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第22話 王族反逆罪

 

 かつかつと靴音が高く響く石壁の通路を走って行くと、少しずつだが、聞こえてきた泣き声が大きくなってくる。


 黄土色の湿った煉瓦が並ぶ空間だ。死者が眠る納骨堂にも似た空気を漂わせている中に、幼い子供の声がする。


 いるのだ。これから死刑になる子供が――――。


 だんだんと大きくなっていく泣き声に、頭の中でどくどくと血が激しく流れていく。


「イーリス!?」


 慌てて後ろから追ってくるリーンハルトの声が響くが、足は止めない。次第に大きくなる声を手がかりに、黄土色の暗がりを踵の高い靴で走り抜けると、やがてはっきりとした声が耳に届いた。同時に、一つの太い鉄格子が目の前に現れてくる。


 黒々とした鉄格子は、奥の牢への入り口だ。薄暗がりにも拘わらず急いで近寄って覗くが、その瞬間、目に飛び込んできた光景に頭を殴られたような想いがした。 


 明かり取りの細い窓から差し込む光の下に、十数人の男女が、狭い三つの牢にわけて押し込まれている。


 男や女。年老いた者や若い者まで様々だ。だが、その中に、一人の女性に泣きながら縋りついている二人の幼い子供がいるではないか。


「お母さん、いちゅまでこんなところにいないといけないの?」


 舌足らずな声で、袖を引っ張っている小さな子供は四歳くらいだろうか。薄暗い牢が怖いのだろう。母親に少しでも縋りつきたくて、必死に手を引っ張ろうとしているが、生憎と母親はその子供を抱きかかえてやることはできない。


 腕の中に、眠っているもう一人の子供がいるのだ――――。


「ごめんね、寒いわよね」


 ぐらぐらとする視界の中で、母親は優しく宥めるように子供の頭を撫でてやっている。それでも泣き止まない子供に、せめてもと思ったのだろう。自分の肩掛けを外すと、そっとその子供の体に巻いてやっていくではないか。


「早くこんなところでたいよぉ」


「ごめんね、本当にごめんね」


 ぐすんぐすんと泣く子供に、すぐに出られるわとも、心配しないでとも言ってやらないのは、母親がこれから自分たちに訪れる未来を知っているからだ。


 きっと、自分と赤子の首が落とされたあと、この泣いている子供も処刑人たちの手によって同じ運命をたどる――――。どんなに泣いても、無慈悲なまでの刃によって。


 見た光景に、鋭く心を抉られたような気がした。


「リーンハルト……! これは……!」


 言葉にならない。思わず口を押さえたが、後ろから、ようやくイーリスに追いついてきたリーンハルトは、イーリスに苦いものを見せてしまったというような顔をしている。


「だから、来るなと言ったんだ……」


「では、この子たちが――ハーゲンの一族だというの……?」


 声が震え、体ががくがくと震えてしまう。ぐらっと体が傾いたが、ショックで倒れそうになった体を、慌ててリーンハルトが手を伸ばして支えてくれる。


「そうだ。正確には、ハーゲンの親子兄弟という限定した範囲での一族だが」


 王族の殺害を企てたが、未遂ということで、一族でもまだ特に身近な者に限定されていると言いたいのだろう。


 だけど、まさか子供がその中に入っていたなんて――。


「やめて!」


 思わず顔を上げて叫んだ。


 急いで、リーンハルトの胸を掴む。


「相手は、まだ幼い子供よ!? こんな子供を死刑にするだなんて――!」


「だが、王族反逆罪は最も軽い刑罰で一族全員死刑と決まっている」


「だからって! こんななにもしていない子供もだなんて――!」


 あまりにもおかしい。


 親や兄弟、ハーゲンの育ってきた環境で、彼の人格形成に関わってきた人物に罪を問うというのならばまだわかる。しかし、子供たちは今回のことにはなにも関わってはいないのだ。それを血が繋がっているというだけで、一緒に連座させられるなんて。


(ううん! 親や兄弟だっておかしいわよ!)


 たとえハーゲンが罪を犯したとしても、家族までは関わっていなかったはずだ。きっと子供ができて、ハーゲンの親は兄弟の孫の誕生を喜んで幸せに暮らしていただろうに。


 それなのに、ハーゲンが元の職場に戻りたかったから罪を犯してしまったせいだけで、彼ら全員がある日突然その暮らしを奪われて、狭い牢獄に押し込まれるだなんて――。


「お願いだから、やめて!」


 自分のせいで、罪のない人たちまで殺したくはない!


