第130話 偽物との対決①
一方、リエンラインの国境の街にまで戻ってきたリーンハルトは、爆発現場へと向かっていた。
北部支部から来ていた騎士たちと街の者たちのおかげで、上がった炎はどうにか鎮火できたみたいだが、馬が歩く蹄の下では、燃え尽きて炭となった家屋の一部がいくつも転がっている。黒くなった柱のかけら、すすけて割れた壁などが転がり、まるで奇襲を受けた後のようだ。
「ひどいな……」
いくら春になったとはいえ、北部の街はまだ寒い。煙がくすぶる中で、建物から焼け出されて身を寄せ合っている街の者たちを見つけ、リーンハルトはこの街の領主に話しかけた。
「とりあえず、焼け出された者たちの避難先を作ってくれ。それから、家が再建できそうな者たちには、その援助を。それが無理な者には、これからの仮の住まいとして、滞在ができそうな建物を選定してくれ」
「はっ」
その言葉に、領主は急いで頭を下げて、部下たちに指示をしていく。
その姿を眺め、リーンハルトは隣にいるバルドリックに話しかけた。
「助かった。すぐに北部騎士団を動かし鎮火をしてくれて、礼を言う」
「なんの。俺はなにかあるかもしれないとき用にお前と一緒に来たんだからな。これぐらいはお安いご用だ」
そう従兄弟はいつもの明るい表情で言い放つ。
「それで、街に爆薬をしかけた者の行方はわかりそうか?」
だが、リーンハルトのこの言葉には、バルドリックは苦い顔で首を横に振った。
「それについては、まだ調査中だ。爆発が起こる直前、この街では見かけたことのない人物が現場にいたということだが」
「わかった。では、その人物の特徴を聞き取って、すぐに騎士たちに捜索をさせよう」
そう打ち合わせると、日が暮れてきたため、一旦この街にある軍事用の砦へと戻る。ガルデンとの国境のため、いざというときは国を守る最前線用に築かれた砦だが、その暗くなりかけた石造りの廊下を、カツカツとバルドリックと並んで歩いていく。自分たち一行以外はいないのを見計らい、静かな中で、バルドリックに首を近づけて尋ねた。
「この件で、北部の騎士団の様子は?」
「ああ、色めき立っているぜ。なにしろ国境のすぐ側で、ガルデンは長年の宿敵だ。もしお前から聞いた話が本当だったら、すぐに導火線に火がつくだろうな」
「もう少しだけ抑えていてくれ。今は、まだなにも証拠がない状態だ」
護衛たち以外はいない廊下を歩きながら、はいはいと答える従兄弟に頷く。
「それで、さっき頼んだことの首尾は?」
「ああ、すぐに連絡を出したぜ。向こうもなにかあるかもしれないと思っていただろうからな、じきに返事がくるだろう」
「助かる」
そう短く、二人だけにわかる会話を交わすと、そのまま廊下を歩いた。
小さな街の砦だが、国境の側にあるだけあって、玄関からの廊下を抜けると、中ではたくさんの騎士や兵士たちが行き交っている。その中を歩くリーンハルトの姿を見つけ、みんな急いで動きを止めて敬礼をした。だが、その中で慌てて近づいてくる姿がある。
「陛下」
やってきたのは、コリンナだ。ギイトと一緒に側まで近寄り、王宮侍女の仕草で素早く挨拶をしている。
その姿に、リーンハルトはかすかに首を傾げた。
「コリンナ、どうかしたのか?」
たしかコリンナは、あの偽物のイーリスの側にいたはずだ。事情を話してはいないが、事件があったので、この街では、王妃を出歩かせないようにと、騎士たちには厳重に部屋を守らせておくように命じたのだが――。
(まさか、本当は偽物の監視なことに気がついたのか?)
