007 魔石売りの筋肉
「……よかった。俺の顔を見てもだれも何も言わない……」
ダンジョンを出て、数ヶ月ぶりにメラクへ戻ってきた俺は、ビクビクしながらも街を歩いていた。
顔を見られた瞬間、石を投げられるんじゃないかと危惧していたが……何ともなさそうだ。
「これからどうしようか……まず住む場所と働く場所を確保しなきゃな。と、その前に金が必要か」
手持ちの金は銀貨が三枚。
この一年で、貯金していた金は食費と仕送りでなくなってしまった。
この銀貨三枚が、今の俺の全財産。
「魔石は大量にあるから、冒険者ギルドで換金してもらおう。ついでに冒険者登録も……」
冒険者は、三ヶ月に一回以上依頼をこなさなければ、どんなにランクが高くともカードが失効してしまう。
なので、俺の冒険者カードはすでに失効して使えなくなっている。
「Aランクを失ったのは痛いが……仕方ない」
その代わりに、俺は師匠の元で強くなれたのだから。
むしろプラスの面が大きい。
そう思うことにした。
「そうと決まったら冒険者ギルドだ。まず換金……って、冒険者でもないのにこんな大量の魔石を持ってたら怪しまれないか? しかも『剣の迷宮』だし……」
盗んだとかなんとか、そんな感じで通報されないだろうか。
「……そうなったらそうなったらで、師匠の名前出しとくか」
虎の威を借る狐みたいでアレだが、きっと師匠も許してくれる。
「よし、行こう」
そして、俺は冒険者ギルドへ向かったのだが……
「――はあ? 冒険者でもない、騎士でもなければこの国の兵士でもないただの一般人が、これだけ大量の魔石を? ちょっとこれ、窃盗したんじゃないの? ン?」
予想通り、換金所のお姉さんに問い詰められてしまった。
下から上まで品定めするように俺を見て、ふんと鼻を鳴らす。
「どっからどう見ても窃盗の類ね。小汚いし、まあ多少顔はいいようだけれど……体つきも雰囲気があるわね。でも弱そう。——うん、弱そう」
「しょ、初対面でそこまで言います? ちょっと失礼じゃ……」
「窃盗犯に言われたかないわよ。通報するから。問答無用で」
「え、いや、ホントに俺が取ってきた魔石で――」
「――ちょっと、これサイクロプスの魔石?! こんなの一体どこで……って、あなたまさか『剣の迷宮』に勝手に入ったワケ!?」
「え、あ、あ、えと……あははは」
「勇者様とそのパーティしか入れない神聖な場所に……問答無用で通報よ! ――ちょっと誰か来てえッ!!」
「通報って、冒険者に助けを求める感じかよ!?」
ただでさえ、騒ぎ散らかすお姉さんのせいで悪目立ちしていたというのに、彼女が助けを求めたせいで冒険者からの視線がさらに痛々しく刺さる。
「おうおう、どうした姉ちゃん。助けてほしいってか?」
お姉さんの助けを聞きつけて、冒険者が三人寄ってきた。
それぞれ俺と同じくらいの身長で、なかなかガタイもいい。
それなりにいい筋肉を積んでいるようだ。
しかし、悲しいかな……右半身と左半身では筋肉のつきが微妙に違う。
利き手が右腕なのだろう。左より右半身の方が僅かに大きい。
微々たる差と言われればそれまでだが、筋肉を平等に愛せていないことが安易に窺えた。
「おい、なにジロジロ見てやがる」
「ああ、すみません。なんかもったいないなって」
「あ゛?」
おそらくリーダー格であろう男に凄まれるも、犬みたいで全く怖くなかった。
「それで、姉ちゃん。こいつが何したんだよ」
「この人、窃盗犯なんです! 見てください、この大量の魔石を! 冒険者でもなんでもない一般人が、これだけの魔石を取りに行けるワケがありません!」
「確かに、それは間違いねえな。俺らだって日々命懸けで魔物を狩って手に入れてんだ。こんな垢抜けてねえガキに……ガキに…………まあ、なんだ。盗んだのには違いねえな!」
なんだ、今の間。
俺の肉体と顔つきをじっくり眺めた男三人が、言葉を呑んで適当に濁した。
「雰囲気はある。雰囲気はな! だが素人に違いねえ!」
「武器を持って戦う姿なんざ想像できねえよッ」
「おい、てめえどっからパクって来やがったんだ! 吐けェ!」
囲まれ、下から覗き込むように凄まれる俺。
全然怖くはないのだが、周囲の視線が痛いしめんどくさいし、俺は一体どうすればいいのだろう。
……そうだ、ここで師匠の名を――
「――何をしているの。あなたたち」
と、切り札を切ろうとしたその時、鈴を転がしたような美しい音が届いた。
「あ? ンだてめえ邪魔すんじゃねえ、正義執行中だバカや……ろ、――」
振り返った男三人が、その少女を見て固まった。
少女は、たおやかなブロンドの髪を腰元で揺らして、堂々たる歩みでこちらへ向かってくる。
「正義? どの口で正義をさえずるのかしらね。冒険者でもなんでもない一般人を寄ってたかって甚振って、同じ冒険者として恥ずかしいわ」
腰に手を当てて、釣り上がった瞳が男三人を射抜く。
高貴さと可憐さ、そして混じり気のない潔白さを内包した少女に、俺は目を奪われた。
「あなたたちのような質の悪い冒険者が、冒険者全体の評価を貶めているということになぜ気が付かないの?」
「か、カティア・ルイ……なぜ、ここに」
「さんをつけなさいよ、この下郎が」
「ぐびッ!?」
少女の蹴りが男の腹部を突いた。
訂正、この少女に潔白さはなかった。
「や、やべえぞ、〝斬撃公〟に目をつけられたら殺される……ッ」
「にに逃げるぞ……ッ」
「おい、しっかりしろ立てッ!?」
「うぐ……ぅっ、ぁ」
突然の少女の乱入に、男たちは逃げるようにギルドを後にした。
残された俺は、呆気に取られながらも数瞬後、我にかえり少女へと頭を下げる。
「ありがとうございます。助けてもらっちゃって」
「……いいのよ。それで、何を揉めてたの?」
「い、いやあ、実は――」
「——この人、窃盗犯なんです!」
タイミングを見計らったかのように、換金所のお姉さんが俺を指差した。
こ、こいつ……!
