第129話 捕らえられた城で③
脅されていたイーリスの意識が、ハッと開けられた扉へと向く。
古い木の扉を押して現れたのは、一人の女の子だ。年の頃は、おそらく十三歳ぐらい。輝くような赤毛を大きな三つ編みにして、頭に幾重にも巻いている。北方の細かな模様の刺繍が施されたドレスと上着を纏いながら、大きなターコイズの瞳が、理知的な輝きでこちらを見つめているのに、ガルデン王も気づいたのだろう。イーリスの側から身を起こすと、扉から入ってきたその女の子に目を向けた。
「今、私の婚約者についての言葉が、聞こえたようだったが……」
(え?)
突然現れた女の子の婚約者という単語に、引っかかりを感じる。
「いくら父上といえども、私の婚約者を殺すというのには賛成できんな」
「ティアゼル」
その名前に、イーリスの頭の中で、えええっと先ほどとは違う叫びが弾ける。
(ティアゼル姫って、お兄様の婚約者の!?)
思わずガルデン王が離れた姿勢のまま、その入ってきた姿に見入ってしまった。
確かに兄が言っていたとおり、とても愛らしい容姿だ。身長は、イーリスの目の高さぐらい。小柄な外見なのに、放つ言葉や眼差しには、どこか威圧感があり、未来のガルデンの女王という立場にふさわしい品格を感じさせる。
(だけど、まさか私よりもこんなに年下だったなんて――!)
こんなに若い子を義姉と呼ぶのと、内心では驚くが、よく考えれば、イーリスだって政略で早くに婚約と結婚をしたのだから、特におかしなことではない。
だが、その前で、ジールフィリッド王は、まずいことを聞かれたと思ったのだろう。
イーリスの側で立ち上がると、静かに両腕を組む。
「ふん、賛成できんというのなら、どうするつもりだ?」
「私は、一部とはいえガルデンに領地を持ち、ルフニルツの統括権も持っている。国内を二分する戦いを起こされるおつもりか?」
瞬間、バチッと、親子の眼差しの間で火花が散ったような気がした。
(娘だわ――本当に、ジールフィリッド王そっくりの)
脅しには、同じだけ容赦ない言葉で返す。兄や家族が言っていたとおり、その半眼の姿には、間違いのない血の繋がりを感じて、ごくっと喉が鳴る。
その前で、ジールフィリッド王は、薄く笑った。
「やるか?」
(え、親子で?)
と思ったが、すぐにジールフィリッド王は、その笑みをフッと緩める。
「――と、ほかの者ならば言うところだが、お前はソールンが遺した大事な娘だ。聞かなかったことにしてやるから、機嫌を直せ」
「ならば、私の婚約者の妹と二人で話させてほしい。娘が将来の義妹と初対面をするのじゃ。父上といえども、それぐらいは、気を利かせてくれてもよかろう」
その言葉に、ガルデン王は腕を組みながら、一つ肩を竦めた。
「わかった」
そう頷くと、部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送り、すぐにティアゼル姫は、イーリスの側へと近寄ってきた。
「大丈夫か?」
気遣うように見ながら、イーリスの様子を確かめている。
「包帯を巻かれているが、頭に怪我をしたのか?」
「あ……」
その言葉で、頭部を殴られたのを思い出した。
触ると痛いが、あの時ひどく血が流れた記憶はない。おそらく、血が髪に埋もれる程度にだけ皮膚が切れたのだろう。
そっとティアゼル姫が、気遣うように手を伸ばしてくる。
「ありがとうございます。ジールフィリッド王を制止してくださって……」
その姿にお礼を言う。
「私の言葉では、父の行動を、少し先延ばしにできるぐらいじゃ。それに未来の義妹じゃからの。話に聞いていたとおり、フレデリングそっくりの愛らしい髪と瞳の色じゃ」
フッと笑った姿に、思わず驚愕する。
(えええっ!? お兄様、ふだんこんなことを言われているの――!? 私よりも年下の女の子に!?)
