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6話「苦手なものと提案」



 そのあとが大変だった。ずぶ濡れで戻った私に、お父様は大混乱。「この婚約はなかったことに」と言い出すのを宥めて、ひとまず屋敷をあとにしたのだ。

 当然、王子とキスをしたことは秘密。だってまだ『見合いの最中』で正式に婚約を交わしたわけではないし。それに、あの時のように神から祝福された様子もなかった。だから、きっとあのキスは愛の誓いにカウントされないのよね?


 そして後日、先日のお詫びと招待された会食に、私たちは歓喜した。

 海の食事が、すこぶる美味しい。主に魚を食べさせてもらったのだが、日頃こってりとした肉料理を口にしている私たちの舌に、シンプルな旨味は癒やしだった。食べても食べても、胃が重くならない。だけど、確かに美味しい。生のまま食べても、焼いたものを食べても、パスタに敢えてあっても、どんな形の料理も美味しかった。

 ただし、副菜を除いて。


「あらぁ、アンタ海藻嫌いなの~?」

「嫌いとまで申しませんが……ぬるぬるしているものが、少々……」

「ふーん。まぁ、覚えるだけ覚えておきましょうかねぇ」


 まぁ、隣でお父様は何でもばくばく舌鼓打っているので、あくまで私の好みの問題というのは伝わっているはず。

 その中、マルスコーイが世間話を続ける。


「アタシ、こう見えても実は七十二年生きているけどさぁ。そもそも驚きよぉ。陸の人間って本当にお魚、食べないんだぁ?」


 どうやら、人魚は見た目の実際の年齢が大きくかけ離れているものらしい。人間よりも歳の取り方が遅く、成年期が緩やかで、長寿だということ。それでも、私の対面で大人しく食事をする見合い相手、アトクルィタイ王子もといアトル様は本当に十八歳らしく、私よりも歳下だ。

 だけど相手の見た目や年齢がどうであれ、私も二十五歳の淑女よ。それなりの振る舞いを求められているのに変わりない。年齢に恥じぬ会話をしなくては……。


「海は怖いって言われていますからね。その生物を食べようという考え自体が……」

「ふーん。まぁ、アタシたちもわざわざ陸に食べ物獲りに行かないしねぇ。そんなもんかぁ」


 お父様はまだ警戒しているものの、私とマルスコーイは少し仲良くなった。というより、私が気を許したのだ。

 溺れた時、すごく怒られた。あんなに怒られたことは、今までなかった。それほど私のことを心配してくれたのなら、たぶんきっと、悪い人ではない。案の定、「マルス様」と呼んでもいいか尋ねたら、「別に良いわよぉ」と二つ返事で了承を貰えた。

 それをお父様に告げたら「油断しすぎ」と忠告されたけど。

 実際、慣れてしまえば彼の不遜な語り口が心地よいとさえ思う。


「でもマルス様。少し不思議なのですが」

「なぁに?」

「人魚って……魚を食べて大丈夫なんですか?」

「どういうこと?」

「だってほら……人魚って半分は魚なんですよね?」


 先日王子の姿を見たが、肌の色は違えど、上半身は人間。そして下半身は魚。ならば、魚同士ということになるのでは?


 その質問に、マルスコーイは「ぷっ」と吹き出す。


「なぁに? アンタはアタシたちが『共食い』しているんじゃないかと心配しているの?」

「あの……まぁ……」

「『共食い』、するヤツらもいるわよ。だから人間だって食べちゃうかも。だって半分は人間でもあるんだしねぇ?」


 ニヤリと笑うマルス様に、私は思わずフォークを落とす。お父様も腰を浮かしていた。

 そんな私たちを見て、マルス様はカラカラ笑う。


「あっはっは! アトクルィタイも見たぁ、今の顔~。ほんと陸の人間って間抜けで面白いわぁ~」

「……マルスコーイ、良くない」


 私の対面。マルス様の隣に座っていたアトル様が、ようやく口を開く。人間の姿をし、普通にシャツとベストを着こなした気品ある金髪の少年。


 あれから、彼が話すことはほとんどなくなっていた。視線はきょろきょろと動き、こちらの話も興味深そうに聞いているようだが、必要最低限以外話そうとしない。本当、最初のあれはなんだったのだろう。


 そんな彼が、静かに付き人を注意する。その金の瞳は、決して笑っていなかった。

 それに、今日も奇抜な格好のマルス様もわざとらしく肩をすくめた。口角を上げながら。


「それはごめんなさいねぇ。あまりに異文化で戸惑いが隠せなくて。それに、この人たちあまりに無知なんだもの。本当にアタシたちと仲良くする気あるの?」

「マルスコーイっ!」


 アトル王子の叱責に、マルス様が目を細めた。


「冗談よぉ。でもアンタもアンタよ。ずっとだんまり決めて。アタシの交流に文句があるなら、自分自身でもっと話したらどうなの? これ、アンタの見合いなのよ?」


 ほらほら、とマルス様が肘でアトル様をつっつく。そして、アトル様が固唾を呑んだかと思いきや、


「も、もし宜しければ、ご提案があるのですが!」


 金の瞳に固い決意を宿して、アトル王子は私をまっすぐ見つめていた。



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