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第7話 相手の真意

 

(さて、朝食もすませない内にきてくれた無作法ものをなんと言って、出迎えてやろう――)


 なにしろ、昨日剃髪まで勧めてくれた相手だ。決して、爽やかな朝の挨拶などではない。


「ハーゲン、コリンナ。陽菜を守って」


 振り返ってみれば、連れ戻されにきたと理解した陽菜が、カーテンの陰に隠れるようにしてかたかたと震えている。


「相手の人数は?」


「グリゴア様お一人です!」


(ならば、兵士までここにつけなくてもなんとかなるだろう)


「念のため、入り口の衛兵に、許可をしていない者が玄関を通ることは許さないと伝えておいて」


 イーリスの指示を聞いたハーゲンが深く頷いて、ほかのメイドに指示を出している。この指示が伝われば、勝手に陽菜を連れていかれることは防げるはずだ。


 だから、部屋の奥で震えている陽菜を守るようにして、ハーゲンとコリンナが立ち、その手前にイーリスが立って、グリゴアを出迎えた。


 怒っているか――と思ったが、相手は黒い髪の下に不敵な笑みを浮かべたまま佇んでいる。


「――やってくださいましたな」


 ぱらりと用意していたレースの扇子を開いた。逃亡先で、なにかあった時の換金用として嫁入り道具から持ち出したものだが、骨を貝の透かし彫りで作られた繊細な白レースのそれは、動かす度にほかを圧するような光を放つ。


「当たり前でしょう?」


 常人ではもてないほど高価な細工物を、自分が何者であるかを告げるようにして動かした。


「私は、陽菜に身の安全を約束しました。これは、もちろん彼女をなんの陰謀にも関わらせないことも意味します」


 はっきり言って、逃亡中これを売れば一発で足がついたわね……と、思えるほど扇子は手の中で、荘厳な白い光を放ち続けている。


 だが、それは同時に、王妃ではなくなっても、イーリスの生まれが王族であるということ。そして、この世界で今ただ一人認められた聖姫だという位を見せつけるには、十分すぎるほどの威圧感だ。


 ひらりと扇をかざすイーリスの仕草を、グリゴアは細めた目で見ていたが、やがて後ろで震えている陽菜に目をやった。


「なるほど」


 静かに、笑みを浮かべる。


「部屋に置かれていた、陽菜様をイーリス様が預かられるという旨の書状。そこには、確かに陛下も認めるというサインが入っておりました。ならば、私が否定できる筋合いのものではございません」


(おや?)


 意外と話がわかるのだろうか?


(それならば、リーンハルトに命令で伝えてもらえば大丈夫だった?)


 いや――と、唾を飲み込む。本来ならば、イーリスに出し抜かれて悔しいはずだろうに、なにかを奥に秘めたように微笑んでいるこの男の思考は読めない。


「それに、陛下が毎日イーリス様のところへ来られると約束されたのならば、むしろこちらの方が、陽菜様と陛下の交流も増やせるかもしれませんし――」


(ちっ!)


 思わず心で舌打ちをする。


 やはり、こういうタイプだ。転んでも、決してただではおきない。かえって、陽菜とリーンハルトを接近させられるチャンスと踏んだのだろう。


「そうかもね。ただ――」 


(肝心の陽菜が、この調子だけれど大丈夫なのかしら?)


 思わず、後ろを振り返ってしまう。そこでは、今まさに話題になっている陽菜が、陛下の名前に震えながら、泣きそうになっているではないか。


「陛下……来る、毎日……」


 余程、剣を突きつけられたのが堪えたのか。今の陽菜には、リーンハルトに会うという行為が、本当に苦行らしい。


「この状態で会っても、どうにもならないと思うけれど……」


 思わず声に出たが、グリゴアはくすりと笑うばかりだ。


「ところで――昨夜、王宮書司官が陛下の離婚状を保管するために、使いの到着を一晩中待っていたようなのですが……。まだ到着していないようです。これは、いかに?」


(うっ!)


 完全に嫌なところをついてこられた。まさか逃げられたとはいえないし――。


 目の前で、グリゴアはふんと笑っている。そして、紫の瞳でイーリスを見つめた。


「イーリス様、私のことを嫌なことをせかす男だと思っておられますよね。ですが、私は怒っているのですよ」


(怒る?)


「なにを……」


 ――初めてあったイーリスに対して、一体なにを怒るというのか。


 しかし、グリゴアは瞬きすら逸らさせない。


「だいたい、陛下ときちんとやり直しをされるつもりがあるのかどうか――。やり直すと言いながら、離婚を希望。その離婚さえも、百日たてば再婚などと言っておられますが、私から見れば、まだ離婚すらせず、だらだらと同じことを繰り返そうとされているだけに思われます。それならば、いっそこの離婚を契機に潔く二人とも別れて、互いに違う幸福を探された方が早い。――こうは、思われませんか?」


「つまり、別れるならさっさと出て行けということ?」


「平たく言えば。陛下がイーリス様にご執着なさっているのであれば、尚更。今までと同じ関係を続けるのよりも、二度と手の届かないところへ行ってくださった方が、よほど陛下も新しい幸せを掴めるというもの」


(この――!)


