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24/202

第24話 味といいね

 

「できました」


 明るい声で、銀の盆にのせた料理を二人が食堂へ運んで来たのは、厨房に入ってから、二時間ぐらいがたった後だった。


 なにしろ、竈も道具も全てが中世仕様なのだ。二人とも、慣れない道具にかなり格闘して時間を使ってしまったことは否めない。


(だけど、これなら食べてもおいしいはずよ!)


 我ながら自信作の味付けだ。蓋をした銀の盆を見ながら、イーリスは思わずほくそ笑んでしまった。そして、持っていた銀の盆を陽菜と同時に、白いテーブルクロスがかけられた長い机の上に置く。


「さあ、どうぞ召し上がれ」


 もう時間は昼時になっていたのだろう。二人が抱えてきた銀の盆から立ち上る香りに、座っている人々の目が、一斉に見つめてくる。


 銀の蓋がかけられてはいるが、お盆から立ち上る香りは、否応なく食欲を刺激してくるものだ。


(当たり前よ! だって、これは私の裏技中の裏技なんだから!)


 はっきり言って、料理は得意ではない。けれど、これさえあれば料亭並み――――とはいかなくても、ちょっと素人とは違う味つけが出せる。


 今回もうまく作れたと確信させるお盆からの匂いに、イーリスは自分で頷くと、隣の陽菜と一緒に銀色の蓋を持ち上げた。


 一番奥に座っているリーンハルト、その左隣に座るマリウス神教官。そしてマリウス神教官の更に下位に座るヴィリ神官が、一斉に蓋を持ち上げられた銀の盆を覗きこむ。


「おおっ」


 そこには、二種類の料理が、白い食器にのせられて温かな湯気をあげていた。


 陽菜が開けた銀の盆の中にあったのは、皿と同じ白い料理。フランスパンのような生地をくりぬいて作られた器に、ホワイトソースがかけられ、所々が香ばしいきつね色の焼き色になっている。ホワイトソースの中には、星形に切り抜いた干しかぼちゃや干し人参がかわいらしく並べられ、周囲には、星を包むように緑の乾燥キャベツが小さな森を作っている。その間を、キノコをくりぬいて作られた小さな船が浮かんで白い海を漂っていた。


 刻んだ青ネギは戻してから、焼いた後にちりばめたのだろう。青い線で、波を表現している。


「乾燥野菜の天の川グラタンです。折角固めのパンがあったので、中をくりぬいて焼いてみました」


 パンが崩れやすいので皿に入れたまま召し上がってくださいねと、陽菜が得意そうに料理の説明をしているが、確かに見ているたけでかわいらしい。まるでおとぎの国から抜け出してきたような食べ物だ。


(確かに――SNSでたくさんいいねをもらったという話に嘘はないようね!)


 歯噛みをしたくなるが、グラタンだといわれなければ、お菓子屋の店頭に並んでいてもおかしくはない見た目だ。


(それに比べると、私は……)


 先ほどまで自信があったはずなのに、隣に並ぶ見劣りのする皿を見れば、自然と目が泳いでしまうのも仕方がないだろう。


 事実、前に置かれたリーンハルトもイーリスが作った物がわからないらしい。普段では見ないほど、アイスブルーの瞳がきょとんと丸く開いている。


「これは……スープ?」


「いえ、ごった煮ではありませんか? 私の生まれたところでは、食べるものがない時に、よくこうしてあり合わせの野菜を適当に煮込んだ料理を作っていましたよ」


「違うわ! 肉じゃがよ!」


 放っておけば、勝手なことばかり言う。両手をテーブルについて、ヴィリ神官に叫んだが、相手は意に介さない顔だ。


「ですが、これはもう勝負があったでしょう。美しい、芸術品ともいえる陽菜様の料理に対して、イーリス様のは――――いえ、王族の生まれという高貴な身分で、よく頑張られたと健闘をたたえるべきだとは承知していますが……竈で焦がされたのなら、素直に言われるべきでしょうに」


(人がおとなしくしていれば、更に勝手なことばかり――――)


 完全にイーリスの料理を鼻で笑っている。 腹が立つが、白くてかわいい陽菜の料理に並んだイーリスの肉じゃがは、確かに野菜のごった煮といわれても仕方のない外見だ。


 先ず色が、どうしても醤油特有の暗い色に染まってしまっている。野菜全体が、独特の茶色に染まって、彩りという点では華がない。しかも、乾燥野菜を使用しているために、普通の野菜で作ったような瑞々しさも感じられないのは、印象としてはマイナスかもしれない。


「だけど、味はおいしいわ! 先ず、食べてから判断してよ!」


(だって、これは牡蠣醤油で作っているのですもの!)


