第14話 紐解く歴史
二人で話しながら、先ずは、広場から一番近いというセレツ橋へ向かった。
「わあ」
攻め込んできた昔のオランリア国をここで撃退したとの逸話の残る橋だ。広いセレツ川に一本だけ古い橋がかかっており、新しく造られたほかの橋がなかった当時は、確かにここで迎え撃てば、苦戦を強いられている状況でも大軍を相手にすることができただろう。
「すごいわ! 当時の橋がそのまま残っているのね」
「当時のリエンラインは今ほど大きくはなかったからな。巨大化していく中で増えていった敵から街を守った橋として、大切にされているらしい」
今でも、いざという時はほかの橋はすぐに落として、街を守れるように設計されているという言葉には、目をきらきらと輝かせてしまう。
少し遠くに見えているのは、パルリア海だろう。遠く外洋まで続く海に流れ込んでいるだけあって、セレツ川の広さは普通ではない。
「これなら、橋を落とせば陸から攻め寄せることはできないわ」
広い川、そしてその後ろにはいくつもの峻厳な峰が海岸線にまで連なり、この地への侵入を容易ではなくしている。過去にリエンラインの首都があったというのも、この地形を生かしたからだったのだろう。
峰の中でも、一番手前に見える茶色い連なりが有名なガウゼンの砦だろうか。
建築王エックハルトが立てた有名な長城を見上げていると、次はそこに行こうとリーンハルトが誘ってくれた。
「すごい、すごい!」
街から一番近くの観光用に開放されている一角だが、それでも登って見下ろせば、この山の尾根に作られた長城が、断崖絶壁の上にあるのがわかる。隣の山との間には、深い谷が横たわり、ここで守ればとても敵が山から攻め寄せてくることはできない。
「ここは、セレツ川の戦いがあった後に、当時の首都防衛のために築かれたと言われている砦なんだ。昔はこれで十分首都を守れたそうだが、時代が流れ航海技術が発達するに従い、海からの防衛が難しくなったといわれている」
「それで首都を、今の都に移したのね」
向こうの世界でいえば、万里の長城に最もイメージが近いだろうか。あそこまで長くはないが、それでも山々の尾根を伝い、街を囲むように守っているこの砦には、攻め込んできた他国も相当苦労させられただろう。
その後も、市街に戻り、過去の宮殿跡や初代王が建国を宣言したというグルノウン広場などを見ていると、すっかりお腹がすいてしまった。
「ほら、ずっと歩いていたから疲れただろう」
こちらの小さく鳴ったお腹の音が聞こえたのかと思った。くすっと笑ったリーンハルトが、自分の前に、紙に包んだ小さな食べ物を差し出してくれた時には。
「あ、ありがとう」
「陛下! 立ち食いするならば、事前に毒見をしますとあれほど――」
遠くで騎士の一人が騒いでいるが、それを聞いたリーンハルトは完全に呆れ顔だ。
「気分で歩いて、適当に見て回った場所の目にとまった食べ物を手に取ったというのに。どうしたら毒を盛れるというんだ」
むしろそんな不穏な気配で尾行している奴がいるなら、ここまで気がつかない護衛のほうが大問題だと呟いている。
「あははは、そうね」
まさか、こんなに気儘に歩き回っているのに、毒を仕込むなんてことはできないだろう。
「でも、リーンハルトもこういうところで立ち食いをしたりするのね?」
「それは、まあ……。従兄弟とお忍びで出かけた時とかは」
「ああ」
そういえば、リーンハルトと仲の良い従兄弟は、王族にしてはかなりざっくばらんな人柄だったように思う。
「ふふっ。お忍びで出かけていたなんて、今まで知らなかったわ」
リーンハルトとの関係がうまくいかなかった時は詳しく聞かなかったが、どうやら思っていたよりも、従兄弟との仲はずっと良いらしい。
内緒で民の生活を視察していたという二人の顔を思い浮かべながら、リーンハルトから渡された包みを開くと、中に入っていたのは愛らしい兎の顔をした饅頭だった。
「どうしよう……。ここに来てから、私の中での初代聖女様のイメージが、どんどん兎のブリーダーになってきたのだけれど」
白い包みから飛び出してきたドライフルーツで赤い瞳を描かれた愛らしい白兎の顔に、うっと食べる手が止まってしまう。
「大丈夫だ。今までに兎饅頭を食べて祟りがあったという話は聞かない」
「でしょうねー……。食中毒はわからないけれど」
うふふ、私の大切な兎を食べるなんて。場合によっては、お腹に痛みをあげますよと笑っている初代聖女様の声が聞こえるかのようだ。
(ごめんなさい、初代聖女様! でも、あなたのペットの肉ではないから!)
