第26話 守ってくれる手
「リーンハルト!?」
信じられない。どうして、今リーンハルトが自分の目の前で、左肩を矢に射貫かれているのか。
抱かれたまま驚いて見上げたのに、逆にリーンハルトのアイスブルーの瞳は、必死で腕の中にいるイーリスの姿を覗き込んでいる。
「大丈夫か、イーリス!?」
(どうして――なぜ、こんな状態で私のことを心配するの?)
痛い思いをしているのは、リーンハルトなのに。だから、見つめてくる瞳を正面から見つめ返した。それでも、突然の事態に顎が震えてくる。
「え……ええ。私は、あなたが庇ってくれたから」
震えながらやっと答えた時、背後でがさっという音がした。おそらく椿の常緑樹の間からだろう。微かに動く影に、リーンハルトの手が、腰に下げていたサファイアを埋め込んだ短剣に伸びる。
「そこか!」
そして、怪我をしたのとは逆の右手で、素早く投げた。
ざくっという鈍い音がしたが、どうやら致命傷にはならなかったらしい。そのまま木立の奥に傷ついた手を押さえながら走って行く灰色のフードをかぶった人物がみえる。
「追え! あいつがイーリスの命を狙っていた犯人だ!」
「はい!」
叫んだリーンハルトの声に、側にいた侍従が、護衛の騎士達を急いで犯人が逃げた方向へと追わせている。
「あの短剣には、対暗殺者用に傷口が腐る魔力がこめられている! 犯人の体には、どこかに傷跡があるはずだ!」
叫びながら指示をしているが、次の瞬間、リーンハルトはがくっと片膝を赤煉瓦の上についた。着ている青い服に土の汚れがつくが、リーンハルトの表情がそれどころではないことを物語っている。
「うっ……」
「リーンハルト!」
慌てて傷口をみると、かなり深い矢傷だ。鏃が根元までリーンハルトの肩の肉に食い込み、切り裂いた隙間から赤黒い血が迸るように流れ続けている。気丈に動いてはいたが、本当はとても痛いのだろう。いつも端正なリーンハルトの顔が苦痛に歪み、辛そうに唇を噛みしめているではないか。
「だ、誰か……」
(どうしよう。嫌よ、もしリーンハルトが死んでしまったら……)
こんな深い傷は自分ではどうすることもできない。せめて止血をしようにも、ここから心臓に近いところなんて、どうやっても縛ることができないのに!
「誰か! お願いよ、ツェルガー医師を今すぐここに呼んできて!」
もしもリーンハルトになにかあったら――。考えただけで、手足が雪に触ったように冷たくなってしまう。
「お願い! だれか、リーンハルトを助けて!」
どうしてこんなに怖いのか。わからないままリーンハルトの頭を抱きしめて叫ぶイーリスの姿に、リーンハルトも、そして周りにいた者達も驚いた顔で、急いで傷ついた王の下へと駆け寄ってきた。