16話「従者がはりきる衣装合わせ」
正式に私の婚約者となったアトル様は、私の同伴者として結婚披露宴パーティに参加することになった。私のエスコート役というやつだ。これを機に、あらゆる面々への顔合わせも兼ねているらしい。果たして人魚が陸でも認められるのか――結構大事な行事だ。
その打診を受けた上で、私の許可も取ろうとする辺り、やはりアトル様はお優しいのだろう。少し頼りないともいえるけど……それはおいおい、私が支えてあげればいい。彼もいることだし。
「ちょっとぉ~、もう少し綺羅びやかな柄はないわけ~? そんな地味だと、この年増は映えないわよ? もう肌もたるんできているんだから」
「し、しかし今回お嬢様は主役ではないわけで……」
「だまらっしゃいっ! そこをいい塩梅で映えさせるドレスを仕立てるのがアンタの仕事でしょうがっ!」
私とアトル様の本番の衣装に、誰よりも気合を入れている教育係件使用人ことマルス様。
それに、どうせ年増で肌も衰えた私なんて、黙って傍観するしかない。アトル様なんて、部屋の隅で頭を抱えている。
そんな活気あるやり取りを数日続けて、ようやく私は仮縫いしたドレスに袖を通していた。地は艷やかな紺の布。上半身はシンプルながらも、スカート部分にはこれでもかと金糸で刺繍が施されている。顔だけ見れば貞淑だが、全体で見れば豪華。なるほど……確かに、これならパーティでも適度に派手だ。
あとは髪型と装飾品をどうするか……またマルス様がこだわるんだろうなぁ、とどこか他人事に思いながら、彼らの元へ。私自身、普段はドレスにも人並みにこだわりはあるのだが、今回ばかりはどうもやる気が出なかった。
どうでもいい。恥さえかかなければ。それは別に、マルス様が異様に張り切っているからではなく――
「あら、いいじゃない」
私が二人待つ部屋に入ると、マルス様は開口一番褒めてくれた。「さすがアタシ」と言っているからに、その褒め言葉は自分に対してのものかもしれないけどね。
あら、アトル様も着替え終えているみたい。私と同じ布地を使ったスーツ。ドレスとは反対に、ジャケットに刺繍がされていて、スラックスはシンプルになっている。もちろん、婚約者として二人で立った時を想定して、マルス様が作らせたものだ。仰々しい格好で慣れないのか、マルス様の後ろでおどおどとしている。
その様子が可愛くて、緊張をほぐすために褒めてあげようと口を開くよりも早く、
「さぁさ、ちょっと並んで見せてちょうだい!」
色々サイズ等合わせたいだろう職人が所在なさげにしているのを置いておいて、マルス様は私たちを並ばせる。そして色んな角度でジロジロと見てから――不満げに口を曲げた。
「ちょっと~、そんな固まってないでさぁ。少し動いてみせてよ~、実際の雰囲気が掴みにくいでしょう? あ、この立役者に感謝を込めてファンサしてくれてもいいのよ?」
「ふぁんさ?」
突如出てきた知らない言葉に疑問符を返す。すると、アトル様は小さな声で教えてくれる。
「ファンサービス、て意味かな。感謝を示すために、可愛いポーズをすること――て、陸の参考書には書いてあったよ」
ありません。そんな文化、陸にはありません!
さらに補足として語られるのは、例の舞について調べ直したら、あれは応援する時に舞う踊りだったとのこと。一体その参考書ってどんなことが書いてあるんですか。本当どうでもいいんですけどね……。
「……か、可愛いポーズとは?」
「ハートの形を作るとか」
そして見せてくれるのは、両手で同じ指先を合わせる仕草や、親指と人差し指を少し交差させた仕草。
うぅ、可愛いです! そのはにかんだ表情と相まって悶絶しそう! 絵師を呼んでいいですか? そのお姿を形に残して良いでしょうか? あぁ、でもそんな素敵な絵を寝室に飾ったら毎晩ニヤけすぎて眠れないかもしれません! あぁんもう、ファンサ最高っ!
脳内の大興奮は、当然表に出さない。それが令嬢の嗜み。
私は口元に手を当て「あら、本当に可愛らしいですわ」と微笑むだけに留めると、途端アトル様がうつむく。その耳が赤い。
「僕が可愛くったって……ニカの方が、きっと絶対可愛いよ」
そして、上目遣いで言うのだ。
「ニカもやって?」
ああああああああああああ、生きててよかった! 今まで辛いこともたくさんありましたが、生きていて良かったあああああああああ!
でも、それとこれとは別問題です。
「えーと……」
こんな天使のような可愛さの前に、年増の私がハートですか? 期待に応えてあげたい気持ちもあるけど、行き遅れとお見合い惨敗した肌のたるんだ女が、この後に同じポーズを取れと?
正直言って、無理よっ!
私が困っていると、パンパンッとマルス様が両手を叩く。
「はいはーい。アタシを除け者にするのはそこまで! でもそうねぇ、ちょっと二人のバランスが悪いわねぇ……」
「やはり、私の若さが足りませんかね」
真面目な感想と自虐を込めて言うと、マルス様の顔が渋くなる。
「アンタはねぇ……下手に若作りしても見苦しいだけだからそのくらいでいいんだけど」
少しは遠慮しなさいよ、このオネエ。
しかし、私じゃないなら問題はアトル様ということ。可愛らしい。その印象が、私の隣に立つには相応しくない? やっぱり弟にしか見えない?
「わかった」
それは一瞬だった。アトル様が手袋を外す。尖った爪先が光ったように見えた。アトル様が後ろに回した手が、スパッと彼の髪束を切る。
「あとはマルス整えてくれるかな。化粧もして。身長伸ばすためにはどうしたらいいかな。一回肉を剥いで骨を伸ばしてみる?」
「ばっっっかじゃないのっ⁉」
淡々と……なんか恐ろしいことを言ったアトル様の脳天に、マルス様の全力チョップが炸裂する。音が鈍い。
「魔力! 髪には魔力が……もったいない! アンタどーすんのよ⁉ もうちょっと後先考えてさあああああああああ⁉」
「大丈夫じゃない? 陸でそんな物騒なこと、なさそうだし。別に人間追い払うくらい何も問題ないかな」
「そりゃあそうかもしれないけど……ああああもう、アタシの気苦労を増やしてこの子はほんとおおおおおおに可愛いんだからあああああああああああ!」
絶叫するマルス様が、頭を抱えている。
だけど――私の心に反して。
頭を擦るアトル様の表情は、とてもスッキリしたものに見えた。
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拝啓 親愛なるリカ=タチバナ様
もうじき結婚式ですね。
当日お会いできること、とても楽しみにしております。
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