第134話 瞬く希望②
イーリスの纏っている服の隙間で、外には漏れないほどの光が繰り返されている。チカチカと瞬くのは、リーンハルトからの通信の知らせだ。
すぐに出たいが、ジールフィリッド王にこのことを知られるわけにはいかない。
咄嗟に、イーリスはティアゼル姫に、助けを求めるように視線をやった。
イーリスの視線になにかを感じたのだろう。
一度だけ睫をしばたたくと、すぐに父親のほうへ向き直る。
「ならば、怪我人をいたわって、少しは休ませてあげてほしい。いくらなんでも、誘拐した犯人のいるところでは、イーリス姫もくつろぐことなどできまい」
「父親に対して言いたい放題だな」
「代わりに、久々に娘の私が相手をしてやろう。フレデリングに会うときの、手土産を一緒に見繕ってほしい。不服と言うのなら、すねるぞ」
首を傾げながらのティアゼル姫の最後の言葉には、さすがにガルデン王も笑った。
「わかった。では、今は久々に愛しい我が子の相手をするか」
ではイーリス姫、とこちらを見ながら軽く会釈をする。
「また、明日」
ジッとイーリスが見つめる前で、ジールフィリッド王は、ティアゼル姫と一緒に扉を出ていく。
パタンと扉が閉まる音がした直後、急いでイーリスは服の切れ目に手を差し込んだ。
(お願い! まだ光っていて……!)
焦るような気持ちで取り出せば、通信装置はまだ小さな光を繰り返しているではないか。
その様子に、慌てて教えられていた羽の一枚を押した。
羽が、底まで下がるのと同時に、装置の中央にある石からパッと光が広がる。
その中に、焦ったような表情で、こちらを見つめている姿があった。
「イーリス!」
響いてきた声に、泣きたくなるほど嬉しくなってしまう。銀髪の姿が浮き上がり、アイスブルーの瞳を見開いた姿が、こちらへと必死で叫んでいるではないか。
「リーンハルト……!」
(よかった……無事だったんだわ……)
もし、もう刺客の手にかかっていたら、どうしようかと思った。傷つけられた姿を想像しただけで、全身が冷えていく心地がしていたから、今元気な姿を見ると、心がホッと温もっていく。
思わず涙が出そうになった。
瞳が潤んでいるのに気がつかれたのだろう、光の中でリーンハルトが焦ったように叫んだ。
「大丈夫か!? イーリス! なにかされたのか」
おそらく、イーリスの頭に包帯が巻かれてもいるからだろう、心配しているリーンハルトの声に、首を静かに横に振る。
「ううん。私は大丈夫。攫われたときに殴られて少し怪我をしたけれど、たいしたことはないわ」
「怪我!? 殴られたってどんな怪我を……!」
「本当に大丈夫。表面が切れただけだから、もう血も止まっているし」
心配かけないように話し、おそらく、包帯もすぐに外せると思うと伝えると、光の中でリーンハルトが明らかにホッとした顔をしている。
そして、ジッと見つめてきた。
「イーリス、本物の君は、今どこにいるんだ?」
その言葉で、側にいるのが偽物だとすでに気がついていてくれたのだとわかり、嬉しくなってくる。だから、急いで返した。
「ガルデンよ。ジールフィリッド王がマーリンを使って、私たちを入れ替えたの」
「マーリン!?」
ここで出てくるとは思ってもいなかったのだろう、驚いた顔をしているリーンハルトに言葉を続ける。
「ええ。マーリンは、ポルネット大臣から、オデルが使って落とした仮面を渡されたそうなの。それを使って、私そっくりに化けて……」
「では、今俺の側にいる偽物のイーリスの正体は、マーリンだということか!?」
さすがに愕然とした顔をしている。それはそうだろう。幼い頃、婚約者になるかもしれなかったリーンハルトに恋着し、聖女を騙った挙げ句、今度はイーリスの姿になって二人を別れさせようとしてくるとは――。
ぎりっと、リーンハルトの唇が噛みしめられたような気がした。
「では――死んだという話も嘘だったんだな」
リーンハルトは、元婚約者候補の死にショックを受けていた。それだけに、騙された怒りが強く出てきたのかもしれない。
「ええ。マーリンの侍女も仮面を持っていたの。そして、マッサージのための女性を連れて、護送中のマーリンに近づいたの。そして、マーリンが持っていた仮面と侍女の仮面を使って、マーリン本人は脱出し、代わりにその女性がマーリンに見せかけられて馬車の事故に遭わされたのよ」
――こう考えると、最早不気味なまでの執着だ。ほかの人の命を使って逃げ、それでもさらにイーリスとリーンハルトを別れさせようとしてくるとは――。
(ジールフィリッド王が唆したとはいえ……)
それほどまでに、マーリンの恋心は深いものだったのだろうか。だとしたら、マーリンは、それを手放すことなんてできるのか――。
頭をよぎった考えに、一瞬イーリスが思考を搦め捕られている間に、リーンハルトは強く手を握り締めていた。
「わかった。まさか一度ならず二度までも――イーリス、君を陥れようとしてくるとは」
血を吐くような声だ。それにハッと我に返った。
「マーリンのこともだけれど、リーンハルト、あなた自身も気をつけてほしいの」
「イーリス?」
光の中で、俯いていた顔を上げられる。
「ジールフィリッド王は、あなたに刺客を向けると言っていたわ。私が攫われた時、マーリン以外にも、もう一人リエンラインの騎士に化けたガルデンの者がいたの。それにマーリンが、駆けつけたお兄様に、私や家族の命が惜しかったら話さないようにと脅していたし。そのガルデンの者が今も誰かに化けた姿で、刺客としてリエンラインに入り、リーンハルトの近くにいる可能性が高いわ」
「わかった。やはりフレデリング王子は脅されていたのか」
そう頷く姿に、あれっと首を傾げる。
「どうして、リーンハルトがそのことを……」
「最初、マーリンが化けたイーリスを見たときに、なにか奇妙な感じがしたんだ。変だと思っていたら、フレデリング王子が発音を変えた暗号で、『まがいもの』だと教えてくれた」
「お兄様が……」
「ああ、それですぐに合点がいったんだ。本物のイーリスとこうやって目を合わせる角度が、少しだけ違っていたから――」
「角度って……」
それは、それだけ毎日繰り返し目を合わせてきたということだ。やり直すと決めてからこれまでの間、毎日幾度も顔を合わせてきた。
知らず知らずのうちに、相手の目の高さを体が覚えるほどに――。日々のなにげない時間の積み重ねが、本物と偽物の違いに瞬時に気がついたことになる。
思わず笑みがこぼれた。
「そうね。私も気がついたら、リーンハルトの声には、いつも、自然と同じ角度で首を向けているわ」
ありふれた些細な日常――だが、積み重ねた時間の中で、たしかにこの人だからこそする動きが記憶されていたのだ。
「それだけではないぞ。笑い方がいつもよりも硬かったしな」
「仮面だからね。それにいくら真似ても、それは私の自然な笑みではないし」
ふふっと言葉がこぼれる。だが、その時だった。
突然、リーンハルトの上で、なにかが暗く陰ったように感じた。
ハッと気がつく。
見れば、天井から突然下りてきた黒い鉄の鎖がリーンハルトの首に巻き付き、息ができないようにして引きずり上げようとしているではないか。
「リーンハルト!?」
突然のことに驚くイーリスの前で、リーンハルトの姿は、通信機の光の中からはみ出すようにして消えた。