食べると、中味はなぜか豚肉だった。
「なぜ、兎で豚肉……」
うふふ、私の兎を豚扱いですか? とこれまた聖女様の声が聞こえてくるかのような一品だ。
「豚の方が、兎よりも大量に仕入れができて安価だからだろう」
「ああ。なるほど」
とは思うが、それは食品偽装ではないのか。日本ならば、景品表示法的にどうなるのだろう。とは思うが、豚兎饅頭と書いてあれば問題ないのかもしれない。聖女様的には祟りがありそうな名前だが。
だが、味は悪くない。きっとこの場でふかしているのだろう。できたてで少し吹いて冷ましたが、中身はまだ熱々だ。
食べていて汗が出てきたから、扇子を取り出した。先日の一件以来、お気に入りになり持ち歩いている貝細工の扇子だ。広げると、ふわりと白い光が周囲に舞う。
その要についている赤い房飾りに、ふとリーンハルトが目をとめた。
「その房飾りはどうしたんだ? 行きの馬車の中では、つけていなかっただろう?」
「あ、これは……」
(しまった! 目敏い!)
と思ったが、誤魔化すのも変な話だ。
「昨夜、子供の治療をしてあげた夫婦からお礼にともらって……」
「装飾品を? 俺の婚約者である君に?」
(あ! 明らかに機嫌を損ねたらしい)
これはまずいと慌てて見上げる。
「確か神殿からは、子供が異世界の毒物を飲み込んだようだから、聖姫である君の力を借りたいと頼まれたという話だったが……」
まさかあんなに遅くなったのは、無理に引き留められていたからかと、昨日はきちんとできなかった話を、じとりとした目で尋ねられる。
「まさか! これは、ただお礼にと魔道具からのお守りをくれただけで!」
(きゃーっ! 確実に機嫌が降下している!)
確かに由来を語らなければ、身につけておくような品を女性に渡すのは、好意があると受け取られてもおかしくはないだろう。渡した相手に他意はないと、慌てて訂正したが、これはひょっとしたらギイトが言ったとおり、今死亡フラグが立ちかけているのかもしれない。
(折角、親子で平和に暮らせそうなのに、そんなことになったらさすがに申し訳がたたない!)
