第127話 捕らえられた城で①
ハッとイーリスは目を覚ました。
頭を上げようとするが、目の前の焦点がまだどこかうまく合わない。
「うっ……」
「お目覚めかな」
だが、近くで聞こえた声に、ガバッと体を起こした。
「シールフィリッド王!」
見れば自分が寝かせられている寝台の横には、いつの間にかジールフィリッド王が座り、すぐ側からイーリスの姿を見下ろしているではないか。
「どうして――」
言いかけて、なにが起こったのかを思い出した。
(そうだわ、私はマーリンに襲われて……)
首を絞められたうえに手刀で殴られて意識を失ったのだった。
(だとしたら、ここは――)
急いで周囲を見回す。ガラスが二重になった窓から見えるのは、黄褐色の塔と建物だ。よく見れば、左手の奥のほうには常緑樹に囲まれた池が、小さく見える。その側にあるのは、赤茶色の建物だ。
「まさか、ここは――」
トロメンの城!?
「まさか、私をトロメンに連れ戻したの!?」
外の光景から今いる場所を悟り驚くと、目の前ではシールフィリッド王が、ふっと笑う。
「俺の求婚を受け入れてくれれば、こんなイーリス姫を驚かせるようなことをしなくてもすんだというのに――」
「あなたが、マーリンと手を組んで、私を攫わせたのね!?」
咄嗟に叫ぶと、シールフィリッド王はさらに面白そうに顔を変化させる。
「手を組んだとは心外だ。攫わせたのは、事実だが――。元からあのマーリンとかいう女は、俺の手の内で踊る駒にすぎん」
「なっ……!」
「婚約者になるかもしれなかった相手に恋着し、それを奪った者への嫉妬に身を焦がしていた。――だから、イーリス姫を手に入れるために、ちょっと人をやって側で唆せば、見事に踊ってくれたのよ」
では、最初からガルデン王が、背後からマーリンたちを操っていたのだ。ポルネット大臣の恨みを利用して、やり直そうとしているイーリスとリーンハルトを引き裂くために。
ぐっと手を握り締める。
「私を今すぐ帰しなさい。私はリエンライン王リーンハルトと将来を誓った身です」
言いながら、目で周囲を素早く見回す。部屋にある扉は一つだけだ。今窓から見えた高さだと、おそらくここは三階以上。だとしたら、窓から飛び下りるのは、無理だろう。
だが、扉で一瞬止まったイーリスの眼差しに、考えていることがわかったのか。
「おっと」
逃げ道を塞ぐようにベッドの上に手を突かれる。
シーツの沈んだベッドが、微かに軋んだ音をあげる。その音が、イーリスの気持ちを追い詰めていく。
「生憎だが、それはできん。イーリス姫も逃げようなどとは考えないことだ」
緑の瞳が、間近から酷薄にイーリスを見つめる。
「そうでないと、国境の砦にいるフレデリング王子がどうなるか――。離れているとはいえガルデンだ。狼煙一つで、王子の命などどうにでもできる」
「そんなこと、リーンハルトが許さないわ!」
兄フレデリングは、まだリーンハルトやリエンライン軍と一緒にいるはずだ。だけど、今の状況がわからない。イーリスが気を失ってから、ここに連れ戻されるまでの間になにがあったのか――。
「そのリーンハルト王だが、リエンラインに戻ったみたいだがな」
「なっ……」
「国境の街で爆発があったのだ。自国の民を心配して急いで戻るのは、実に国王らしい立派な態度だと思うが」
(これのためだったのだわ……)
国境の街で爆発が起こったのは。あんな爆発を近くで見れば、気にならないはずがない。民や街の様子を知るために、急いで国に戻るだろう。
(だから、あのタイミングで爆発が起こったのよ……)
そして、その光景を見たどさくさの中で、マーリンがイーリスになりかわったのだ。
(だとしたら、今のリーンハルトの側にいるのは……)
ちりっと胸が焼けつく。
――だけど、と自分の上から覆い被さるように見つめるジールフィリッド王の緑色の瞳を睨み返す。
「だけど、リーンハルトが、約束した三日の期限を過ぎても、兄を解放されなければ、怒らないはずがないわ!」
そうだ、リーンハルトならばきっと怒るだろう。書面で抗議するだけではなく、向こうの状況が収まり次第戻ってくるかもしれない。
だったら、まだイーリスがリーンハルトの側に戻ることもできるはずだ。だから、負けないように見つめ返しながら言えば、ジールフィリッド王の唇が、ふっと笑う。
「ならば、その三日の間にリーンハルト王を殺してしまえば、問題はあるまい?」
「なっ……!」
あまりのことに驚きで言葉が続かない。
リーンハルトを殺す? その言葉に、頭の中がぐらぐらとしてくる。
しかし、さらにガルデン王はイーリスの前へと近づいてくる。
「これで帰れる希望がなくなったことはわかっただろう。ほかの家族だけは、ガルデンから出ていくのを見逃してやる。だから、知っていることを教えろ」
そう言うと、ぐいっとイーリスの顎を手で掴んでくる。そして、最接近した距離で覗き込んだ。
「ミュラー神が、聖女召喚で使っているという時空を越える方法を」