勝ち誇った顔しやがって……!
「窃盗?」
ジロリと、俺を見遣る斬撃公。
俺は苦笑しながら、しかしどう説明しようか考えていると、
「――ったく、仕方ねえな」
ギルドの出入口から、舌打ちと一緒に男が現れた。
「あっ……あなたは、師匠の」
「なッ――!? あ、あなたは……!」
無精髭を生やし、後頭部を掻きながら歩んできたのは、師匠の知り合いだと言ったあの男の人だった。
「か――カルロ・モラヴィア……ッ」
「カルロ……え、あのッ!?」
隣の少女が驚愕とともに吐いた名前に、俺も唖然とした。
「《双頭の番犬》の団長にして〝槍穿列聖〟の子息……〝音殺し〟のカルロ……ッ!!」
「おい、恥ずいからやめろや」
頬を掻きながら、めんどくさそうに顔を背けるカルロさん。
隣のカティア・ルイも有名人だが、それを越える有名人だったとは……!
あの時、もっといろんな話を聞いておけばよかったと後悔する。
「って、騒つかせるために来たんじゃねえ。おいそこの嬢ちゃん、そいつはな――」
「――あらあ、なぁに? 騒がしいわねえ」
と、カルロの登場にギルド全体が沸いていた矢先、間延びした女性の声が響いた。
ギルドの中央に設けられた階段から降りてくるのは、煌びやかな衣装に身を包んだ長躯の女性。
露出された肌は透き通った白。
シワひとつない、若々しく包容力のある女性は、エルフの特徴である長い耳を有していた。
その方を、俺は一度だけ、遠目から見たことがあった。
「お久しぶりです、ギルドマスター。きょうも若々しい」
「久しぶりねえ、カルロぉ。やだもう、そんなに大きくなっちゃってえ。段々とお父様に似てきたわねえ?」
「褒めてます? それ」
「あら、無骨な方で素敵な殿方じゃなぁい」
柔和に笑い、歩み寄ってくるギルドマスターの姿を見て、カティア・ルイがまたもや絶句していた。
それもそうだろう。
あのお方は、滅多に人前に出られない。王族であろうと気軽に面会できないお方なのだから、少女が絶句するのも頷ける。
「うれしいわあ。またあなたに会えて。いつぶりかしら? あなた、最近会いにきてくれないからぁ」
彼女こそ、真に生ける伝説のひとり。
かの勇者アムルタートや俺の師匠、そしてカルロさんの父上と並び魔王軍と戦った伝説の魔術師。
名を、エクセリーヌ・チェルド。
四人目の超越せし者――〝叡華列聖〟の名を冠す魔女だ。
「それよりも、マスター。彼が例の」
「ふふ、ふふふ。ええ、ええ。見ればわかりますよ、実にあの人好みの少年じゃない。——いいえ、あの人好みに育てられたってところかしらぁ」
舐るように俺の肉体を見定め、満足気に頷くと俺の頬に手を添えたギルドマスター・エクセリーヌ。
女性にしては身長が大きく、俺とほぼ同じ身長だ。
いや……それよりももっと大きく視える。
否……否。
その質量が膨れ上がり、やがて——。
やがて、その背後で————赤く紅い、竜の顎門が幻視えた。
「——あなた、お名前は?」
全てを呑み込まんとする紅竜の顎門。
なんだ……今のは。
冷汗が噴き出るのを感じながら、俺はゆっくりと口を開いた。
「っ…………アルマです」
「そう。あなたがあのアルマなのね。昔とは別人じゃない」
「……俺のこと、知ってるんですか?」
「もちろん。勇者パーティの頃からね。でもあの頃とは顔が別人だし、ディーくんからは小僧としか聞いていなかったから……ふふ。男前ね、素敵な肉体」
「っ……!?」
ぺろりと下唇を舐めるギルドマスター。
ぞわりと、俺の背筋が震えた。
「もしかして、また冒険者として戻ってきてくれたのかしら?」
「は……は、い。もういっかい登録し直して……それと魔石を売りにも来たんですけど……」
俺は、換金所のお姉さんへと視線を移した。
度重なる有名人の登場に、すっかり萎縮してしまった換金所のお姉さんが、俯きながら言った。
「あの、え、と……あの……彼は、いったい……?」
お姉さんの言葉に、俺の隣から少し離れた場所に後退っていったカティア・ルイも、奇異の視線を投げかけた。
「そうねえ……強いていうなら、私たちの希望……かしら」
ギルドマスターが茶化すように言う。
しかし……その瞳は真剣そのものだった。
「おもしろかった!」
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