「魔道具?」
慌てて訂正したが、予想外の単語にぱちぱちとリーンハルトは瞳を瞬いている。その顔に、一歩ずいっと近寄った。
「ええ! 道具にこめられた魔から身を守るお守りなんですって! 魔道具を作っている一族らしくて! そのせいか山の中に隠れ住んでいるみたいなの。だから帰るのが遅くなってしまったのだけれど!」
決して、引き留められていたり、帰るのが嫌で引き延ばしていたのではないのよという意味をこめて強く微笑みかける。だが、リーンハルトは、一瞬なにかを考え込むと、探るように言葉をもらした。
「もしかして……隠された一族?」
「よく知っているわね? ナディナも彼らのことを確かそんなふうに呼んでいたわ」
歴史の中で言い伝えられている、太古の一族の生き残りよねと首を傾げると、リーンハルトが「ああ」と納得したように頷いている。
「それならば、俺に詳細を告げないのも無理はない。まさか、神殿と関係があったとは知らなかったが……」
「どういうこと?」
不思議に思って尋ねれば、アイスブルーの瞳はまっすぐにこちらを見つめてくる。そして、少しだけ声を低めた。
「彼らは、ジギワルド王の時代に王家からの大弾圧を受けて、表舞台から姿を消した」
「えっ!?」
思わずこちらを見つめるアイスブルーの瞳を覗きこんだ。まったく知らなかった事実だ。歴史書は、何冊も読んだというのに――。
「知らなかったわ。だって、そんなことはどの歴史書にも……」
「なぜ王家から弾圧されたのか。そして、その事実が隠されたのかは伝わってはいない」
ただ――と、声を低めて耳元で告げられる。
「ひどい弾圧だったらしい。男性はもちろん、成人ならば女性も捕らえられて容赦なく処刑された。特別に許しを受けた少数の民だけが、今もリエンラインに住むことを許されているが」
大半はこの時に殺されるか、二度と帰っては来られないような地へ辿り着けるかもわからない船で送り出されている。
耳元で囁かれるリエンラインの暗い歴史に、扇子を握っていた指先がひやりとしてしまう。
(ああ、だから――)
昨夜、子供のために助けを求めにきながらも、あんなにも軍隊に怯えていたのだ。過去に一族を軍に虐殺されたことを思い出して、震えていたのだろう。
「で、でも。どうしてそれが歴史書に書かれてはいないの? だいたいどうして、そんな弾圧事件が――」
ジギワルド王は、今のリエンラインの王権を作り上げたというほどの切れ者だったらしいのに。
震えながら尋ねたが、リーンハルトは僅かに首を振っている。
「王家に残る公式の記録にも、それ以上のことは書かれてはいない。生き残った彼らのために、弾圧事件があったことを隠したのか。それともそこになにか余程王家にとって不都合なことがあったのか」
今となっては、全てが謎だと言われる言葉に、じっと手の中の房飾りを見つめてしまう。
(まさか、そんな歴史があっただなんて……)
ひょっとしたら、それがもとでなにか差別を受けているのかもしれない。金がありながらも、山の中に隠れ住み、世間からは見つからないようにして暮らしている彼ら。子供の大事にすら、医者に拒まれているだなんて。
見つめている房飾りを渡してくれた夫婦の顔を思い出すと、胸の中に苦いものが広がっていくかのようだ。
「ねえ……今からでも、彼らの復権はできないの? あそこまでの魔道具を作る能力を持っているのだし」
可能なら、あんな山の中ではなく、明るい世界で暮らさせてあげたい。ただ平和な生活を望んでいた彼ら。もっと、その能力を活かすことができるはずなのに!
じっと房飾りを見つめながら、やるせない気持ちに唇を噛むと、リーンハルトが躊躇ったように口を開いた。
「それは、不可能ではないと思うが……」
「本当!?」
「ああ。なにしろ弾圧事件があったとはいっても、相当過去のことだ。今の彼らとは直接の関係はないし、王家に忠誠を誓うのなら取り立てるのも難しいことではないが」
ただと、じっとイーリスが手の中で触れていた房飾りを見つめている。
「気に入らないな」
「えっ?」
なにを言いだすのか。慌てて見上げたが、その視線の先でリーンハルトは少し拗ねたような顔をしているではないか。
「気に入らないってなにが……」
「俺があげた物以外を君が身につけているのが。俺が贈った物は、毎日は身につけてくれないのに」
「ええええっ!」
(だって、リーンハルトからもらった物って、公式行事にも着けて行けそうなゼロが六個はつきそうな品ばかりよ!?)
とても日常品として身につけることはできないはず――。と思ったが、その瞬間腕をぐいっと引っ張られた。
「だから、今からすぐに君へのプレゼントを買いに行こう。話はそれからでも遅くはない」
「ちょ、ちょっとリーンハルト」
強引に歩き出すのに、足を止めることができない。そのまま、イーリスの足は広場の近くにあった宝飾店へと向けられた。




