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9話「興味を知る図書館」



 さて、マルス様ばかり楽しませても仕方ない。私の見合い相手はアトル様なのだから。


「アトル様、このあと行きたい所はありますか?」

「あ、どこでも……いい、かな」

「何かお好きなものとかは?」

「特に……」


 困った。本当は馬車で案内したいところだが、こうも煮え切らないとどこへ向かえばいいのかわからない。海の人だし、男の子だし。自ら案内してほしいと頼んできたくらいだから、行きたい所に連れて行ってあげようとノープランだった過去の私を呪いたい。


 仕方無しに、商店街を散策してみることにした。

 あれが王族御用達の靴屋。あれが騎士御用達の武器屋。あれが最近噂の化粧品屋。マルス様はちょいちょい「ちょっと見ていきましょうか!」と興味を示してくれるものの、アトル様はあまり関心のない様子。


 そして行き着いた先は、貴族図書館だった。ある程度の身分がないと利用出来ない書庫は、王室に負けないくらいの書物が貯蔵されている。正式な手続きを踏めば、一定期間借りることも可能。無論、どれだけ本を所持しているかでその貴族の格の証明になる時代もあった。それでも世界中の本を集めることは不可能に近いし、読まない本を持つことは無駄な行為。瘴気戦争で多くのものを失ってしまったからこそ、今では本を共有することで効率的に知識を集めることこそ、重宝されている考え方。


 そうして最近出来た貴族図書館に足を踏み入れるのは、私も初めてだった。興味はあったけど、ずっと忙しかったしね。お見合いで。


 高い天井いっぱいまで伸びた本棚は圧巻。心なしか目が輝いているアトル様に、私はそっと胸を撫で下ろす。


「それじゃあ、アタシはあっち見てくるわ!」


 やっぱり自由に散策を始めてしまったマルス様はおいておいて。


「アトル様はどんな本にご興味ありますか?」

「じゃあ……歴史書を……」

「こちらみたいですね」


 案内板を見ながら棚に向かえば、アトル様はさっそく興味ある本を見つけたようだ。「借りたい本がありましたら教えてください」と声をかけ、私も興味ある本を探す。アトル様たちとお見合いする前に海や人魚にまつわる本をメイドに借りてきてもらおうと思ったことがあったのだけど、収穫は子供向けの絵本だけだった。

 いざ自分で探しても……やっぱり見当たらないわね。仕方ないわ、暇つぶしに面白そうな空想小説でも。恋愛小説は趣味じゃないのよね、冒険譚的なものはないかしら……?


 束の間の一人時間に油断していた時、


「ヴェロニカ様は本がお好きなのですか?」


 後ろから突如話しかけられて、私は肩を上げてしまった。振り返れば、一冊の本を抱えたアトル様。


「あ、その本借りて行かれますか?」

「え、あ……はい。お願いしたいです」

「では、少々お待ち下さいね」


 私がその本を預かり、受付に手続きをしに向かう。無事に手続きを終えれば、アトル様は入り口の長いソファにちょこんと座っていた。


「お待たせいたしました。マルス様は?」

「あ、まだ見たい本があるそうです」


 今までの話しぶりからして、二人とも勤勉ねぇ。


「それなら、お隣失礼してもよろしいですか?」


 話して待とうと声をかけると、アトル様が「はい、もちろん!」と慌てて座り直す。その可愛さに顔が緩まないように堪えつつ、私はワンピースを整えながら隣に失礼した。


「アトル様は……海でどのようにお過ごしだったんですか?」


 私の世間話に、アトル様はゆっくりと首を傾げる。


「特に……本を読んでいたくらい、かな」

「読書がご趣味なのですか?」

「趣味ってほどじゃ……僕は、勉強しか取り柄がないから……」


 ああああああ、そんなしょんぼりしないで! 

 どうにか話を盛り上げようと話題を探していると、アトル様が顔を上げる。


「お気遣いありがとうございます。でも僕、ちゃんと今日も楽しんでますよ。陸のことは本で色々読んだけど……やっぱり実際に見ると、全然ちがうかな」


 にこりと微笑んだアトル様が、外へ出ていこうとする。慌てて私が追いかけると、彼は空を仰ぎ見ていた。


「それに、空がとても綺麗だ」


 今日は特別いい天気というわけではない。雲が少し厚くて、だけど雲間から太陽は見えて。暑くもなく、寒くもない。

 それを満足げに見上げては、今後は下を見る。灰色の石畳。埋め込まれた石の一つ一つの色が当然異なるから、何とも言えない色合いを造り出している。そんな地面を何度か踏みしめて、アトル様が聞いてきた。


「その細い靴で、歩き辛くないのかな?」


 私が履いているのは、当然ハイヒールだ。アトル様は底の薄い革靴。甲の部分は紐で編み上げる、街で見かけるどうってことないもの。

 確かに、社交界に入る前はヒールが石畳の間に入って抜けなくなってしまったこともあったが――そんな少女時代は、遠い昔。


「もう慣れましたよ。今度アトル様も履いてみますか? けっこう変な場所の筋肉使うんですよ」

「ぜひお願いします!」


 私の冗談に、アトル様は満面の笑みで乗ってくる。可愛い。

 うん、今度それとなくドレスを着せてみよう。そんな野望をこっそり胸に秘めた時だった。


「危ないっ!」


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