「私なら無事だったわ! だからお願い! 罪のない人たちまで殺さないで!」


 必死に叫ぶが、その瞬間、リーンハルトの顔色が変わった。


「だめだ!」


「えっ!?」


「いくら君の頼みといえども――。王族反逆罪は、法律で一族も連座で斬首と決まっている。いくらなんでも国王が、権力を笠に着て、率先して法律を破るなんてことは許されない!」


「そ、それは……そうだけれど……」


 思わずぐっと言葉に詰まってしまう。


「でも……よくないことなら、変えていかなければいけないはずよ……。いくら法律だからって……人の命がかかっているのに……」


 唇が震えてしまう。


 わかっている。自分だって、罪を犯した者や裏切った者たちの一族が、なんの咎もないのに、一緒に打ち首や磔にされてきたのは、前世の歴史書で何度も読んで知っていた。


 どれだけむごいことであっても、その時代にはそれは必要なことだったのだ。裏切りや戦い、悪意が渦巻く中で、自分と自分の一族を守っていくために。


 そう思っていたからこそ、これまでリエンラインに同じような法律があっても、きっと必要なことなのだと自分に言いきかせてきた。いや、実際には、こんな現場を知らなかったからかもしれない。自分が嫁いで来てからこの間の聖姫試験の事件まで、王族反逆罪に問われた人物はいなかった。だから、あくまでも連座は、それまでの歴史にもとづく本に書かれた法律の一文だと捉えていたのに――。


「君はそうかもしれない」


 しかし、リーンハルトは苦い瞳をしながら、自分を見つめてくる。


「だが、俺はこれまでに先代から収容されているたくさんの罪人の執行を認めてきた。確かに俺の代になってから、王族反逆罪と判決が出て、処刑された者はまだいないが――」


 じっとアイスブルーの瞳が、自分の金色の瞳を覗きこむ。


「だが、その裁判を受けている者たちが、もしも反逆を企んで兵を挙げていたのなら、俺は彼らの死刑執行を命じる代わりに、兵士たちに前線に立てと言わなければならない。彼らを許すということは、将来にその禍根を残すということだ」


「そ、それは、そうかもしれないけれど……」


 見つめられるアイスブルーの瞳に、ずくんと心臓がきしむ。


「でも、反旗を翻すとは限らないわ! それならば、国外追放にしても――!」


「だめだ! 第一、万が一生き残った彼らが、君の命を狙ったらどうする!?」


 叫ぶように言われた言葉に、背中がびくっと震えてしまう。


「わ、私……?」

 だが、言われた内容がわからない。どうしてそこで自分のことが出てくるのか――。


 しかし、リーンハルトはイーリスの伸ばしていた腕を掴みながら叫ぶ。


「そうだ! 今回の事件で恨まれるとしたら、事件の対象になった君だ! もしも、彼らが将来この事件で君を恨んで、君の命を狙ったりしたら――」


 見つめてくるリーンハルトの瞳がくしゃっと歪む。


「君は――また、俺にあんな想いをさせるつもりか……」


 あんな――それは、きっとこの間ハーゲンに命を狙われた時のことを言っているのだろう。それとも、聖姫試験の時矢で狙われたことを言っているのかもしれない。


 どちらも――リーンハルトが、守ろうと必死に動いてくれたお蔭で助かった。


 わかっている。次も同じように助かるとは限らない。


「で、でも……! そのために、あんな小さな子供が死ぬだなんて……!」


(私を守るためだけに、罪もないのに殺されていくなんて!)


 どうしても認めることができない。


「わかってくれ……! 君を守るためなんだ」


「無理よ!」


 どんなに話してもわかってはもらえない。泣きたくなって、思わず、リーンハルトが縋り付くように抱きしめてこようとする手を振り払い、走り出してしまった。


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― 新着の感想 ―
国家転覆の危機をしでかして当人だけ罰したら終わりなんて軽いものにしたら犯人側の足枷が減って謀反しやすくなるから軽くする必要あるのかなと思うが。国のためにも良くないと思う。 子供に罪がないと言うけど当人…
[良い点] リーンハルト、専制君主としてはめっちゃ英邁ですよねこれ 惚れてる女のヒステリー(言い方失礼)に流されて法を捻じ曲げる事はなく。でも当人なりに最低限で終わらせようとしてる。惜しむらくは現代人…
[一言] ううー…。イーリスの気持ち、よくわかります…。また、リーンハルトの言ってる事も、解るんですが…。バーゲンもポルネットも、なんて事してくれたんだ。
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