第18話 気がついた微笑み
「勝者! 聖女陽菜様!」
マリウス神教官が告げると、イーリスが染めたメイドの直しを仕上げた陽菜の顔がぱああと明るく輝く。
「やりましたわ! 陛下! 見ていてくださったでしょう?」
「あ、ああ」
好きな陽菜が勝ったはずなのに、リーンハルトの顔はどこか浮かない。いや、なぜか決着がついたときから、ひどく考えこんでいたが、さっきから目だけはひっきりなしに自分の方を見つめている。
(なんなのよ! 私が負けたら嬉しいんでしょう!?)
失意でぎろっと睨みつけたのに、その前で勝った陽菜は、甘えるようにリーンハルトの胸に駆け寄っていくではないか。
「見ていてくださいました? 私の髪染め!」
そして、ためらうこともなくリーンハルトの至近距離で無邪気に報告している。リーンハルトが両手で伸ばされた陽菜の腕を受け止めたからだが、そうでなければ、今頃は胸に飛びこんでいたのに違いない。
(よかったわね! 両手に花計画に一歩近づけて!)
まさか自分を陥れた陽菜に負けてしまうとは――歯がみしても足りないほど悔しいのに、目の前の陽菜は、まるでもうリーンハルトの妻のように笑顔で彼の腕に両手を添えている。
「こちらの世界でも、私の髪染めの腕は認められました! 陛下もなにか髪色を変えてみたかったら、いってくださいね? いつでも染めて差し上げますから」
「あ、ああ……」
無邪気に甘えているのに、聞いているリーンハルトの瞳は、どこか上の空だ。それでも、やっと意識を戻されたように、前にいる陽菜の姿をちらりと見つめている。
「――――何色でも?」
「ええ、何色でも! 陛下のお好きな色に」
にこっと笑っている陽菜の話にのっているリーンハルトが信じられない。
(一国の王になにをいっているのよ。そんなに王の姿がホイホイと変わったら、部下達が混乱するでしょう!)
だいたいリーンハルトもリーンハルトだ。普段は王としてのなんちゃらとやたらうるさい癖に、何故陽菜のこんな話には、のっているのか。だから思いっきり睨みつけたのに、陽菜の提案にリーンハルトは少しだけ考えこんでいる。そして、口を開いた。
「それなら――。一度してみたかった色はあるんだが……」
「はい。お好きな色を仰ってください! 陛下の髪は色味が薄いから、多分どんな色でも染まりやすいと思いますよ。染めてみたいのってどんな色ですか?」
「できるなら、金色に――。昔から、温かそうな色だなと思っていたから」
(しかもなんでよりによって、人と同じ色を希望しているのよ! どうせペアルックにするのなら、嫌っている私より、陽菜と同じ色にすればいいでしょう!?)
心の中で悶えるが、リーンハルトの言葉に、なぜか陽菜はきょとんと目を見開いている。
「え? そうなんですか?」
なんで、リーンハルトが金色に染めたいといっただけで、そこまで意外そうな顔をしているのか。
けれど、すぐに陽菜はふふふっと面白そうに笑った。
「へええ。そうだったんですねえ。わかりました。だけど、私もやめられませんから」
なにをいっているのか、さっぱりわからない。
(ああ、もう! あの二人の仲が良さそうなのを見ているだけで、なんでこんなにも腹が立つのか――――)
ひどくイライラとして試験会場から背を向けると、そのまま廊下を歩いて中庭へと飛び出した。
今回、暗い展開ですみません。
三回勝負ですので、どうか次もお読みくださると嬉しいです。
最後はハッピーエンドを予定していますので、安心してください。