三巻発売お礼小話 誕生日プレゼント
リエンラインで、イーリスの家族についてガルデンと交渉を始めるための返事を待っている頃、リーンハルトは、ひとつの悩みを抱えていた。
(もうすぐ、イーリスの誕生日だが……)
贈る物が、まだ決まってはいない。
王室御用達の商人たちから、時期を見計らって届けられる目録を机の上に並べながら、うーんと内心では呟いていた。
「その顔は、悩んでいるな」
明るい声とともに、リーンハルトがいる机に手をついてきたのは、従兄弟のバルドリックだ。
「なんだ、その前に並んでいるものからすると、奥さんへの誕生日プレゼントか?」
「察するのが早いな」
「まあ、この時期の恒例だからな」
もう何年も同じ光景を見てきたバルドリックは、リーンハルトを眺めながら豪快に笑っている。
「なんだ? 今年は悩む必要もないだろう?」
その言葉に、リーンハルトがきょとんとすると、バルドリックは自信のある笑みを浮かべたまま顔を近づけてくる。その言葉の意味がわからず、リーンハルトはアイスブルーの目を見開いたまま、年上の従兄弟を眺めた。
「なにかいい案があるのか?」
「そりゃあ、お前の誕生日に、自分が贈った婚約指輪の返しをもらったんだろう? それならば、今度の婚約者の誕生日に贈る物は、決まっているじゃないか」
――なんとなくだが、察しがついた。
思わず半眼になる。
「念のため尋ねるが、それは①プロホーズ、②イーリスの世界ではあるという結婚指輪、どちらを想定して言っている?」
「もちろん両方だ! 婚約指輪をもらったお礼を言い、改めて結婚指輪を差し出しながら、プロポーズをする! 君と一緒にいたい、これからの人生、朝も夜もずっと――。今の様子ならば断らないだろうから、相手が頷いたら、側実行だ!」
(やっぱり――)
予想が的中したことに頭を抱えたくなるが、拳は机の上でダンと握って、従兄弟を見つめた。
「ちなみに訊くが! そのお前の頭の中で、俺はイーリスに今なにをしようとしている?」
「なにって――そこはつっこまれたくないんだが」
「話せないようなことを考えているのか!?」
「いや……。理想としては、指輪を嵌めた手にキスをして、そのまま彼女を二人きりになれる別室に案内する――なんだが、どうしてだろうなあ。俺の頭の中で、お前が指輪にキスをした瞬間、相手の笑顔に幸せを感じて、抱き締めてしまったまま真っ赤になって動けなくなっているんだが?」
どうしたら動いてくれると真面目に従兄弟が尋ねてくるが、さすがにそれにはアイスブルーの瞳を大きく開く。
「そこまで俺のことがわかっていて! なんで、あえて難易度の高い選択肢を出してくるんだ!?」
「いや、でも勉強っていうのは、徐々に難易度を高くしていくもんだろ? そろそろチャレンジしてみるのはどうかなあと思ったんだが……」
なんでかなあ、俺の頭の中でお前が少しも動いてくれないんだよなあと、少し引き攣りながら話している。
「それは考えたが、却下だ」
「お? やっぱり難易度が無理だったか?」
それならば、俺の人の能力を見抜く目もなかなかだな、と呟いているが、理由は別なことだ。
「違う! それだと、結婚の際に指輪を贈れなくなるだろう!?」
「あ……!」
やっと思いついたというように、バルドリックが声をあげた。
「たしかに騎士たちの話でも、相手の誕生日に求婚するのはよくあることらしい! だけど、俺は! 婚約指輪を贈った時に、すでに求婚しているし、もう間もないからこそ、きちんと結婚した日に指輪を贈りたいんだ!」
「ああ、なるほど……」
そういえば、婚約指輪も婚約したあとだったしなと頷いている。
八割は本音だが、あとの二割のギルニッテイでのことは、従兄弟とはいえ、さすがになにがあったのかまでは話してはいないので、これで納得してくれたらしい。
ふと、銀色の睫を伏せると、イーリスとギルニッテイで一緒にすごしたデートの日のことを思い出す。
(イーリス……)
旅先での表情の一つ一つを思い出すだけで、心の中が温かくなってくる。ふわっとした感情に、顔まで微笑が広がった。
「それならば、どんなものを贈りたいんだ?」
リーンハルトが、つい思い出の中のイーリスの表情に浸っている前で、バルドリックは顎に手をあてながら尋ねてくる。その声に、リーンハルトは、現実に引き戻された。
「どんなものって……。それで悩んでいて」
「でも、いつもの年のようにその目録を眺めていないところを見ると、なにか贈りたいイメージがあるんだろう?」
「イメージというか……。ただ、イーリスが、俺が贈った婚約指輪を毎日身につけてくれているのが、とても嬉しかったから」
意見が異なっても、周りがどんなことを言ってきても、イーリスの指に自分の贈った指輪が輝いているのを見るだけで、彼女の気持ちが伝わってくるような気がした。
(――俺を好きでいてくれる)
自分が贈ったものを大切にしてくれている姿を見るたびに、そう心にふわりと響いてくる。
それが、どれだけ嬉しかったか。
「できたら……そんなふうに使ってもらえるものがいいなと思って……」
「ふうん」
口ごもりながら伝えると、バルドリックは兄のような笑顔を浮かべた。そして、ポンと肩を叩く。
「それは、いい考えだ。だったら、もっと悩むんだな。それについて考えれば考えるほど、それは、お前が奥さんのことを好きだっていう証なんだから」
そう励ますように言うと、ふと思いついたように添える。
「ああ、奥さんは装飾品はあまりたくさん身につけないほうなんだろう? だったら、今度は実用品がいいかもしれないな」
「実用品……」
そのつい繰り返したバルドリックの言葉が、心に残った。
だから、それからはどんなものならば、イーリスが身につけてくれそうかと考えていたのだ。
以前自分がもらったような携帯ペンか、化粧道具か――。
ペンはイーリスが喜んで使ってくれそうだが、もらった自分のほうの品は、イーリスの手作りというプレミアつきだ。それならば、自分も陽菜に方法を習って、手作りにするべきなのかもしれない。とはいえ、今はまだイーリスに内緒で、陽菜と二人で会って誤解をされたくはないし、第一見た者によってどんな噂にされるかもしれない。しかし、化粧道具にしたら、持ち歩くのは基本コリンナになるだろうし――と悩んでいた時だったのだ。
アンゼルと陽菜の件で、離れていても話せる装置のことを聞いたのは。
その瞬間、これだと思った。
(これならば、身につけてもらえるし、イーリスと離れている時でも話すことができる――)
どうしても外に出かけなければならない時、イーリスの体調が悪いと聞くと、いつも気にかかっていた。きちんと食事は取れたのか、あのあと悪化をしてはいないだろうか、と。
だから、離れている相手と話す装置と聞いて、すぐに興味をもったのだ。
もし、離れている間でも、イーリスと話すことができるのならば――。
そして、リーンハルトは今国境の砦で、ガルデンにいるだろうイーリスを思い浮かべながら、手の中の通信装置を見つめている。
あの時オデルに頼んだ装置が、今イーリスに異常な執着を見せているガルデン王に、数少なく対抗できるものとなっている。
(繋がってくれ――!)
遠くにいるだろう本物のイーリスの姿を思い浮かべながら、それだけを願い、リーンハルトは通信を求める羽を押した。




