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第121話 ガルデンからの出発③

 二台に分かれて乗った馬車は、イーリスたちを連れて、ガルデンからリエンラインへの道を進んでいく。


 広がっていた泥炭地の道を越え、やがて、国境の森へ入ると、そこで先導する騎士たちが周囲を確かめながら、途中で馬を止めて、周囲を見回した。


 植物が乱雑に生い茂っているから気がつかなかったが、どうやら元々あった道に枯れた大木を転がして、横に作られた新しい道を隠してあったらしい。


 兵たちが騎士の指揮で、通行の邪魔をしている倒木をどかすと、馬車がなんとか行けそうなほどの細い土の道が現れてきた。


「こんなところに道が隠してあったなんて……」


「リエンラインと戦闘になったときのための道だろう。ここに道があり、その先に砦があると知らなければ、戦いのときに奇襲がかけられるからな」


 目の前に座るリーンハルトの言葉で、改めてガルデン王の狡猾な性格にぞくりとしてくる。


「私たちと会談をする裏で、こんなことを隠していたなんて……」


 知らなければ、ここで帰りに奇襲をかけられる可能性もあったわけだ。


「油断のできない相手だからな。それだけに、今回フレデリング王子に娘と別れの挨拶をさせたいと言い出したのも、なにかがあるのかもしれない。用心を怠らないようにしよう」


 そのリーンハルトの言葉に、深く頷く。そして、家族が乗ったもう一台の馬車を窓から見た。イーリスとリーンハルトが乗った馬車の後方を、同じように周囲を騎士たちに警戒されながら茶色いもう一台が走っている。土がぬかるんでいるので、スピードは先ほどみたいには出ないが、少し強張りながらも、微笑んでいる母の顔が窓の奥にちらりと見える。


 きっとニックスを安心させるために、ガルデン王について心配しながらも笑っているのだろう。


「そうね、家族を無事に、リエンラインへ連れて帰らないと――」


 この森を抜ければ、もうリエンラインの人々が住んでいる地だ。もう少しで、家族を完全に取り戻すことができる。それを感じながら呟いた時、家族の乗った馬車のさらに後方から、馬が急いで駆けてくるのが見えた。


「あら?」


 乗っている者の姿は、質素な商人だ。しかし、手には橙色の旗をかざしている。三角の旗に描かれた梟の羽根の紋章は、元老院絡みの使者の証――。


 おそらく森とはいえ、ここがガルデンの地なので、軍に会うまで身分を隠していたのだろう。


「止まれ」


 イーリスの声で見たリーンハルトが指示を出すと、慌てて商人風の男が馬車に近寄ってきた。馬を下りて走ってきた姿は、予想どおり商人にしては、がっしりとした肩や腕をしている。おそらく、正体は変装した騎士なのだろう。


 それにリーンハルトも気がついて話しかける。


「なにごとだ」


 止まった馬車の扉を開けて、リーンハルトが尋ねると、近づいてきた男は、片膝をつき、急いで服の内ポケットから黒塗りの小箱を取り出していく。


「元老院のグリゴア様から預かってまいりました。ガルデンにおられる陛下のお役に立つかもしれないので、一刻も早くお渡しするようにと――」


 その言葉に、リーンハルトがすぐに小箱を受け取った。そして、同時に渡されたグリゴアからの手紙を読み、「ああ」となにかを頷く。


「リーンハルト、グリゴアからはなんて……?」


 わざわざガルデンにまで使者を送ってきたのだ。なにかがあったのだろうかと不安になったが、リーンハルトは覗き込んでいるイーリスと停まった後ろの馬車から心配そうに見つめているイーリスの家族たちの視線に気がついたのか、「いや」と静かに首を横に振る。


「頼んでおいたものができただけだ。ガルデン王に対して役に立つかもしれないから、念のため、早目に送ってくれただけで」


 そう話すと、もう使者を労い、馬車の扉を閉めさせると、軍に出発をするように指示を出す。


 再度隊列が動き始めたが、やはりリーンハルトの手の中にある小箱が気になってしまう。


(なにかしら?)


 グリゴアが送ってきたということは、なにか意味があるものだとしか思えない。


 前に座ったまま、ちらちらと眺めているイーリスの視線に気がつき、リーンハルトが笑って、小箱の中身を取り出した。


「イーリス、オデルに頼んでいたものができあがったんだ」


「え……オデル、って、まさか……?」


 ここで出るとは思わなかった名前に、目をパチパチとさせてしまう。オデルに頼んだものといえば、たしか――あれだ。記憶を辿り、イーリスが、やっと以前交わした会話を思い出したのがわかったのだろう。


 ふっとリーンハルトが優しく目を細めると、小箱の中から、入っていた二つの品を取り出したではないか。


 現れた品は、ガーベラの花ほどの大きさだ。中央の白い石を囲むようにして、周囲に描かれた鳥の姿が花びらのように見える。たくさんの羽根が描かれ、そのうちの二枚が円形に大きく伸びて、その間に紐が通されている。


「これ……まさか」


 なにげなく見れば、鞄や小物などにつけるただの装飾品だ。だが、以前オデルに頼んでいた品と聞いて、目を見張りながら尋ねると、リーンハルトが優しく笑った。


「ああ、オデルに以前頼んでいた魔道具で話す装置ができたんだ」


(やっぱり!)