 ふっと相手が笑った。


「どうせ、今のままでは前と同じことになるでしょうし」


「離婚はするわ!」


 ばっと貝細工の扇を広げた。


「その上で、やり直すか決める! これは、お前に言われたからではなく、二人がきちんとやり直すために必要なことだからよ!」


 叫んだが、グリゴアはふんと鼻を鳴らす。


「左様で。ならば、身一つでどこまでできるのか見せていただきましょう。本当に、あの陛下から離婚を勝ち取れるのか。そして、やり直すことができるのか。私からすれば――イーリス様? あなた様も陛下と同じくらい傷だらけに見えますがね?」


 見透かされたような言葉に、一瞬指の先が冷えた。


(本当にできるのか――)


 それは、自分のうちで、この二日、何度も問いかけた言葉だ。


 ぐっと握りしめて、震えそうな手をごまかすのに、更にグリゴアは追い打ちをかけてくる。


「そういうことなら、今日にはご提出くださいますね? 一日も早いほうが、ようございますし」


「わかったわ――今日、リーンハルトが来たら、必ず書いてもらうから……」


(本当に食えない……)


 この薄い笑み。ただ立っているだけなのに、圧するように話してくる雰囲気は、タイプが異なるとはいえ、さすがはリーンハルトの指導役というべきか。


 だが、相手はすっと唇を緩めた。


「それならば、ようございました。ああ――それと、離婚されるならば、王妃様には慣例であった陛下との朝食の席は、ぜひご辞退していただきたく――」


 ゆっくりと身を屈めながら、にやりと笑う。


「もう、王妃ではなくなられるのですから」


(こ、の……!)


 どうしても、リーンハルトと別れさせたいのか。


 しかし、相手の言い分は真っ当で、どこにも隙はない。だから、ぎゅっと扇子を握りしめた。


「わかったわ……」


 たった今、離婚をすると宣言したのは他ならぬ自分だ。


 相手の計略に嵌まったとも思うが、今は慣例を貫き通すだけの理由がない。


「ああ、そうそう」


 怒りで、握りしめたイーリスの手が小刻みに震えているのに気がついたのだろう。ふっとグリゴアが顔を上げて笑った。


「貴族達の間では、イーリス様が陽菜様の失脚を企んで、王の怒りに触れたために、離婚して追放されたとの噂がたっております。これを払拭させるためにも、ぜひ一度改めて、イーリス様を王の次の婚約者候補として披露目の席を設けたいのですが……」


 今のイーリスが、ドレスなどは持っていないことを百も承知で尋ねてくる。


(どうしても、私に諦めさせるか、恥をかかせて追い出したいようね?)


 だけど――と笑う。そこまで侮ってもらっては困る。なにしろ、こう見えてもこの国で王妃として、六年間貴族達の権謀術数と渡り合ってきたのだ。


(いいわ! やってやろうじゃないの!)


 ぴんと背筋を伸ばしなおすと、大胆に微笑んだ。


「結構ね! ぜひお願いするわ」


 今までと、急に態度を変えたのが不思議だったのだろう。相手の笑っていた目が、少しだけ細められる。


「すべての貴族を招くので派手なパーティになりますが、ご準備などは大丈夫ですか?」


「ええ――もちろん。元王妃として。そして、聖姫として最高の装いで出席してあげるわ」


 決して、思い通りになって負けたりなどしない――。


(私に恥をかかせて、永久に王宮から追い出したいのでしょうけれど――)


 ふっと笑う。


(甘かったわね! 離婚しても、私は元王妃! その私と駆け引きでやりあおうだなんて――!)


 第一、自分が離婚をするのは、リーンハルトとやり直すためだ。


 ここでお前の思い通りになって、むざむざ王宮を追い出されたりはしない。むしろ返り討ちにしてやろうじゃないと、強い瞳で見つめると、グリゴアはすっと身を起こした。


「承知しました。では――また、改めて日取りなどをお伝えしたいと思います」


 たった三枚のドレスでどうするつもりなのかと、面白そうに窺う紫色の瞳を、イーリスも負けじと不敵に睨み返した。 


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― 新着の感想 ―
グリゴアは、離婚するなら王妃じゃないというのは詭弁であり不敬罪に値することはわかった上で、王と「現」王妃を蔑ろにしているのだろう。リーンハルトを傀儡として国を実質的に支配する(もうしている)つもりなの…
[気になる点] 離婚する予定だとしても立場はまだ王妃。王妃か王妃じゃないかで言えばまだ王妃。それを言い負かされてるあたりもう負け確では。リーンハルトの王としての立場すら軽んじてると思う。
[気になる点] なぜ不敬罪が適用されんのだこいつ
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