表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

172/202

第98話 ガルデン王との会談②

 聞いた名前に、イーリスも目を開いて伝令の姿を見つめた。


「マーリンが……?」


 幼い頃からリーンハルトを慕い、遂には聖女のふりをしてまで、その妻になりたかった愛らしい顔を思い出す。


 目を見張りながら身動きすらできない横で、リーンハルトの声が飛んだ。


「どういうことだ!? マーリンが事故とは!?」


 さすがにリーンハルトも突然の知らせに動揺が隠しきれないようだ。咄嗟に叫んだ声に、イーリスも、ハッと我に返ってそちらを見つめた。


 そのリーンハルトの姿に、伝令は怯えたように体を竦ませている。


「は、はい。陛下にご報告するようにと伝え聞いた内容では、ポルネット嬢を乗せた馬車は、ギルニッテイから都に向かう途中のムルード山地を走っていたそうです。昼に一度休憩を入れ、ふたりの女性が馬車に乗せられたままの令嬢に近づき、中に入って、食事の用意と前の日から座りすぎて体が痛いと訴えていた令嬢の世話をしたということなのです。令嬢は、最初体を触られるのに嫌そうな声を馬車の中からあげていたそうですが、ふたりのマッサージが効いたのか、出発する頃には静かになり、眠ってしまったらしく……。そのまま、もう一度都に向けて出発したのですが、その途中の崖が突然崩れて車輪が道を踏み外し、眠っていた令嬢ごと馬車はそのまま崖下へと転落していったのです!」


「マーリンが――」


 聞いた内容に、リーンハルトが目を大きく見開いている。


 あまりにも突然の事態だ。リーンハルトを慕うあまり、国を欺くことを企てた彼女――。リーンハルトにしても、彼女の動機を知っているだけに、この報告には衝撃を受けたのだろう。


「それで、マーリンは見つかったの!?」


 自分がしっかりしなければいけない。リーンハルトの様子にそう思いながら横から尋ねると、伝令の男は、少しためらったように俯きながら話す。


「すぐに崖下に人をやり探させましたが、川が流れていたため馬車ごと流されて……。見つけたそれらしい遺体は、顔が潰れていて、今令嬢かどうか確認している最中だそうです!」


 あまりのむごたらしさに、さすがに言葉を失ってしまった。あれほど貴族の令嬢としての誇りをもっていた彼女が、最期は囚人となり、さらには事故で顔が潰れて死んだというのか――。


 おそらくリーンハルトも同じ心境だったのだろう。


 伝令の報告を聞き、その場で身動くことすら忘れてしまっている。


 しばらくジッとしていたが、やがて指が動き、拳を握りしめた。


「そうか。それが、マーリンという可能性が高いのだな」


「いえ、それが……」


 きっと頷くと思っての確認だったのだろう。しかし、伝令の男は少しだけ躊躇した。


 そして、言葉を選んで答える。


「同じ女性で、背の高さなどが近いのは間違いないのですが、急流の岩にあちこち打ちつけられたせいで、かなり服などが破れていまして……。あと、令嬢を見た者の話によると、髪の色が令嬢よりも少し濃いような気もするという話なのです」


 ただ、流されている間に泥などで汚れたせいで、乾かしてもそう見えるのかもしれないということで――と、男は困惑したように答えている。


 それでは、本当にマーリンなのかどうかわからない。


 その遺体が、真実マーリンのものなのか。それとも、その渓谷で、同じように事故にあったほかの誰かの遺体なのか。


「リーンハルト……」


 思わず隣を見た。


 リーンハルトもどちらかわからないのだろう。別人かもしれないという報告に、戸惑った表情を浮かべている。


 一瞬言葉が途切れた時、後ろのほうから駆け寄ってくる馬の音が聞こえた。


「おい、もう時間なのに出発もせずに、なにをやっているんだ」


 そう馬からひらりと下りながら声をかけてきたのは、リーンハルトの従兄弟のバルドリックだ。リーンハルトと同じ銀色の髪を輝かせ、今日は将軍としての甲冑を身につけている。


「バルドリック」


 突然現れた従兄弟に、我に返ったのだろう。声を出したリーンハルトの肩を、バルドリックはぐいっと掴んだ。


「おい、兵たちの前でなにを腑抜けた顔をしている」


 ふだんの砕けた雰囲気はどこへいったのか。従兄弟を家族同然に思っているが故に、リーンハルトの誕生日に、身内には花以外をプレゼントとして認めさせたという、いつものおちゃらけた様子はどこにもない。


「いいか、これからお前が向かうのは敵地ガルデンなんだ。しかも、相手の王に、自分の妻が狙われているかもしれない状況なのに、そこへ向かうお前が昔の付き合ってもいない女のことで、そんな顔を兵たちに見せてどうする!?」


 顔を接近させて言うバルドリックの声に、リーンハルトの表情がハッとなった。


「捜索は現地の兵たちに任せろ。お前には、まず今優先すべきことがあるだろう?」


「そう――だな。すまん、バルドリック」


「はん、俺も一緒に北部までは行くんだ。なにかあれば、その時は酒ぐらいは付き合ってやるから」


 今はこれからのことを考えろと親指を立てている姿は、従兄弟なだけあって、リーンハルトととてもよく似ている。


(こうして見ると――髪型と、肌がかなり日焼けしていることを除けば、本当にそっくりだわ……)


 きっとリーンハルトがもう少し年を重ねれば、彼のような感じになるのだろう。もっとも武人なだけあって、肩幅の広さや筋肉は彼のほうがかなりあるが――。


 それだけ血の濃い彼に諭されたことで、リーンハルトも動揺していた気持ちが静まったのか。


「そのとおりだ、今は出発しよう」


 そう一度大きく従兄弟に向かって頷いた。


 そして、馬車の周りにいる騎士たちへと声をかける。


「出発!」


 そう号令を出すと、前方にいる騎士団が動き出していく。


 パタンと扉を閉め、馬車の中へと戻る。間もなく馬車は、前後と左右を騎士たちに囲まれながら車輪を動かし始めた。


 席に戻り、前に腰かけたリーンハルトの顔を窺うように見る。


「バルドリックさんも、北部に行かれるのね?」


「ああ、ガルデンに行っている間、俺の名代として北部を視察してくれることになっている。帰ってから、また北部騎士団長の話とあわせて現地の問題を検討する予定だ」


「なるほど……」


 たしかにそれならば、国王が北部まで来ながら、視察などをまったく行わなかったと民から不満を言われるようなことはないだろう。


 目の前にいるリーンハルトは、バルドリックの言葉ですっかり国王としての顔を取り戻したようだ。先ほどまでの動揺した表情は消し、動いていく隊列の様子を眺めている。


(だけど――)


 きっとその胸中は複雑だろう。


 立場上考えてはいけないのかもしれないが、その遺体がマーリンかどうか――永久にわからなければいいと思う。そうすれば、リーンハルトは彼女を罰するために追っ手を出す必要もなくなり、どこかで生きているかもしれないという希望を抱き続けることができる。


 もちろん、そんなことにはならないだろう。わかってはいても、それでもこれ以上リーンハルトが苦しまずにすむようにと、祈り続けることしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いやいや、マーリンは来る。きっと来るぞ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