7話「人間の街」
――陸の街を案内してほしい。
その願いを、私は二つ返事で了承した。今まで彼らの屋敷に訪れ、一応もてなしてもらってばかりだったのだ。当然こちらも縁を続けるなら、彼らを歓迎するのが礼儀というもの。
家に帰って、お父様は「本当に大丈夫なのか?」と心配なされたけど……私は国王陛下に許可を取ってもらうように頼んだ。不安になる気持ちもわかるけれど、あんな純粋な瞳で頼まれて、断れるわけがないじゃない?
無事に許可も下りて、彼らを案内する日がやってきた。
「もー。何なのよ、このガタガタする乗り物はぁ~。おしりが二つに割れちゃったらどうしてくれるのぉ⁉」
王族御用達の馬車の中で、今日も奇抜な格好をしたマルス様が文句を言う。その隣で、生成りの地味すぎる服に身を包んだアトル様が肩身を狭くしていた。
うーん……街で浮かないような庶民的な格好をしてきてと言ったのに、この差はどうしてなのだろう?
街で騒ぎになるわけにはいかない。彼らが人魚だということはもちろん、私も元王太子婚約者ヴェロニカ=スーフェンとバレたら面倒だ。シンプルな作りの落ち着いたワンピースに、いつもより薄い化粧をしていた。
そんな私を見て、マルス様に「アンタ結構老けているわねぇ」と言われたのはご愛嬌。どーせ私は行き遅れの年増ですよ。アトル様と並ぶと姉弟にしか見えないことくらいわかっているわ!
「行ってみたい場所はありますか?」
今日はお父様は仕事である。私と御者と警護を務める騎士の三人でもてなしだ。
一人騒ぐマルス様はおいておいて、私がアトル様に話しかける。しかし、アトル様はモジモジするだけで、応えたのはマルス様だった。
「服飾店! 陸のファッションをアタシが見極めてあげるわっ!」
その隣で、アトル様はうつむき気味にコクコクと頷くだけだった。
「さーて、上京してきた可愛い弟とオジサマに王都とやらを案内してちょうだいっ!」
あ、男って自覚あったのね……。
目的の場所に着き、一番乗り気のマルス様。その隣で、アトル様も恥ずかしそうにしながらも往来をきょろきょろ見渡している。街行く人にも興味あるようだが、道や建物を不思議そうな顔で見ていた。石畳や煉瓦がそんなに珍しいのかしら?
王都ジュエルは、海岸に面した丘に作られた街である。かつて海からの魔物を退けた栄光で勇者に授けられた土地。繁栄を重ねるうちに勇者の子孫が王になり、今に至るといわれている。だから、ミハエル様含め王族は勇者の血を引いているとされているわ。
今いるのは、王都ジュエルで一番大きな商店街だった。丘に作られた街ゆえ、街中は坂や階段だらけ。この商店街も例に漏れないものの、服飾、食べ物、武器に書物何でもござれと栄えている。庶民商人のみならず、貴族もよく買い物に来る繁華街。当然身分により利用する店は違うし、その価格帯によって区画が別れていたりするけれど――私たちのように、身分を偽って庶民の利用する安価帯な区画を散策する貴族も多い。
実際、私もたびたび変装して、ミハエル様と食べ歩きしたことが何回かある。それがバレて、この商店街の広い範囲で警備体制が強化されることがあり、騎士団長から嫌味を言われたのも、今ではよい思い出だわ。
リカ様と三人で来たこともあったわね。リカ様がこの世界に来た時に大切な手記を落としたと話したので、気晴らしがてら探しに行こうと私が提案したの。手記を他人に見られたらと想像すると……ね? ほら、誰だって嫌じゃない? もしも自分が落としたとしたら、永遠に身震いしてしまいそうだわ。結局彼女の手記は見つからなかったのだけど、それでも彼女はその散策を「楽しかった」と笑ってくれたの。
瘴気問題であの時は今のような活気はなかった。それでも串刺しの肉に豪快に齧りついて、私たちのみならず、往来の人たちも笑わせてくれたっけ。本人は不本意だったようだけど。
その中で、私たちはマルス様たっての希望の服飾店に入る。選んだのは、幅広い貴族が利用する流行りの店だ。王族御用達などではないけど、ダンスパーティのドレスからお忍び用の簡易服まで、あらゆる用途に応えた服を揃えてある私のお気に入りの店。店長が流行に敏感で、今は貴族の間でレースが流行っているのだが、そのレースを庶民まで浸透させようと奮起しているらしい。
だからか、私の今日のワンピースもさり気なくレースがあしらわれている。
「ヴェロニカ様。今日もご贔屓にありがとうございます」
「こちらこそ。今日は連れがいるのですが、よろしいですか?」
「もちろんでございます」
私が来たと聞きつけてか、店の裏から出てきた男性店長。私が挨拶を終えると、ずいっとマルス様が前へ出てきた。そして上から下まで店長のスーツの着こなしを見ては、
「そのさり気なくレースが着いたシャツ、オシャレね。胸に挿したハンカチーフの柄もアタシ好みよ。足先にかけて細くなるズボンのライン、初めて見たわ。すごくステキ」
「お客様……いい目をお持ちですね」
キラーンと目と目を合わせ、あっという間に意気投合していた。