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第23話 真意

 次の日、イーリスは居間で座ったまま目が覚めた。


 何時だろう?


 まだ外が薄暗いところをみると、どうやら普段起きるのよりもかなり早い時間のようだ。


(なんでこんなところで寝ているんだっけ……?)


 まだ暖炉に火が残っているのか。体に伝わってくる温かさを感じながら、イーリスはまだうまくもちあがらない瞼を下げて、ぼんやりと考えた。


 昨日の夜は、リーンハルトが来るのが遅くて、会えた途端泣きながら腕に飛び込んだのは覚えている。


 謝って、宥めながら、ここで何度も涙で濡れた髪をすいてくれていた。優しい眼差しで、座ったまま話す声が気持ちよくて――。


(そうか、いつの間にか眠ってしまっていたのね)


 リーンハルトはどうしたのだろう。あの後、また瑞命宮に戻ったのか、それとも別の部屋で休んだのか。


 ぼんやりともう一度瞼を持ち上げる。


 それにしても、クッションが固い。ひどく弾力があるし、それに枕にしては、なぜかほのかに温かいような――。


「えっ!? 温かい!?」


 下から温もりが伝わって来るのに気がついた途端、急いでばちっと目を開けた。下にあるのは、見慣れた洋服の膝――。


 ということは。


 ごくりと見上げれば、イーリスの上には、膝に自分を乗せたまま、椅子に凭れて眠っているリーンハルトの寝顔があるではないか!


「――――――!」


 声にならない叫びが飛び出したのは、どうしようもないだろう。


 まさか、リーンハルトと今一夜を共にするなんて!


(いや、そりゃあ再婚するんだし!? したら、もちろんそのつもりだったけれど!)


 まさか、自分の気持ちを伝えたその晩に、一緒に夜を明かすことになるとは思ってもいなかった!


 急いで自分のドレスを確認したが、どこにも乱れはないようだ。


(えっ!? なにも――なかったのよね!?)


 焦って身繕いを確かめるが、膝の上にあった温もりが消えたことに気がついたのだろう。


 ふと、リーンハルトが薄く目を開いた。


「あ、お……おはよう……」


(どうしよう? こんな時、なにもなかったと訊けばいいの?)


 服の様子からもなにかがあったとは思えない。だが、過去に自分を抱きたいと宣言した相手だ。


(なにかしましたかって、どんな顔で訊けばいいのー!)


 悶絶してしまうが、リーンハルトの眼差しはまだぼんやりとイーリスを見つめたままだ。


「ああ……おはよう……」


 声を返されたと思った瞬間、そっと額に口づけられた。


「――!」


 完全に不意打ちだ。


 あの後、寝ぼけたリーンハルトに抱きしめられたまま、解放されるまで三十分以上はかかってしまった。


(ああー! 今思い出しても、顔から火が噴きそうなのに!)


 どうして、抱きしめられたまま三十分も逃げ出せなかったのか。


 いくら、すごく幸せそうな寝顔だったとしても、今になってみると自分がいたたまれない。


「だって……目の下の隈がすごかったし……」


 それだけ忙しくて大変なのに、イーリスを抱きしめている間は最高に幸せそうな表情で眠っているから起こせなかったのだ。


「そうよ! うん、起こせなかっただけだから!」


 自分へ必死に言い聞かせるのに、目の前で見たリーンハルトの容貌は息をのむほど整っていた。さらさらと流れる銀色の髪。長い睫も、眉毛も一本一本が銀色で、思わずそっと指を伸ばして触ったりしていたのは、イーリスにとっては絶対にばれたくはない秘密だ。


(だって……すごく綺麗だったんですもの……)


 少しだけ、この時間をもっと味わっていたい。素直になれない自分が、好きな人の側に遠慮せずにいられる時間を――。


「そう考えること自体が、私も相当やられているわよね……」


 リーンハルトと同じ病に。


 思い出した朝の光景に溜め息をつきながら、目の前に入っているカップを持ち上げた時だった。


「あら、陛下はそんなにお疲れのご様子だったんですか?」


 不思議そうに側でティーポットを持っているのは、今朝のリーンハルトの仕度も頼んだコリンナだ。どうやら、イーリスの言葉がリーンハルトを気遣ったものだと思ったのだろう。朝は、二人の関係を少し誤解していたみたいだったが。