 思い出した話に間違いがなかったことに驚くのと同時に、こんなに短期間で完成したことにもびっくりしてしまう。


「グリゴアからの手紙によると、ここを押すと持っている者と通話ができるそうなのだが……」


 目をまん丸にしたイーリスの反応がかわいかったのだろう、少し微笑みながらリーンハルトが説明すると、手に取った品を確かめてから、描かれている鳥の羽の一枚を押している。


 息を呑んで見つめていると、ぷちんという音がした。しばらく羽根の中の一枚が点滅し、やがて、馬車の中に淡いオデルの映像が浮かび上がってくる。椅子に座っていた姿から、慌てて立ち上がったようだ。


「陛下、無事お受け取りいただきありがとうございます」


 おそらく、机でなにか作業をしていたのだろう。手の下にある細かな撥条をそのままにして、白い石から広がってくる光の中で、深々と頭を下げている。


「オデル、よく作ってくれた。頼んだとおり、姿を見ながら話せるようにしてくれるとは――見事な出来だ」


「もったいないお言葉でございます。これも、陛下が命じてくださった内容に応えるため、グリゴア様が必要な材料を十分に揃えてくださったからです」


(グリゴア――まさか、そんなにこのアンゼルのための道具に乗り気だったなんて……)


 妻とリーンハルトに関すること以外は、冷徹なイメージだったのに。いくらリーンハルトの命令とはいえ、ここまでこの魔道具が早くできるように手を尽くしてくれていたとは思わなかった。


(あ、でもひょっとしたら、仕事が忙しくて帰りが遅いときに、こっそり我が子と話せるように、自分の分もあとで余分に作ってもらいたいとか?)


 それなら、意外にかわいいところもあるのねと微笑みながら聞いていた時だった。


「ああ、グリゴアも手紙で、これができれば、必要なときに大臣を逃がさず、仕事の進捗が聞けると喜んでいた」


(違った――! リーンハルトのためのどこまでも冷徹な判断だった!)


 まさか各部署に設置して、たとえ深夜でも、必要なときにはすぐに大臣を捕まえて話せるようにするつもりなのだろうか。そんな鬼上司みたいなこと――と思ったが、すでに冷徹と評判なのだから、やるのに違いない。


「ただ、動かすには、定期的に魔力の補充が必要なため、今アンゼル様のほうのこの道具は、神力を片方にこめたら通信の際にもう片方へやりとりをして、動かせるように改良をしているのですが……」


(よかった、まだ量産化には程遠いようね)


 どうやら、宮中の平和はまだしばらくは守られそうだ。そうでなければ、仕事が遅れるたびに、グリゴアがずっとその大臣を呼び出し続けるのに違いない。


(リエンラインの実話恐怖集に入れられそう……!)


 仕事熱心なのはありがたいが、とりあえずそれは大臣たちの健康のためにやめてほしい。部下の官僚たちの胃痛のタネとならないためにも。


 そう考えている間にも、オデルは使い方を簡潔に説明していく。


「一度に話せる時間は、長くても五分程度です。それに一度使えば、中に入れてある魔力の玉が再度装置にその力を行き渡らせるまでは使うことができません。通信するときは、光が点滅して知らせますが、その間に相手が応えなければ、十秒ほどですぐに切れてしまいます。ですから、互いに体の近くに置いていただけるようにするのが一番かと、装飾品に近い形にさせていただきました」


 これならば、すぐに通信に気がつけますし、男女問わず体の側に置けますとオデルは話している。


「わかった。迅速に作ってくれて礼を言う。この褒美は、帰国したら必ず与えよう」


 その言葉を最後に、深く身を折ったオデルの姿を映し、石からの光はしゅんと消えた。


 あとには、また山道を走る馬車の音だけが響いている。今まで、リエンラインの都にいるオデルと話していたなんて、信じられないほどだ。


「本当に、通信装置ができたのね……」


 しかも、先ほどのように空間に映像を投影する形で。これならば、もし陽菜が帰ったとしても、アンゼルも寂しくないだろうし、イーリスたちもこの魔道具を使って頻繁に話すことができるだろう。


(よかった――)


 アンゼルが喜ぶ顔を想像して、ほっとする。あれだけ陽菜と仲がいいのだ。側近という立場とはいえ、聖女を推して一緒にいるうちに、友達のように親しくなった二人が、遠く離れても話せるのならば、きっといいことに違いない。


 それを想像して、顔がほころんでいると、座っているイーリスの手を急にリーンハルトが持った。


「イーリス」


(あれ?)


 急にどうしたのだろう。そういえば、リーンハルトは、どうして二つ頼んでいたのか。


 それにどうして、自分の手を持って――と考えた時だった。


「少し早いが……」


 アイスブルーの瞳が真摯に自分を見つめてくる。


「イーリス――誕生日おめでとう」


「えっ!?」


 魔道具を差し出しながらの予想していなかった言葉に、イーリスは大きく目を見開いた。


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― 新着の感想 ―
あんなにイーリスに対しポンコツだった、リーンハルト、スキルを上げてきていますね! グリゴアみたいにコケない事を祈りつつ…(笑)
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