 肉じゃがは、普通醤油で味付けをするのが一般的だ。


 しかし、イーリスは、転生前、肉じゃがが大好きだった。数少なく自分で作っても食べたい料理で、醤油を切らしている時でも食べたくなり、つい残っていた牡蠣醤油で作ってしまったのだ。


 不安だったが、一口食べたその旨味といえば――――。独特の甘さと、芳醇な旨味にこれは大成功だと自ら舌鼓を打ったのを覚えている。


 それから、何度も作って食べたので、調味料の使い方もすっかりうまくなり、友人からも数少なく褒められる料理になっていた。


(だから、おいしいはずなのに――!)


「ですが、この見た目では……あまり期待ができなさそうですし。第一」


 恭しくヴィリは、陽菜の料理を手に掲げる。


「食べるまでもございません! 陽菜様の料理のこの神聖なまでの白さ。そこに使われた野菜の彩りは、まさに宝石とも言える至高の美しさ。かぼちゃのトパーズ色、人参のルビー、更にキャベツのエメラルドと揃い、――まさに、絶品! これだけで、もう味も期待できるのは間違いありません!」


 空に皿を持ち上げて、これぞまさに聖姫の味と叫んでいるが、お前はどこの食レポタレントだといってやりたくなる。


(まさか天に掲げて、料理を讃えるなんて――ごらんなさい。逆に陽菜がいたたまれなくなっている)


「あ、あのヴィリ。もうその辺で……」


「いえ、これでも少ないほどにございます。このまろやかさは、陽菜様のお優しいお心のよう。添えられた野菜の美しさは、美を愛する陽菜様の清いお心そのままです! これ以上の採点などございません! 陽菜様の圧勝にございます!」


(こいつ! 陽菜に勝たせたいからって、よくもそこまで――)


 しかも今言った内容では、見た目が黒くて、華やかさがないイーリスの料理からは、今陽菜を讃えた心根の美点が一つも見えないといっているのも同然ではないか。


 ぎろっとヴィリを睨むと、そのまま上座に座るリーンハルトに目を流した。


 だが、二つの皿を前にしたリーンハルトは、組んでいた手をほどくと、ゆっくりとスプーンを手に持つ。


「とにかく。両方を食べてみよう」


「そうですね。勝負は、食べて判定すべきですし。料理が見た目だけとは限りませんから」


(マリウス神教官! フォローしたつもりかもしれないけれど、それは見た目が悪いといっているのと変わらないから!)


 それだけに今は、食べることを促してくれたリーンハルトが救いの神のように見えてしまう。


(いやいや、だめよ。むしろあいつが元凶なんだから)


 どちらかといえば、悪魔を連想するべきだったのに。


 けれど、イーリスの料理を一匙食べたリーンハルトは、動きを止めた。


(どうしたの!? 日本食が初めてで、なじめなかった!?)


 悔しいが、ヴィリ神官が陽菜寄りの意見を出すのが目に見えている以上、リーンハルトには中立を期待するしかない。


(だけど、どうせ陽菜の肩を持ちたいのでしょうけれど――)


 それならそれで、きっぱりと別れて、陽菜と再婚しなおせばいいではないか。


 しかし、一度止めた口を更に噛んで飲み込んだリーンハルトの唇は、予想もしない答えを紡いだ。


「うまい」


「え?」


 きょとんと目を開く。


「ええええっ!?」


「おや、本当ですね。見た目は茶色いですが、ほのかな甘みの中に、なんとも言えない野菜と調味料のハーモニーがします」


 マリウス神教官の咄嗟の言葉に、ここの神官は全員フードコメンテイターなのかと疑うが、素直に告げられた感想にイーリスの頬にも赤味が戻ってくる。


「それは貝の牡蠣と、大豆から作られた調味料なんです。独特の味わいが、乾燥野菜のぎゅっとつまった旨味ともよく合うと思って使いました!」


 うれしい。まさか、この世界でも自分の料理を認めてもらうことができるなんて。


 見れば、リーンハルトは更にもぐもぐと白い皿に盛った野菜をつまんでいるではないか。


(まさか、こいつがこんなに私の料理を食べてくれるなんて――)


