第128話 捕らえられた城で②
時空を越える方法――。
なにを突然言っているのだろう。
尋ねられた真意がわからなくて、思わずガルデン王を見つめながらごくりと喉が鳴った。
「時空を――越える方法? 聖女を異世界から喚ぶときの?」
そんなこと知るはずがない――。オデルは異世界までは道を繋げられるが、ヴィリの話では、聖女を選定しているのはミュラー神だ。選んだ場所から、どんな方法でこの世界の入り口まで道を繋げているかなんて、知るはずもない。
なぜ、そんなことを知りたいのか。
(新たな聖女を手に入れるつもり?)
だけど――と、強く眉を寄せる。
(今は、それよりもリーンハルトよ!)
確かに、ガルデンが聖女を手に入れれば、面倒な事態になるだろう。教えることはできないが、そもそもが知らないのだ。それになによりも刺客を向けられたのかもしれないリーンハルトのことが気になる。
だから、シーツの上でぎゅっと手を握り締めた。
「知らないわ! それは神が行っていることよ! 空間だけでも難しいのに、同時に時間を超える方法なんて、私たちに知り得るはずもないわ」
(そうよ、オデルでも異世界に安定して繋げるのには、莫大な魔力がいると言っていたわ!)
今となっては、あのマーリンの時、魔力の量が足りなかったから過去の時代の大河に繋がったのか、それともあの場所の近くに聖女候補の女性がいたのかはわからない。
(だけど、今はなんとしてもリエンラインに帰らなければ!)
そして、一刻も早くリーンハルトに刺客がいるかもしれないことを知らせなければならない。
そう思って睨みつけたのに、金の瞳にガルデン王はふっと笑った。
「そんなはずはないだろう。イーリス姫は、金の一族出身でしかもミュラー教の聖女だ」
眉を顰める。その二つになんの関係があると言うのだろう。
だが、そのイーリスの顔に、ガルデン王は面白そうに笑っている。
「我がガルデンは、今はミュラー教だが、古の時代は、近くのルフニルツと同じく金の娘の信仰があった」
「え……」
予想していなかった方向の話に戸惑う。金の娘は、たしかに大昔、この北の地方で広く信じられていた神だったと聞いた。それゆえ、太古はルフニルツの一族が特別なものとして見られていたし、時代が下って戦乱の中で国土が小さくなっても、命脈を保ってきたのは、そのおかげだともいえる。
だけど、まさか今その話を持ち出すなんて――。
なにが言いたいのだろうとジッと見つめると、ガルデン王はそのイーリスの顔を面白そうに見つめている。
「姫は知らないかもしれないが、ガルデンではこう言い伝えられているんだ。金の娘とは、ミュラー神の妹だろうと――」
「えっ!?」
咄嗟に大きな声が出てしまった。
「知らなかったのも無理はない。ミュラー教ではその話は出てこないし、金の娘の伝承でも出てくるのは金の姉妹だけだからな。だが、あとからミュラー教の入ってきたガルデンでは、二つの話の共通点に気がついたのだろう。ミュラー神は絵画では金の髪と瞳をもって描かれ、そして時空を操り、異世界から聖女を呼び寄せている。だとしたら、金の娘の話に出てくる姉とは、ミュラー神のことなのではないかと――」
まさか――と、瞬間息を呑んだ。
だが、言われてみれば、たしかにミュラー神は金の髪と瞳をもっていた。思い返してみると、伝承と似ていると言えなくもない。
「そして、金の娘は人間となって死んだ時に、本来は慈悲と道標を司る神である姉の役に立てるように力を遺したと伝わっている。だとしたら、ミュラー神が、異世界から聖女を喚んでいるのは、その妹が遺した力のおかげだと考えれば辻褄が合うだろう」
「そんな……」
思わず答えることができなかった。
(だけど――)
「それは、あくまでも仮説でしょう?」
「ああ、だが仮説でも、可能性はあるだろう。それにミュラー神が、時空を越えて聖女を喚んでいるのは事実だ。それならばこの世界の過去に行く方法もなにかあるのではないか?」
「そんなこと、知らないわ!」
知るはずもない。思いきり首を横に振る。この世界の過去にいく方法――そんなものが存在するのかどうかすら知らない。だが、叫んだイーリスの言葉に、ガルデン王の緑の瞳は禍々しく光った。
「ルフニルツの王や兄たちと同じ答えか――」
ぐいっと顎を片手で持ち上げられる。至近距離から見つめる緑の瞳が恐ろしい。
「だが、聖女ならば、ルフニルツの王族の中でも、より神の力に近いはずだ。ましてや聖姫は、ミュラー神から特別な力を授かる存在で、実際その力を授かった先日、異世界に扉が繋がったのを見たのだろう? その時になにか気がついたことはないか?」
「ないわ……」
首を横にただ振る。
「私の力で繋がったのではないもの。あれは――」
そこまで口に仕掛けて、ハッと口をつぐむ。
――オデルの名前を言ってはいけない。
折角、やっと親子で穏やかに暮らせるようになったのだ。それなのに、またこの王に狙われたら、どんなことになるか――。
慌てて言葉を切ったが、その先をガルデン王は知っていたのだろう。
「ふん、あのオデルとかいう男の力だからか」
知っていたことに、思わず凝視する。
「部下からも報告を受けて、陽菜とかいう聖女の召喚時に使った魔法陣の図面なども取り寄せさせたが、あの男の術は本当に異世界への扉までを繋げるだけのもので、聖女に関しては、ミュラー神への嘆願で、どこに繋がるかまでは神の裁量が大きいようだった」
だが、と口にする。
「聖女のお前なら、その力についてもなにかがわかるのではないか!? 思い出せ、時空を越えて繋げる方法はなんだ」
「だから、知らないのよ!」
「話さなければ、砦にいるお前の兄を殺す!」
「やめて!」
絶叫にも近い声で叫ぶ。
その瞬間、ガチャリと扉が開いた。そして、思いもしなかった人物が姿を現した。