第103話 前哨戦②
「それは――」
突然のフレデリングの申し出に、さすがにリーンハルトも戸惑っているようだ。
当然だ。会談のためにやってきたとはいえ、リーンハルトは、ガルデン王が返書で招いた形になっている国賓。
ましてや、位の点からいっても、聖姫のイーリスはともかく、この場でジールフィリッドに並ぶ王の位にいるのはリーンハルトだけだ。
それなのに主賓を差し置いて、先に自分へ料理を出すように言い出すとは――。
「お兄様! リーンハルトは、リエンラインの国王で、この場では主賓よ!? それなのに、先にお兄様へ給仕するように話すなんて――」
これが失礼でなくて、なんだろう。
さすがにイーリスも焦ったが、フレデリングは静かに座ったまま笑っている。
「おや、堅苦しいことを言うね、イーリス。私はただ、義理とはいえ兄弟なのだから、ちょっと私の番と、給仕される順を交換してほしいというだけの、かわいいおねだりなのに」
「おねだりって――。でも、それは……」
国賓としてやってきたリーンハルトに対して、あまりにも失礼な仕打ちだ。この場の序列では、主賓でありリエンラインの国主でもあるリーンハルトが最上位。ついで、同じく招かれたイーリスで、その次が招待主であるガルデン王なのは間違いない。イーリスの兄であるフレデリングは、そのガルデン王に連れてこられた立場なのだから、給仕では四番目になるのが通例なのに――。
(それと交換なんて――)
思いもしなかった提案に、兄の顔を見つめた。
だが、その間にもフレデリングは、目を細めて面白そうにリーンハルトを眺めているではないか。
「どうかな、リーンハルト王? 初対面とはいえ、私は君の義兄だ。どうか義兄のかわいい我が儘を聞いて、この場では、私の顔を立ててくれないだろうか?」
「フレデリング王子」
さすがに見かねたのだろう。兄の隣に座っていたガルデン王が、ちらりとその姿に眼差しをやっている。
「いいではありませんか? 初めて会ったのだから、義弟に少しは義兄らしいことをされてみたいのですよ」
「でも、お兄様それは――」
いくらなんでもあんまりだ。ガルデンとリエンラインの使節全員の前で、フレデリングがリーンハルトよりも上だと見せつけるような行為をするのは――。
たとえ、義兄弟にあたるとしても、このような席で突然給仕の順番を変更するのでは、変えられたほうが怒って席を立ってもおかしくはない。
慌てて身を乗り出して、兄に思い直すように説得しようとした。しかし、それよりも先にリーンハルトが口を開く。
「いい、イーリス!」
その言葉に、驚いて横を見つめた。
「リーンハルト!?」
「たしかに彼は義兄だ。俺は主賓だが、彼の申し出も、親族の関係性から考えれば、まったく理に適っていないことでもない。この場では、とりあえず彼の立場を尊重することも大切だろう」
「でも――」
それでは、わざわざ兄たちを助けにここへ来てくれたリーンハルトに対して、申し訳ない気がする。
――こんな席で、四番目の扱いを受けるだなんて。
(せめて、私の皿との交換で我慢をしてくれたら……)
急いでそれを兄に尋ねてみようとした。しかし、イーリスが口を開くのよりも早くに、フレデリングはリーンハルトの言葉に、にこりと嬉しそうな笑みを浮かべている。
「ありがとう。さすが、イーリスが二回目の結婚を決断した相手だね。では、そこの君、申し訳ないが、そのリエンライン王へと持ってきた皿は、先に私の席へと出してくれるだろうか」
一瞬給仕のメイドたちが戸惑った顔をした。弱った顔で、咄嗟に判断を仰ぐように視線を送るが、さすがにこの事態は眼差しを向けられたジールフィリッド王にとっても、予想外だったのだろう。
しかめ面で、ちらりとフレデリングを見てからリーンハルトを眺め、腕を組んでいる。そして、呆れたように息を吐いた。
「ふん、好きなようにさせろ」
「さすがはジールフィリッド王、物わかりがよくていらっしゃる」
そう兄は答えると、すぐに給仕のメイドたちへと向き直る。
「さあ、ふたりの王もこうおっしゃっている。君たちには手間をかけてすまないけれど、頼むね」
そのニコニコとした笑顔で、戸惑っていたメイドたちも、そうするしかないと判断したのだろう。リーンハルトの側まで持ってきていたナナカマドの模様が描かれた銀の皿を、急いでフレデリングの前へと並べていく。
(お兄様……?)
どうして、そんなことを――と、その光景を眺めながら、イーリスの心の中で、初めて今のフレデリングの様子に対してなにかが粟立った。