第4話 到着
リーンハルトの言葉の通り、道中の食事は、その街の名物を味わうことができた。
イーリスたちが通ることは、事前にその土地の領主たちに知らされていたのだろう。
「本当に、こんな料理でよろしいのですか?」
素朴すぎる料理に、各地の領主たちは出迎えながら平伏していたが、土地ならではの食べ物を味わうのが旅の醍醐味だ。
「かまわん。各地の民が、実際にどんなものを食べているのか知っておくのも大事だしな」
庶民の食べている味より豪華にされたりしないように、事前に調べてリーンハルトがイーリスにも教えてくれていたが、もてなしように村の公会堂に設えられたテーブルに運ばれてきた料理を食べてみれば、やはり顔が弛んでくる。
「おいしい!」
ぱくっと一掬いし、王妃が庶民の食べ物を喜んでいる姿に、驚かれたのだろう。
周り中の人がびっくりして見つめているが、やはり土地土地の食べ物は、そこの空気を味わいながら食べるのに限る。
「本当においしいです!」
「この味付けは絶品ですね」
テーブルは違うが、陽菜とアンゼルの絶賛している声も聞こえてくる。二人とも、庶民の出身だから、イーリス同様、こういう食べ物のほうになじみがあるのだろう。
壮麗な隊列でやってきた王家の者が、庶民の味を喜んでいる様子に、給仕の女性がぽかんとしている。呆気にとられているようだが、このチャンスを逃すことはない。折角の旅なのだからと、身を乗り出して尋ねた。
「ねえ、教えて! この料理が生まれた由来は? どんな時代に考え出されたの?」
思わず矢継ぎ早に給仕の女性に質問をしてしまったが、リーンハルトは向かいで楽しそうに目を細めているばかりだ。
「そ、それは……昔、小麦が不作だった時に、なんとか食べられるものがないかと葛の根を砕いたのが由来で……」
「日本の葛粉ね! それで、こんなもっちりとした食べ物を考案したのは素晴らしいわ!」
柔らかいが、独特の弾力がある様は日本の豆腐のようだ。そこに、土地独自の味付けがしてあるのがおいしい。
「王妃様が、私達の食べ物をおいしいと仰ってくださるなんて」
王家の方が、土地の食べ物を喜んで召し上がってくださる。そんな話が広まったのか、行く先々で土地の者からは、食べ物を用意して大歓迎を受けた。
食べ物とそれにまつわる歴史、そして人々の温かい歓迎。これだけでも来てよかったとこのまま国内を一周したい気分になったが、生憎とそれはかなわない。
「着いたようだな」
三日後。旅の料理を満喫していたイーリスたちの馬車は、ついにギルニッテイの神殿へと着いた。
「ここが……」
静かな音で止まった馬車を、リーンハルトの差し出した手に支えられながら降りれば、目の前には石造りの古い神殿が横たわっている。
どっしりとした灰色の建物には、人の体より太い円柱がいくつも立ち並び、見る者を威圧するような迫力だ。左右に伸びる壁に彫られている絵は、きっと古の聖女の姿を模してあるのだろう。
畑に種を与えている姿や、人々に手を伸ばす姿が描かれているが、少し線が薄くなっているのにこの神殿の辿ってきた歳月を感じてしまう。
歴史を感じさせる素晴らしい建物だ。
「ようこそおいでくださいました」
イーリスとリーンハルトの馬車が来るのを待っていたのだろう。神殿の前に控えていた女性の神官が高位とおぼしき神官と一緒に、落ちついた所作で近づいてくる。
「国王陛下、聖姫様。遠路、ご足労いただきありがとうございます。私がこの神殿の長を務めておりますパエラと申します。この儀式の間は、聖姫様のお世話は、こちらのナディナがいたしますので」
「ナディナでございます。今回聖姫様の儀式のお手伝いをさせていただけて光栄に存じます」
(あら?)
ふと、ナディナという女性の仕草に視線が止まった。ひどく綺麗な礼だ。国王を迎える作法に詳しいような。
(それで、選ばれたのかしら?)
とは思ったが、代わりにパエラと名乗った神官は、不思議なほど急いで二人の前から身を引いていく。
「では、私はまた儀式の終了後に――」
そそくさと去って行く姿を見ていると、まさかという疑惑が起こってくる。
「うむ」
じっと去って行く姿を確認しているリーンハルトをみやり、もしかしてという言葉が脳裏に浮き上がった。
(まさか……道中、私の給仕に出てくる人が全員女性だったのは……)
いや、まさかとは思うが、リーンハルトのことだ。必要でない限り、できるだけ男性は近寄らないようにとか馬鹿な触れをだしていたのではないだろうか。
(いや、さすがにそこまでは、と思うけれど……)
思わずじとっと見てしまったが、その視線にリーンハルトが気がついた様子はない。
その二人の姿を見ていたナディナが、明るく手を奥へと掲げた。
「では、どうぞ。これから奥へとご案内をいたしますので」
「あ、陽菜は……」
振り返れば、いつの間にか陽菜の馬車はいなくなっている。先ほどまでは確かに一緒にいたのに。代わりに、ギイトが後ろから近寄り、にこっとイーリスに安心させるように笑いかけているではないか。
「ここからは、聖姫様の儀式になりますので、先に宿所の方へ行っていただきました」
「ならば、安心ね」
聖姫としての儀式に、陽菜を同行させることはできないということなのだろう。
「ほほほ、聖姫でなくとも、陽菜様も聖女。心をこめて歓待をさせていただきますので」
では、どうぞ奥にとナディナが案内をしてくれる手に従い、聖姫として重厚な石造りの神殿に入った。
左右から灰色の重たい石が迫ってくる。その神秘的な空気に、イーリスは一瞬ごくっと息を呑んだ。