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第99話 ガルデン王との会談③

 護衛してくれる多くの騎士を引き連れながら、イーリスはリーンハルトと一路ガルデンへと向かった。


 ガルデンが指定したトロメンの城は、リエンラインとの国境を越えたすぐ先だ。その国境の東側には、リエンラインの同盟国であるプロシアンが目を光らせ、北西には今はなきルフニルツと同じくらいの国土であるリンゼルツがガルデンの脅威に怯えている。


 リンゼルツの北には、レンニルツ国があり、そしてその奥にはかつてルフニルツ国がサフレニツ国とも国境を接してあったが、六年前にはそこがガルデン国に滅ぼされたため、今この辺りは大国に囲まれた非常に不安定な地域となっている。


 その国境近くで、バルドリックが挨拶に来ると、隊列が分かれた。


「では、俺はこの辺の騎士団の視察をしながら、現地の状態を聞いておくから。なにかあれば、すぐに知らせろよな」


「ああ、バルドリック、助かる」


 バルドリックが将軍として、この地にいてくれるのならば安心だ。先ほど出迎えに来た北部騎士団の者たちと一緒にこの地域を回っている間に、より詳しい現地の情勢を聞き出してくれるだろうし、それでなにか備えなければならない場合には、すぐに北部騎士団と連携することができる。


 だから、リーンハルトに挨拶をしてから、国境で分かれた彼らの姿を見送った。


 視線を動かして見上げれば、遠くには、ガルデンとプロシアンとの国境に聳える二ーベン山地が見える。その雄大な姿を、右手に見ながら進むと、馬車はやがて広大な森の合間へと入った。右と左は、それぞれ鬱蒼とした森だ。ここは原生林に近いのだろう。木々が深く生い茂り、地表では倒れた幹が苔に覆われて朽ちている姿が馬車からでも見える。ただ、ふたつの森の間にあるこの道は、辛うじて軍を通すことができるだけの広さがあるようだ。しかし、ひとたび、もしこの森の中に入れば、進軍はままならないだろう。


「国境のすぐ側が、こんなに辺鄙な道のままにされているのね」


 ガルデンは、他国に侵略を繰り返しているから意外だった。


「これでは、ガルデンの騎士たちも通りにくいでしょうに。ううん、騎士たちだけではなく、旅人や商人だって――」


 見れば、道の周囲はわずかにぬかるんでいるようだ。森と森のわずかな隙間であるここだけは木々が生い茂っていないが、道の状態もあまりよいものとは言えず、弱い地盤に木の板を渡してかろうじて道としての整備がされている。その広さも、どうやら馬車一台分ほどのようだ。


「わざとそうしているのだろう」


 リーンハルトの言葉に、不思議に思いながら、見ていた馬車の窓からそちらに顔を向けた。


「自国の軍が通りにくいということは、同時に他国の軍も攻めにくいということだ。防衛のうえでは、天然の要害となる」


「なるほど……」


 たしかに、ここの道を通って大軍で攻め入るのは難しそうだ。だから、六年前もここを使っての直接の戦いは躊躇われたのだろう。


 ガルデンからすれば、もし戦となって敵が迫ってきても、ここならば止めることができる。ルフニルツがあった場所以外では、唯一リエンラインと接しながらも、ここを使った戦いが近年なかったのは、おそらくそういう理由だろうと思い至った。


 再び馬車の外を見ていると、やがて左右にあった森はだんだんと遠くなり、視界が一気に広がってくる。


「あれが――」


「ああ、ガルデン王が指定してきたトロメンの城だ」


 見れば、森が開けた先では、広大な平地が広がっているではないか。その上に見えるのは、ミズゴケだろうか。まだ冬の気候に近いガルデンでは、茶色の色で大地に生い茂っている。


 そこからニーベン山地の麓にあるトロメン城を目指した。


 山地にかかると、ここはどうやら今までの道とは違い、固い地盤でできているようだ。


 道に渡してあった板が途中からなくなり、岩でできた細い道を走ると、やがて中腹にある黄褐色の石で造られた城の門の前に、馬車が到着した。


「リエンライン王国国王陛下ご到着! 開門!」


 門で叫ばれたその言葉と同時に、 重たい扉が開いていく。ギギギと軋む金具の音とともに門の向こうに見えてくる建物は、さながら要塞のようだ。


 城というような華やかさではなく、実戦に適した堅牢な造りを見せつけている。


「着いたぞ」


 向かいに座るリーンハルトのその言葉で、ごくっと喉が鳴った。


(いよいよ、来たのだわ……!)


