第22話 第二試験
試験会場は、昨日とは違い一階の奥にある部屋だった。
白い壁には、動物の姿が漆喰で描かれ、控えめに飾られた春の川の絵と合わせても、どこか落ち着いた感じがする。よく磨き込まれた赤茶色の木の床もそう感じさせるのだろう。中央には、一つの長いテーブル。そして、左右に並べられた椅子を見れば、ここはどうしても騎士達が使う食堂としか思えない。
「ここが第二会場?」
なんとなく試験の内容がわかったような気がして、イーリスは思わず目を眇めてしまった。
先に来ていたのだろう。奥にいた陽菜が、イーリス達が入ってきたのに気がつくと、それまで話していたヴィリ神官から離れて、こちらへとやってくる。
手前まで来て、若草色のドレスの裾をにこっと持ち上げた。
「イーリス様。この間の夜会では失礼しました!」
(えっ!?)
突然なにをいうのかと固まってしまうが、陽菜は無邪気に笑ったまま礼の姿勢から手を戻していく。
「実は、あのあと陛下に、なにか勘違いをしていないかよく思い出してくれと頼まれたんです」
「えっ!? リーンハルトが?」
まさかと思い振り返ったのに、あまりに勢いが強かったからか。リーンハルトは、少しだけ首を後ろに反らして驚いている。その様子に微笑みながら、陽菜はまるで記憶を辿るかのように、頬に指をあてて斜め中空を見つめた。
「それでよく考えてみたのですけど。確かにあの時、イーリス様の指は私の背中に当たってはいましたが、押されたのかというと……ひょっとしたら、自分で絨毯にけつまずいたような気もしますし」
白々しい! まさにその一言につきる。怒ろうとイーリスが口を開こうとしたのに、それよりも先に、陽菜が無邪気に身を乗り出してくる。
「だから! お詫びします。ごめんなさい。もし必要なら、皆さんの前で、私の勘違いでしたと証言しますから」
(軽い!)
逆に、王妃失脚という大事件を仕掛けたにしては、あまりにも邪気のない陽菜の態度に目眩がしそうになってしまう。
「……なんで、今頃……?」
思わずくらりとなる頭を押さえて、倒れそうになる体を、踵に力を入れることでなんとか踏みとどまった。
「だって、私、本当はイーリス様と仲良くなりたかったんです。だけど、王妃は一人と聞いていたから。でも! 私が勝って、二人で一緒に王妃になるのなら、これからは仲良くしてもかまいませんよね? だから、よろしくお願いします」
笑う笑顔は、まるで花の精のようだ。フリルがたくさんついている薄緑のドレスをひらりと翻すと、そのまま言いたいことを言ったというように、元の場所に戻っていく。
「ひ、陽菜様……! 王妃はあなたにこそふさわしいのですから……」
「なんで? 陛下は、私が勝ったら、イーリス様と一緒に王妃にしてくださるといっていたわ。それなら、それでいいじゃない?」
きょとんとした声で返事をしているが、聞けば聞くほど、イーリスの握った拳が、わなわなと震えてくる。
「ふっ……」
(ふざけないでよ!)
あそこまでの事件を起こしておいて! ごめんですむなら、司法も裁判もいらないと思うが、それ以上に二人の王妃と笑いながらいった陽菜の気持ちが信じられない。
(なに? あなたにとってリーンハルトは、誰かと共有してもよいと思えるような相手なわけ!?)
自分以外に伴侶がいて、自分以外とも夜を共に過ごす――――。
確かに、昔の大名家にはよくあったのだから、リエンラインの王室にあってもおかしくはないのかもしれない。
だけど!!
(馬鹿にしないでよ! だったら、あなたを好きなリーンハルトの気持ちはどうなるの!?)
たしかに、王の面子とはいえ、好きな人と一緒に、王妃を二人並べるだなどと言い出す男は信頼できないのかもしれない!
(それはわかるわよ! 私だって、いわれた方だったら、なにを考えているのこの男! って怒るのに違いないもの!)
むしろ怒りたかった。あの瞬間、跳び蹴りが許されていたのなら、きっと実行したぐらいには呆れた発言だった。
とはいえ、それではもう一人の妻と一緒に夫を分け合いましょうなんて、普通ならば思えることではない!
(なに!? つまり、陽菜にとってリーンハルトは独占したいほど好きなわけではないということ? だから、自分が王妃にさえなれたら、ほかの女と夫を共有してもよいだなんて――)
ふざけるなと叫んでやりたい。
(そりゃあ、戦国時代や、大奥。ましてや、平安ならあったわよ?)
だけど、どの時代の女達も好き好んで受け入れてきたわけではないはずだ。むしろ、どの時代もそうしなければならない現実に心を痛めて苦しんできただろうに。それを笑顔でいうだなんて――。
(負けられない!)
思わず俯いていた顔をあげて、きっと金の瞳で前を向いた。
(冗談じゃないわ! 私は、リーンハルトにもきちんと幸せになってほしいから、離婚をするの! 絶対にほかの人と共有してもよいだなんて、生半可な気持ちで切り出したのではないのだから!)
第一、先ず前提条件として、陽菜の中で自分が負けることになっているのに腹がたつ。
背筋をぐっと伸ばして前を向くと、ずんずんと歩き出した。食堂の大窓から降り注いでくる光は、きらきらとイーリスの金髪を美しく輝かせているが、とても今は優雅に振る舞える気分ではない。
そして、長い机の奥、陽菜が立ったのとは反対側に歩を進めると、きっと挑戦的に陽菜の黒い瞳を見つめた。
次から第二試合本番です‼
もちろん、謝ったら終わりではありません。