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第20話 牢の中の再会

 泣いて。どうして泣いているのかもわからないのに、ただ悔しくて。


 追ってくるリーンハルトの手を拒むと、イーリスは急いで灰色の館の壁を西へと曲がった。そして、そのまま花壇に囲まれた道を、今いた方向とは逆に走って行く。


 こちらの庭は、南側ほど手入れはされていないのだろう。冬だからほとんど葉を落とした木立の間を駆け抜けていけば、なぜか悲しくなってくる。


(なんで悲しいのよ! 私がリーンハルトにとって、名前だけの妻だなんて、この六年で十分すぎるほどわかっていたはずでしょう!?)


 どうせ二人の間に愛などはない。今、二人の間に残っているのは、この冬枯れの木立のようなただ寒々とした関係だけだ。


 知っていたはずなのに――――――。


「おどき!」


 息切れをしながら北西の庭を走って、やっと探し出した牢屋へと続く鉄の格子扉を見上げると、そこを守っている兵士に向かって叫んだ。


「聖女イーリスの命令です! 今すぐ、ここにいる私の側近と面会をさせなさい!」


「王妃様!?」


 突然のイーリスの来訪に、牢の入り口を守っていた兵士達が驚いて叫んでいるが、一睨みで黙らせる。


(今はその称号で呼ばないでよ!)


 金の瞳に力を込めたが、泣きながら見つめるその姿は、兵士達には恫喝に映ったのだろう。すぐに、扉を開けて奥へ案内されると、冷たい鉄格子の中に見慣れた神官服がいるのに気がついた。


「陛下のご命令で、牢から出したり、ほかの者を入れたりすることはできませんが……」


 その為鉄格子の前からだけになりますと兵士が戸惑いながら説明しているが、それでもかまわない。


「ギイト……」


 長いドレスが走る足に絡みつくのもかまわずに、急いで駆け寄った。


「イーリス様」


 声に気がついたのだろう。振り返ったギイトは、古い石を組み合わせて作られた牢の通路に現れたイーリスの姿に驚いてはいるが、いつもきちんとしている彼の髭が伸びていること以外は、元気そうだ。


「男前が台無しになったわね……」


 鉄格子を握って笑いながら冗談を言ったつもりなのに、瞳からはまた涙がこぼれてくる。


「やだ」


 照れて、ぐいっと拭った。けれど懐かしい笑顔を見せてくれるギイトに、次々と溢れてくる涙をとめることができない。六年間我慢し続けた涙がぽろぽろとこぼれてくることに、泣きながら恥ずかしそうに微笑んでしまう。


「よかった……あなたが、無事で……」


「イーリス様……」


 鉄格子の向こうから差し出してきてくれるギイトの手は、少しだけ土で汚れているが、温かい。イーリスは外を走って冷えている白い両手を差し出すと、格子の間から伸ばしてくれるギイトの右手を包んだ。


「待っていて、きっとすぐにここから出してあげるから」


 思えば、この国に来て以来、心細くなった時には、いつもこの温かい手が側にいてくれた。今から思えば、自分はこの真面目な神官をいつの間にか兄のように頼りにしていたのだろう。なにを求めるのでもない――――ただ、いてくれれば、それだけで心強くなる。


「そんなもったいない。私のために、イーリス様がご無理をなさらないでください」


 けれど、相変わらずの生真面目さだ。それが嬉しくて、心配をかけないように涙をこぼしたまま笑う。


「無理なんかじゃないわ! 陛下と賭けをしたのよ。私が勝ったら、あなたを牢から出してもらうって――――だから、見ていなさい。絶対にリーンハルトをぎゃふんと言わせて、ギイトをここから出してあげるから!」


「イーリス様……」


 励ます言葉に、ギイトはもう片方の手も伸ばして、恭しくイーリスの手を持った。そして、優しい瞳で見上げてくる。


「私のために、なにか辛い思いをされているのなら、どうか我慢はなさらないでください。私はイーリス様に――――幼い頃に死んで、神の国に召された姉の姿を重ねていたのです。だから、あなたが生きて幸せになる。これが私の最大の願いなのですから」


「えっ? 姉って――――」


(自分は兄だと思っていたのに!?)


 これでは、どちらが上かよくわからない。


 思わずぷっと噴き出してしまった。


「大丈夫よ、だったらあなたのお姉さんを信じなさい!」


(本当は私の方が、ずっと年下だけれど――――)


 今だけはかまわないのかもしれない。労るように冷えた鉄格子越しに両腕を伸ばし、少しやつれかけたギイトの頭を優しく抱きしめてやった。


「安心して。必ず出してあげるから」


「はい」


 イーリスの言葉に、少し照れくさそうにしながら目を閉じたギイトの頭の温もりに、少しずつだが元気が戻ってくる。


 まるで幼子をあやしている気分だ。姉ではないのに、姉のようにギイトの頭を抱きしめていることで、やっと自然な笑みが戻ってくる。


 だからイーリスは、この時後ろから追いかけてきていたリーンハルトが、牢の入り口で拳を握りしめて、悔しそうに目をそらしたことには気がつかなかった。


次回から、イーリスも元気に戻ります!


次はいよいよ第二回戦開始です(*^▽^*)

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― 新着の感想 ―
[良い点] これ、リーンハルトが見てたら絶対、誤解するよなあと思いながら読んでいたらはい!見てました! 嫉妬にのたうちまわるがいいのだー!!
[一言] すれ違いの焦ったさがとっても好きです。
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