「ええ、かなり疲れていたみたい」


 どうやら誤解は解けたらしい。自分の秘密の為に、さらっととぼけると、コリンナが持っていたポットをそっとテーブルに下ろした。


「大変ですね、陛下も。誰が離婚状を盗んだのかもわからないのに、おまけに周りで補佐しているのが、信頼できるのかもわからないグリゴア様だなんて!」


「それは……そうよね」


 今朝、リーンハルトは離婚状の件はなんとかすると約束してくれていたが、今から考えればどうするつもりなのか。


 ひょっとしたら、この離宮でリーンハルトが使った抜け道が使われたのではないかと思い、尋ねたが。


「それはないだろう。あとで、念のために確認したが、俺以外の足跡はなかった」


 滅多に使われない隠し通路だから、この離宮への出入り口には埃がかなり積もっていたらしい。


 そして、手を取りながら言ったのだ。


「君が、六年間の俺の仕打ちを過去のものにしてくれるのなら、どんなことだってする」


 だから、もう少しだけ離婚状の件は待ってくれと言われたが、離婚状がなくなったと公表すれば、反対派は民との約束を盾に、公然と二通目を要求してくるだろう。そのあとで、いけしゃあしゃあと盗まれた一通目が見つかったふりをして、再婚の無効を訴えるぐらいはやりかねない。


(そうなったら、完全に私達の再婚は政治問題になるし……)


 今すぐではないかもしれない。


(リーンハルトは、公表して犯人を捜した方が安全だというけれど)


 しかし、偶然見つかったふうを装い、その効力を主張されればどうなるか。


 リーンハルトが、健康で強権を握っている間はともかく――。


 先々、イーリスの血統の子を全て非嫡出子だと訴えて、ほかの王族を後継者に主張することぐらいはやりかねないだろう。


 離婚をしないのが一番だというリーンハルトは間違ってはいない。ただ、自分がそれで大丈夫かがわからないだけで。


「きっと、君との六年を過去のものにしてみせる」


 柔らかく笑って約束してくれた今朝のリーンハルト。ただ、その側にいるグリゴアについては、正直真意が見えない。


「リーンハルトは、グリゴアを信頼しているようだけれど……」


「陛下は信頼しているようですが、私は離婚状を何度もせかしてきたグリゴア様が、イーリス様のお味方だとはとても思えません! だったら、離婚をやめるように説得するべきじゃないですか!」


「うーん……」


(それは、そうなのよね……)


 ほのかな湯気をあげる紅茶に口をつけたが、確かにコリンナの言うとおりだ。


「本当にリーンハルトのために離婚をやめさせたいのなら、陽菜を王妃宮に入れたりしないだろうし、ましてや、離婚状を何度もせかすだなんて――」


「そうでしょう? 絶対に陛下はだまされていますよ!」


 幼い頃の先生かなにか知らないけれど、野望をもてば人間なんて変わりますしねと、コリンナは息巻いているが、それにしては妙な気もする。


 本当に――離婚をさせたいのなら、なぜ王妃宮から追い出したのか。


(王妃ではないと示すため? それにしては、私の行き場をなくすような姑息な真似を――)


 あれで、ハーゲンの申し出がなければ、自分の行き先は野宿かリーンハルトの宮殿しかなくなっていただろう。


 いや、リーンハルトの独占欲から考えるに、後者の可能性が限りなく高い。


「うーん、なんか腹の底が見えないのよね……」


 ――冷静に考えてみれば、本当に自分を王妃の座から追い落とそうと思っているのか。


 こくっとお茶を一口飲んだ時だった。


「恐れながらイーリス様。私もグリゴア様は信頼するには危険な相手かと……」


 側で、朝食の片付けをしてくれていたハーゲンが改まって声をかける。


「昔から切れ者と評判の方ですが、陛下に恩があるので、陛下のためならなんでもすると言われてもいます。イーリス様と陛下の不仲の噂は、よくご存知でしょうし……」


「恩?」


「はい。なんでも身分違いの結婚を一族の反対を押し切ってされたせいで、実家から勘当されたとかなんとか……。妻子共々困窮を極めていたところを、陛下に拾われて指導役に任命されたという話です」


「なるほど」


 あれだけ、リーンハルトが信頼している理由もわかった。かちゃっと銀製のカップを皿に置く。


 つまり、グリゴアにとってリーンハルトは返せない恩義のある相手なのだ。そして、リーンハルトもグリゴアが自分を大切にしていることだけはわかっているから、真意が見えない。


「ならば――私の味方かどうかは見極めないといけないわよね?」


 一度試してみた方がいいかもしれない。本当に、この件にかかわっているのかどうか。


 だから、イーリスは皿にのせたカップをテーブルに置くと、ハーゲンとコリンナを見つめた。


「一度、かまをかけてみようかしら? ハーゲン、なくなった離婚状を入れていた箱はどこにあるの?」


「えっ!?」


 驚いたように、ハーゲンが顔をあげたイーリスの眼差しを見つめている。


「それは……私の部屋にございますが、あの箱で一体なにを……」


「ちょっとした確認よ。それと、前にハーゲンが提案してくれていたことをお願いしたいの」


 頼まれてくれるかしらと尋ねるイーリスの笑顔に、ハーゲンは不安そうにしながらもおどおどと頷いた。



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