、攻撃されたという感覚もないままに、デス・スケルトンハウンドを打ち倒した俺は、黒紫を解いてカティアの元へ戻る。
「な? いけただろ?」
「……」
開いた口が塞がらない、を完全表現しているカティア。
元に戻ったのは、それから五分後のことだった。
「おもしろかった!」
「続きが気になる!」
「早く読みたい!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、どんなものでも泣いて喜びます!
ブックマークもいただけると最高にうれしいです!
何卒、よろしくお願いします!