勘のいいコリンナのことだ。それで、わけを尋ねに来たのかもしれないと思ったのだが、コリンナはひどく困惑した顔で、リーンハルトを見つめている。
「お仕事中に申し訳ございません。実は、イーリス様のご様子がおかしくて……」
――イーリス。
もしも偽物ならば、その名前で呼ぶのは嫌だが、今はまだコリンナに話して、本人に気づかれるわけにはいかない。
「そうか、どんなふうにだ?」
とはいえ、いつも側にいた彼女ならばふだんとの違いで、偽物かどうか気がついたのかもしれないと思いながら尋ねると、コリンナは少し躊躇った様子をしてから話を続ける。
「あの……、些細なことなのですが、食欲が落ちているようなのです」
「食べないのか?」
嫌いなものでもあったのかと口を開くと、コリンナは首を横に振る。
「いえ……旅先では、いつもはその地の料理を喜ばれるのに、あまり食が進まないみたいなのです……。お口に合わなかったのかと、ほかのメニューの話をしてみたのですが、最初は頷いて聞いておられても、しばらくしたら、あまりご興味をもてないみたいで……。それに、いつもは料理にまつわる歴史とかを知りたがられるのに、今日はほんの二三言だけで……。どこかお元気がないようなのです。ふだんのイーリス様と比べたら……」
(ふだんのイーリスと比べたら――)
土地の料理の歴史に興味をもつ――二、三言もあれば、たしかにそれらしい。だが、ふだんのイーリスの熱量は、そんなものではない。
これは、実際にイーリスと一緒に旅をしたことのある者でなければわからない感覚だ。
「気にしすぎだと話したのですよ。お疲れなだけだと思いますし……」
隣では、ギイトが宥めるように声をかけている。
だが、コリンナはキッと目を向けた。
「お疲れではなく、ご病気だったら大変でしょう!? 念のため、軍医の方に診てもらったほうが……!」
「さすがにそこまでは、大袈裟かと……。今は住民の方の手当てで、軍医は出かけられておりますし」
顔を向けたコリンナの気迫に、ギイトのほうが引き攣っている。
「実際、今も話したいことがあるとおっしゃって、イーリス様を陛下のお部屋のほうまでお連れしましたから、ご健康に問題はないかと……」
その言葉を聞きとがめる。
「俺の部屋に? 俺は、彼女を部屋から出さないようにして守れと伝えたはずだが……」
「ほら!」
眉を顰めるコリンナの側で、ギイトは慌てて頭を下げている。
「申し訳ございません! 陛下のお部屋ならば安全かと思い、私が護衛の方に同行してもらってお連れいたしました」
心の中で軽く舌を打つ。偽物になど会いたくもなかったが、どうせ早いうちに、正体を確かめなければならないのだ。
「わかった。俺の部屋だな」
そう返すと、カツカツと靴音を響かせて歩いていく。
護衛たちも慌てて一緒に来たが、扉が開けられたところで、そこで待つようにと指示をした。
ここは砦の中にある上官用の部屋だ。軍の重鎮が来たときのための部屋だが、目を向ければ、室内では、金の髪を揺らした姿が灰色のソファに座っている。
「お帰りなさい。大変だったわね」
(――ああ。イーリスもこんなふうに声をかけるかもしれないな)
遠くから見ていれば、いつもどおりのイーリスだ。長い金の髪、はっきりとこちらを見つめる金の瞳。王であるリーンハルトの眼差しを、逸らしもせずに受ける姿は、意志の強さを感じさせるもので、ふだんのイーリスの仕草に似ている。
一瞬、本物を前にしているように思えた。
(――だが、違う)
ほんの少しだが、笑顔が硬質な気がする。
だから、惑わされないように目を逸らした。そして、言い放つ。
「用事だと聞いた。忙しいので、手早く頼む」
冷淡に口にすると、なぜかイーリスの顔が嬉しそうになる。
「二人きりなのに。貴族の目がないと、昔と変わらないの?」
まるで、人前では仲のよい夫婦を演じているのかと、楽しそうに問い掛けているかのようだ。
だから、腰につけていた剣と飾りに見える通信装置を、壁際の棚の上に置くふりをして返す。
「それはよく知っているだろう? それよりも用件を頼む」
そう言うと、目の端でイーリスがすごく嬉しそうに笑った。
心から楽しそうだ。だから、見ないでおこうと思ったのに、目が吸い寄せられた。
金色の髪の中で、幼い頃から好きだった面差しが、まるで歴史の本をもらった時みたいに嬉しそうに笑っている。金色の瞳の上に、金の睫が優しくかかり、唇をあげて微笑んでいる様は、まさにイーリスだ。
小さい頃から大好きだった笑顔にそっくりで、思わずその面差しに見入ってしまう。
「ええ、そうね。忙しいのに邪魔をしては悪いものね」
だから、早く言うわねと笑っている間も、彼女から目を離すことができない。
「ねえ、リーンハルト」
そして、より幸せそうな笑みで、リーンハルトを見つめる。
「私たち、やっぱり別れましょう」
瞬間、その言葉に、リーンハルトの心臓が、ドンと射貫かれたような気がした。