 お世辞にも、王宮のシェフに並ぶ料理とはいえない。それでも、食べ続けてくれる姿に、イーリスが少しだけ嬉しい視線で見つめた時だった。


「待ってください! それなら、私のも食べてください!」


 突然三人の机に乗り出すように、どんと皿を押し出したのは、今まで隣で見ていた陽菜だ。


「私は、この料理でいいねを2011個ももらったんです! 絶対に負けたりするはずがない自信作なんです!」


 言うや、更にずいっと身を乗り出してくる。


「そうですね、では陽菜様のも一緒にいただきましょう」


 マリウス神教官の言葉で、三人とも陽菜の料理に匙をつけたが、すぐにそれぞれの顔が変わる。


「ほう」


 感心したように、マリウス神教官が頷いた。


「確かに、これは見た目だけではありませんね。ホワイトソースもよく練られ、散りばめられた野菜がそれぞれの持ち味を生かしあっている」


「でしょう?」


 笑う陽菜の顔は、まるでえへへというように、少し得意そうだ。


「これならば、陽菜様の勝ちです! イーリス様も、陽菜様も、どちらもおいしい料理を作られた! それならば、見た目も美しい陽菜様の方に軍配があがるのは当然」


 この隙を逃さないようにヴィリ神官が言い立ててくる。


「料理は味だけではありません! 見た目、盛り付けの華やかさ、それら全てを含んで料理という芸術になるのです!」


(だから、神官をやめて、食レポをやれば!?)


 それとも、神殿では、神に食べ物を捧げるために賛美する能力は不可欠なのだろうか。だったら今度、ギイトにも試してみよう――と思うが、ヴィリ神官の言うことにも一理ある。


 反論できなくて、ぐっと前に座るリーンハルトをにらみ据えた。


「陛下――私は、どちらもおいしいと思います。陽菜様の料理は、見た目にも気を配りまさに完璧です。対して、イーリス様の料理は見た目は素朴ですが、味では決して劣るものではありませんでした。また、聖女志野様が伝えられた調味料の新たな使い方を発見されるという御業(みわざ)をなされました。私としては、イーリス様の聖女としてのこの功績を捨て去るのは大変惜しく、評価したいのですが……」


 ごくりと皆の目がリーンハルトに注がれる。


「それでは、互いに一票ずつになります。ですので、私は、王の判断に第二試合の決定を委ねようと思います」


 四人の視線が、じっとリーンハルトの表情に注がれた。どちらの料理を選ぶのか――一瞬だが、息のつまる様な沈黙が流れる。


(お願い! せめて中立にして!)


 そうすれば、位が上のマリウス神教官の意見が通る可能性が高い。


 祈るように見つめる前で、持っていたスプーンをことんと置いたリーンハルトの手は、再度机の上で組み合わされた。


「ならば……勝負はイーリスの勝ちだ」


「ええっ!? どうして!? これは二千人以上がいいねをしたのに!?」


 驚いて、身を乗り出してくる陽菜にもリーンハルトは静かに答える。


「確かに、陽菜のはかわいくて味もおいしかった。だが、イーリスの料理は、マリウス神教官も述べた通り、過去に聖女が伝えて、我が国では使いこなせていなかった調味料を生かせる方法を作り出した。見た限り、煮るか少し炒めるだけの作り方のようだが、逆にその手軽さこそが民には喜ばしい。鍋一つで、民の食事が豊かになる。それに――食べたことのない味だったが、なんとも懐かしい気分になるような、優しい深みのある味わいだったからだ」


「そういうことならば」


 嬉しそうに、マリウス神教官が頷く。


「では、このたびの聖姫試験の勝者は、イーリス様といたします。イーリス様。貴重な異世界での調理法をありがとうございました」


「えー、そんなあ! 私、イーリス様と一緒に王妃になっても、絶対に仲良くやっていく自信がありますよ!? それなのに、こんな…… あんなにたくさんのいいねをもらった料理で負けるなんて……」


 信じられないように、陽菜がへなへなとその場にうずくまってしまう。


 けれど、まさかあの状況から勝てるとは思わなかった。


(やったわ、ギイト! それにコリンナ!)


 初めて告げられる勝利の宣言に叫びたくなってしまう。


 やっと、陽菜に一矢を報いることができた。心の中でこっそりガッツポーズをしてしまう。


「ありがとうございます。マリウス神教官様」


 優雅にお辞儀をして、にこやかに勝利宣言を受けたが、心の中では勝利の喝采でいっぱいだ。


(これで、やっと陽菜に勝てたわ!)


 やっと離婚に向かって歩き出すことができる。絶対に陽菜やリーンハルトの思い通りになどなってやるつもりはない。


 ただ――――全てを手放しで喜べないのは、最後が自分との離婚を拒んでいるはずのリーンハルトの一声で決まったからだろう。


 だから、つい、イーリスを嬉しそうに見ているリーンハルトを、ぎろっとにらみ返してしまった。


(なんだかんだ言ったって! やっぱりリーンハルトだって、私と離婚したいんじゃない!)



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