なぜかこの瞬間、兄とこの姫の関係がわかったような気がした。しかし、その前でティアゼル姫は、少し渋い表情を浮かべている。
「まったく……。この様子では、父は、フレデリングに対しては、イーリス姫の身柄を人質にしているのであろう。だから、普段から機会があれば、さっさと逃げろと言っていたのに」
「うん?」
その言葉に目を開く。お兄様が言っていたことってこれ?と思いながら眺めるが、その前で一つ息をついたティアゼル姫は、大きなターコイズの瞳でこちらを見つめている。
「だから、一刻も早く対策を考えなければならない」
その言葉に、ハッとした。
「そうだわ……! ジールフィリッド王が、リーンハルトに刺客を……!」
先ほど三日の間に殺してしまえば、問題がないと言っていた。ならば、すでに刺客を向けられている可能性がある。
「そういえば、あの時、私を襲った者は、リエンラインの騎士に化けていたわ…………」
だとしたら、ガルデンの者は、今もリーンハルトの側にいる騎士の誰かに化けているのかもしれない。
「すぐに、リーンハルトに知らせないと……!」
今こうしている間も、刺客がすぐ側で、リーンハルトの体を剣で貫く機会を待っているかもしれないのだ。
(どうしたら――)
そう思ったところで、ハッと思い出す。
(そうだわ……。リーンハルトからもらった通信装置!)
あれがあれば、今すぐリーンハルトに知らせることができるはずだ。
(たしか、ドレスについている小物入れ袋に入れていたはず……!)
砦では、あまりに突然に頭を殴られたので、思い出して取り出す間もなかったが、気がついて急いで腰のところを探す。
「――ないわ」
簡単に言えば、ポケットだ。ただ、ドレスのポケットはスカートを身につけるときに、腰に紐を巻いて袋をつけ、そこへスカートの切れ目から出し入れができるようになっているので、どこかで紐が切れたのかもしれない。
「どうしよう……」
「なんじゃ、なにか捜し物か」
「腰のところにつけていた小物入れに、大切なものが入っているの……! あれがあれば、リーンハルトに知らせることができるかもしれなくて……」
だが、どんなに腰のあたりを探り、寝かせられていたベッドの毛布をめくって見回してみても、どこにも通信装置を入れていた小物入れ袋は見つからない。
「どうしよう。ここに連れてこられる途中で、どこかに落ちたのかしら……?」
「父上が、そのような誘拐の痕跡を残す手落ちを許すとは思えんな。だとしたら――」
側に立つティアゼル姫が、イーリスから身を離し、すっと扉に向かう。
そして、廊下に響くほど思いきり強く扉を開け放つと、大音声で叫んだ。
「誰じゃ! 我が義妹の持ち物を勝手に持っていったのは!?」
廊下中に轟く声に、遠くや近くにいたメイドたちがびくっと振り返っている。
「今すぐ差し出せば、父上には黙っていてやる! 誰でも、間違っていらないものと思いこむことはあるからな?」
その言葉に、メイドたちが慌てて走っていく。しばらくして、一人の年若い女の子がティアゼル姫の前に駆け寄ってきた。
「申し訳ございません。着替えを終えられたら、身につけていた物は捨ててもよいと伺っていましたので、こちらももうてっきりいらない品かと思い……」
よく見れば彼女の手はあかぎれだらけだ。普段は、水仕事か掃除を担当しているのだろう。ひび割れた手で、震えながら差し出している。
その手から小物入れ袋を受け取り、ティアゼル姫は優しく笑った。
「ああ、よい。よくすぐに出してくれた。誰にでも勘違いはある。正直に話してくれたことを嬉しく思う」
(女王だわ……。間違いなくこの威厳)
打ち明けたメイドを怯えさせないようにしながら、言葉を紡ぐティアゼル姫の姿に、その将来の姿を予感してしまう。
そして、戻ってくると、イーリスに、すぐに美しい百合の刺繍が入った小物入れ袋を差し出してきた。
「これで合っておるか?」
「ええ……!」
見つめれば、手の中にあるのは間違いない、リエンラインの王妃に用いられる刺繍の意匠が施された小物入れ袋だ。
受け取るなり、急いで口を開いた。
そして、中を探ると、すぐに奥から丸い美しい細工物が出てくる。
(あった!)
通信装置だ。
(これで、リーンハルトに知らせることができるわ!)
羽根のデザインがされた装置を袋の中で持ちながら、イーリスは心の中で叫んだ。