 これからの会談で、家族を助けられるのかどうかが決まる。


 だから、もう一度息を吸って呼吸を整えると、イーリスは先に出たリーンハルトの手を持ちながら、 馬車から降りた。


 外に出て、改めて見上げれば、曇天の下で、黄褐色に聳えている要塞はすさまじい迫力だ。プロシアンとリエンラインの両国に接する最前線に立つだけあって、視界を遮るような高い壁と幾つもの塔を備えている。


 その下で出迎えている騎士たちの衣は、皆灰緑色だ。この色が、ガルデン軍が進む際に敵から視認されにくくし、相手にかなり接近するまで気がつかれない役目を果たしているらしい。


 常に戦いを意識している騎士たちの姿を、金色の目の端で緊張しながら見ていると、奥にある建物の入り口から、一人の男性がこちらへと歩いてきた。


 ハッとその姿に、目が吸い寄せられる。


 なんて鮮やかな色だろう。胸より少し長いぐらいの髪は、赤と金が混ざった華やかなものだ。波打ちながら流れる様は、まるで炎がそこで燃えながら踊っているようにも見える。


 それに包まれた顔に浮かんだ瞳は、髪とは対照的に深く澄んだ緑色だ。翡翠の色にも似ているが、それよりも鮮やかに輝きながら、こちらをまっすぐに見つめている。


 その眼差しのまま、男性はイーリスとリーンハルトの前まで近付くと、口元に、穏やかでない笑みを浮かべた。


「ようこそ、我がガルデンへ」


 そのひと言で、この男性が何者かがわかる。


「ガルデン王」


 向き直ったリーンハルトが、警戒しながらその姿に対峙した。


「お招きいただき、ありがたく思う」


「こちらこそ、リエンライン国王に、まさかわざわざご足労いただけるとは――光栄なことだ」


 互いに握手すらせずに交わした挨拶には、どこか火花が飛んでいるようにも見える。


(どうしてかしら、今『呼びつけたからには覚悟があるのだろうな?』『まさか、本当にわざわざ来るとは思わなかったわ』と言っているように聞こえたのだけれど……)


 視線を交わすガルデン王とリーンハルトの間で、なにか目に見えない戦いが繰り広げられているような雰囲気だ。


 張り詰めた緊張感に、思わず、ごくっと息を呑んだイーリスの前で、ガルデン王は再びゆっくりと口を開いた。


「とはいえ――リエンライン国王とは一度会ってみたかったのも事実だ。六年前お手合わせいただいた縁もあるしな」


「こちらこそ、国内の事情さえ許せば、六年前にもっと望まれるだけお相手ができたものを――。心ゆくまでお手合わせができず、失礼をした」


(なんなら今からでも、と言いだしそうなリーンハルトの雰囲気が怖い!)


 ガルデン王を見つめているアイスブルーの鋭い眼差しに、イーリスの額に冷たい汗が浮かんでくる。


 瞳を逸らすことさえできず、ふたりを見つめていたその時だった。フッとガルデン王が笑う。そして、表情が楽しげなものへと崩れた。


「いや、本当に聞いていたとおり十八歳なのだな。六年前は、新しいリエンライン王は、年齢を偽っているのかと思ったが」


「なっ――」


「いやいや、我がガルデンの情報網が正確だとわかって安心したよ」


 そういきなり砕けたように笑うと、ガルデン王は、リーンハルトの側に立っていたイーリスの前へと膝をつく。そして、恭しく右手を捧げ持った。



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― 新着の感想 ―
[一言] 2話更新されていましたが、まずは一言。ガルテン王、想像通りの風貌でした!引力ありそうです。イーリスの手をとり…、さあ、どうする!?と思いつつ、次話へ…(笑)
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